ギリシャ神話の地図
アテナ守り神ポセイドン宿敵ポリュペモス宿敵シシュポス異伝の父キルケ魔女ペネロペイア妻テレマコス息子カリュプソ女神
一つ目の巨人の目をつぶす群像の一部だった、オデュッセウスの頭部。

オデュッセウス

Ὀδυσσεύς英雄

一つ目の巨人の目をつぶす群像の一部だった、オデュッセウスの頭部。 『スペルロンガのオデュッセウスの頭部』 作者不詳 1世紀ごろ(コモンズの説明による) スペルロンガ国立考古学博物館。写真 Jastrow(2006年)Public domain

「トロイの木馬」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

パソコンに忍び込むウイルスの名前にもなっている、あの木馬だ。巨大な木馬を敵の城の中へ運び込ませ、腹に隠れていた兵が飛び出して城を落とす。この計略を立てて、10年続いたトロイア戦争を終わらせたのが、オデュッセウスという男である。

トロイアの人々が、木馬を自分たちの手で城の中へ引き入れていく。
トロイアの人々が、木馬を自分たちの手で城の中へ引き入れていく。『トロイアに引き入れられる木馬』 ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ 1760年ごろ ロンドン・ナショナル・ギャラリーPublic domain

2026年には、クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』で、マット・デイモンがこの男を演じた。もとになったのは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』である。語られるのは、戦争に勝ったあと、故郷の島に帰り着くまでにさらに10年さまよった、この男の帰り道だ。

では、オデュッセウスがギリシャ神話の中でどのように語られてきたのか、じっくり見ていこう。

オデュッセウスは、ギリシャの西の海に浮かぶ島イタケの王。腕っぷしより頭で勝負する男で、詩の中でも「策略に長けた男」と呼ばれている。

彼の知恵が最初に大きく働いたのは、戦争の前だった。絶世の美女ヘレネのもとに、ギリシャ中から求婚者が押し寄せた。誰を選んでも、残りが恨む。争いを恐れたヘレネの父に、求婚者の一人だったオデュッセウスは策を授けた。先に全員に誓わせればいい。選ばれた夫が婚姻のことで害を受けたら、皆で助けに行くと。

この誓いは、のちにギリシャ中の王たちをトロイア戦争へ引きずり出した。

ヘレネがトロイアの王子パリスに連れ去られると、オデュッセウスもイタケの船12隻を率いて出陣した。戦いは10年続き、最後はあの木馬で城が落ちる。木馬を組み上げたのは職人だが、計略を立て、腹の中の兵を率いたのはオデュッセウスだった。

ここからが、『オデュッセイア』の物語だ。

つまずきの始まりは、一つ目の巨人キュクロプスの島だった。洞窟に閉じ込められ、仲間を次々に食われたオデュッセウスは、巨人ポリュペモスに酒を飲ませ、名を聞かれて「ウーティス」と答える。「誰でもない」という意味だ。酔いつぶれた巨人の目を焼くと、ポリュペモスは叫んだ。「ウーティスがおれを殺す!」。駆けつけた仲間の巨人たちは、誰にもやられていないのなら、と帰っていった。

脱出そのものは完璧だった。最後の一言さえなければ。

船で沖へ出たオデュッセウスは、振り返って叫んでしまう。お前の目を潰したのは、イタケのオデュッセウスだ、と。名を知ったポリュペモスは、父である海の神ポセイドンに祈った。あの男を故郷に帰すな。帰すとしても遅く、仲間をすべて失い、他人の船で帰り、家では災いに見舞われるように。

目を潰された巨人を、船の上からあざけるオデュッセウス。この名乗りが、海の神の怒りを招く。
目を潰された巨人を、船の上からあざけるオデュッセウス。この名乗りが、海の神の怒りを招く。『ポリュペモスをあざけるオデュッセウス』 J・M・W・ターナー 1829年 ロンドン・ナショナル・ギャラリーPublic domain

この祈りが、この先の物語をそっくり決めてしまう。

その先の旅は、怪物と女神の連続だ。魔女キルケは仲間を豚に変えたが、神からもらった草に守られたオデュッセウスには薬が効かず、やがて彼を1年もてなした。冥界の入口では盲目の予言者の霊に帰り道を聞き、そこで、帰りを待ちきれずに死んだ母と再会する。

杯を差し出す魔女キルケ。この薬で、仲間たちは豚に変えられた。
杯を差し出す魔女キルケ。この薬で、仲間たちは豚に変えられた。『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1891年 オールダム美術館Public domain

歌で船乗りを呼び寄せるセイレーンの海を抜け、六つの首を持つ怪物スキュラと渦潮カリュブディスの海峡を越えた。太陽神の島では、飢えた仲間たちが禁じられた牛に手を出す。オデュッセウスだけは食べなかった。船は雷に打たれて砕け、生き残ったのは彼一人だった。

帆柱に体を縛らせたオデュッセウスの船を、セイレーンたちが取り囲む。
帆柱に体を縛らせたオデュッセウスの船を、セイレーンたちが取り囲む。『オデュッセウスとセイレーン』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1891年 ヴィクトリア国立美術館(メルボルン)Public domain

流れ着いたオギュギア島では、女神カリュプソが7年も彼を離さなかった。不死と不老を与えようとまで申し出る女神に、オデュッセウスは答える。妻ペネロペイアが姿でも背丈でもあなたに及ばないことは、よく分かっている。それでも家に帰りたいのだ、と。

ようやく島を出た彼は、船乗りの民が住む島の王国に流れ着き、王の宴の席でこれまでの冒険を自ら語る。キュクロプスもキルケもセイレーンも、実は本人の回想として語られている。

そして出征から20年目、オデュッセウスはイタケの浜に降ろされた。女神アテナの手で、みすぼらしい老人の姿に変えられて。

館は、妻ペネロペイアに言い寄る求婚者たちに占拠されていた。彼らは主のいない家の財産を食いつぶしている。ペネロペイアは、義父の死に装束を織り上げるまで待ってほしいと言い、昼に織った布を夜にほどいて3年しのいだが、それも見破られていた。

機を織るペネロペイアのもとへ、求婚者たちが押しかけてくる。
機を織るペネロペイアのもとへ、求婚者たちが押しかけてくる。『ペネロペイアと求婚者たち』 ピントゥリッキオ 1509年ごろ ロンドン・ナショナル・ギャラリーPublic domain

乞食姿の主人に最初に気づいたのは、人ではなかった。門の前の糞の山に打ち捨てられていた老犬アルゴスが、耳を伏せ、尾を振った。近寄る力はもうない。20年ぶりに主人を見たその瞬間、犬は息を引き取った。オデュッセウスは顔を背けて涙をぬぐった。

20年ぶりの主人に気づいた老犬アルゴス。
20年ぶりの主人に気づいた老犬アルゴス。『犬のアルゴスに気づかれるオデュッセウス』 1632〜1633年 アムステルダム国立美術館CC0

次に気づいたのは、足を洗ってくれた老いた乳母だった。膝の古傷に触れて、盥を取り落とす。オデュッセウスは彼女の喉をつかんで黙らせた。

そして決着の日が来る。夫の弓を張り、ずらりと並べた斧の穴を射抜いた者に嫁ぐ、とペネロペイアは告げる。求婚者たちは、弓を張ることすらできない。最後に弓を手にした乞食は、楽々と弦を張り、一矢で斧の穴を射抜いた。そして敷居の上に立つと、盃を口に運ぼうとしていた求婚者たちの頭目の喉を射抜いた。

求婚者を討ち果たしても、ペネロペイアはすぐには夫と認めない。寝台を寝室の外へ運び出して、と乳母に命じてみせる。オデュッセウスは怒った。あの寝台はオリーブの生木を削って自分で作ったもので、動かせるはずがない。二人しか知らないその秘密を口にしたことが、何よりの証しになった。

オデュッセウスの最期を、ホメロスは語らない。冥界で予言者が残した言葉は謎めいていて、後の時代には思いもよらない結末を語る物語も生まれた。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』

この物語の人々

こういう風にも語られている

テイレシアスの予言では、死は「海から(エクス・ハロス)」穏やかに訪れ、豊かな老年のうちに倒れるとされる。この ἐξ ἁλὸς は「海から」とも「海を離れて」とも訳せ、古代から解釈が割れている。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

叙事詩環『テレゴニア』の要約では、キルケとの子テレゴノスがイタケと知らずに略奪に来て、父と知らずにオデュッセウスを殺す。アポロドーロス摘要7.36は、その槍の穂先がエイの棘だったとする。

エウガンモン(伝)『テレゴニア』 前6世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

父はラエルテスではなくシシュポスだとする異伝がある。ソポクレス『ピロクテテス』でピロクテテスはオデュッセウスを「ラエルテスに買われたシシュポスの子」と罵る。

ソポクレス『ピロクテテス』 前409年

ローマ以後の語り

ヘレネの求婚者の一人。テュンダレオスに「求婚者全員に誓わせる」策を授けた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

現代解釈: クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』(2026年7月公開)でマット・デイモンが演じる。ノーランは「並外れた戦略家であり、きわめて狡知に長けた人物」と述べている。

クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』 2026年7月17日公開

もっと詳しく

ラエルテスの子。「ゼウスの血を引くラエルテスの子、知略に富むオデュッセウス」と呼びかけられる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『オデュッセイア』の一行目は、名を出さずに「多くの方途をもつ男(ポリュトロポス)」と呼ぶところから始まる。名が出るのは1.21。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

漂流の物語は、パイエケス人の宴での本人の回想として9〜12歌で語られる。順は、キコネス族(9.39-61)、ロートパゴイ(9.82-104)、キュクロプス(9.105-566)、アイオロス(10.1-79)、ライストリュゴネス族(10.80-132)、キルケ(10.133-574)、冥界(11歌)、セイレーン(12.165-200)、スキュラとカリュブディス(12.201-259)、ヘリオスの牛(12.260-402)、カリュプソ(12.447-450)。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

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キュクロプスに名を問われ「わたしの名はウーティス(誰でもない)」と答える。目を潰されたポリュペモスが「ウーティスがわたしを殺す」と叫んだため、他のキュクロプスたちは「誰にも殺されていない」と解して助けに来なかった。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

脱出後、船から本名を名乗ってしまう。これによりポリュペモスは「誰が自分を盲目にしたか」を父ポセイドンに告げることができた。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ポリュペモスがポセイドンに「故郷に帰すな、帰すとしても遅く、仲間を失い、他人の船で、家では災いが待つように」と祈る。この祈りが『オデュッセイア』の筋立てそのものになる。ポセイドンの怒りの理由は1.68-75でゼウスの口からも説明される。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

トロイアでの10年に漂流の10年が重なり、帰還は出発から20年目。カリュプソのもとだけで7年を費やした。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ペネロペは寝台を寝室の外に運び出すよう命じて夫を試す。寝台はオリーブの生木を刻んで作られ動かせないはずだと怒って反論したことで、二人だけが知る徴が証明された。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

乞食の姿のまま弓の試技に加わり、誰も張れなかった弓を張って斧の穴を射抜く。続いて敷居に立ち、まずアンティノオスを射殺して求婚者殺しが始まる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

木馬そのものを作ったのはエペイオスだが、アポロドーロス摘要5.14によれば、木馬を考え出してエペイオスに持ちかけ、選りすぐりの兵を中に入らせたのはオデュッセウスだった。『オデュッセイア』でも、デモドコスの歌で、オデュッセウスが兵を詰めた木馬を城内へ導き入れたと歌われる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ほかのつながり(53人)

家族・恋愛

敵対・殺害

仲間・師弟

出来事・場所・物

今の言葉に残る

ホンダ「オデッセイ」ホンダのミニバンの車名。Honda公式のQ&Aは、ODYSSEY は「長い冒険旅行」の意で、語源は古代ギリシャの長編叙事詩 Odysseia(主人公オデュッセウスが体験する10年間の冒険物語)だと明記している。家族や仲間と、長い道のりでも快適に安全に冒険旅行を楽しめる車に、という思いを込めた命名だという。

odyssey(英語の一般名詞)英語で「長く波乱に富んだ旅」を意味する一般名詞。1600年頃にホメロスの叙事詩の題名(ギリシャ語 Odysseia、ラテン語 Odyssea)として英語に入り、比喩としての一般名詞用法は1889年から記録される。デジタル大辞泉も、日本語の「オデッセイ」を『オデュッセイア』の英語名として載せている。

呼び名の話

この話が出てくる作品

次に読む

このページの出典(14件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 前7世紀頃レスケス(伝)『小イリアス』
  5. 前7世紀頃アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』
  6. 前7世紀頃アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』
  7. 前6世紀頃エウガンモン(伝)『テレゴニア』
  8. 前409年ソポクレス『ピロクテテス』
  9. 前408年頃エウリピデス『キュクロプス』
  10. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  11. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  12. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  13. 3〜4世紀クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』
  14. 2026年7月17日公開クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』