ギリシャ神話の地図
アテナ怒った女神ポセイドン沈めた神オデュッセウス最後に帰る英雄アガメムノン殺された総大将メネラオス8年さまよった王ペネロペイア歌を止めた妻オレステス仇を討った息子ネストル無事に帰った老将

ギリシャ勢の帰国(ノストイ)

Νόστοι出来事

故郷をなつかしく思う気持ちを「ノスタルジア」という。この言葉の前半は、ギリシャ語で「帰郷」を意味する言葉だ。トロイア戦争に勝ったギリシャの将たちが、それぞれ故郷へ帰り着くまでの、あるいは帰れずに終わった物語は、まとめて「帰国の物語」と呼ばれてきた。

では、10年の戦争に勝った英雄たちが、どんなふうに家路についたのか見ていこう。

帰り道は、出発の前から割れていた。『オデュッセイア』で老将ネストルが語るところでは、女神アテナの怒りが、総大将アガメムノンとその弟メネラオスを争わせた。夜の集会は大荒れになり、全軍が二つに分かれた。半分はアテナの怒りを鎮めるまで残るというアガメムノンのもとに残り、半分はメネラオスとともに先に船出した。

先に出た組のうち、ネストルとディオメデスは、急いで海を渡って無事に帰り着いた。『オデュッセイア』では、アキレウスの息子が率いた兵たち、弓の名手、クレタの王も無事だったと語られる。

いちばん長く迷ったのはメネラオスだった。アテナイの岬で舵取りをアポロンの矢に倒され、葬るために遅れたあと、嵐に船団を砕かれ、残ったわずか5隻でエジプトへ流された。そこからキプロス、フェニキア、エジプト、リビアと、8年もさまよった。エジプト沖の島で風が止まって20日も足止めされたとき、メネラオスは、海に住む予言の老人を力ずくで捕まえ、帰る道と仲間たちの運命を聞き出した。老人は答えた。帰る途中で死んだ将は二人だけ。そしてもう一人は、まだ生きたまま海の上に囚われている。

死んだ一人は、小アイアス(同じ名の英雄と区別してこう呼ばれる)だった。落城の夜、女神アテナの神像にすがっていた王女カッサンドラを引き剥がした男だ。『オデュッセイア』によれば、彼の船は砕けたが、海の神ポセイドンが大岩に打ち上げてくれて、一度は助かった。ところがアイアスは、神々の意に逆らっても海から逃れてやった、と大口を叩いた。怒ったポセイドンが三叉の矛で岩を割り、アイアスは破片ごと海に沈んだ。

もう一人の死者が、総大将アガメムノンだった。無事に故郷へ帰り着いたその日、妻と、その愛人に館の中で殺された。メネラオスが財宝を積んでようやく帰り着いたのは、アガメムノンの息子が、父の仇を討ったまさにその日だったという。

帰国した夫アガメムノンが眠るそばで、刃を手にためらう妻。
帰国した夫アガメムノンが眠るそばで、刃を手にためらう妻。『眠るアガメムノンを討つ前にためらうクリュタイムネストラ』 ピエール=ナルシス・ゲラン 1817年 ルーヴル美術館Public domain

海の上に囚われているもう一人とは、もちろんオデュッセウスである。彼が帰り着くのは、戦争が終わってから10年も後のことになる。

今は失われた叙事詩と、後の時代の神話集は、さらに多くの帰り道を伝えている。出航しようとするアガメムノンたちの前に、アキレウスの亡霊が現れて、この先の災いを告げた。予言者たちは船を捨てて陸路を行き、自分より優れた予言者に出会ったら死ぬと告げられていた予言者は、別の予言者と木の実の数を当て合って負け、失意のうちに死んだ。息子を謀略で殺された恨みを抱く父は、嵐の夜に岬で偽りの灯をともし、港と思って近づいた船団を岩に乗り上げさせた。

『オデュッセイア』の中でも、この帰国の物語は歌われていた。イタケの館で、歌い手が「アテナがトロイアから課したギリシャ勢の痛ましい帰国」を歌いはじめると、夫の帰りを待つペネロペイアは、耐えきれずに歌をやめさせようとした。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

小アイアスは、ポセイドンにギュライの大岩へ打ち上げられて一度は助かった。ところが「神々の意に逆らっても海から逃れてやった」と大言したため、ポセイドンが三叉の矛で岩を割り、その破片ごと海に沈められた。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

アポロドロスでは、テノス沖の嵐でアテナが小アイアスの船に雷を投げつけ、岩に逃れたアイアスが「アテナの意に反して助かった」と言うと、ポセイドンが岩を割った。遺体は流れ着いてテティスがミュコノスに葬ったという。叙事詩環『ノストイ』の要約は、カペレウスの岩での嵐とアイアスの最期を語ったとだけ伝える。

アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』 前7世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

アポロドロスは、嵐の夜にエウボイアのカペレウス山で偽りの灯を焚き、港と思って近づいた船団を岩に乗り上げさせたのはナウプリオスだとする。オデュッセウスの謀略で息子パラメデスを殺された復讐で、それ以前にもギリシャの将たちの妻をそそのかして浮気させていた。クリュタイムネストラとアイギストスもその一組に数えられる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

陸路でコロポンに着いた予言者カルカスは、自分より優れた予言者に会えば死ぬと告げられていた。アポロンの子の予言者モプソスと、イチジクの実の数や身ごもった豚の子の数を当て合って負け、失意のうちに死んだ。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ウェルギリウスは『アエネイス』11巻で、ギリシャ側の帰国の顛末をディオメデス本人に振り返らせる。トロイアの地を荒らした者はみな罰を受けた。メネラオスはプロテウスの柱まで流され、オデュッセウスはエトナのキュクロプスを見た。ネオプトレモスの国、覆されたイドメネウスの家、リビュアの岸に住みついたロクリス人のことまで語ろうか。アガメムノンは屋敷の入口で妻に殺された。自分も美しいカリュドンに帰ることを許されなかった、と語り、イタリアに築いた町からアイネイアスとは戦わないと答える。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

νόστος(帰郷)は英語 nostalgia(郷愁)の前半の語。1688年に、故郷に帰りたいと願う病を指す医学用語として作られた。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

『オデュッセイア』3歌で、ネストルはテレマコスに帰国の様子を語る。アテナの怒りでアガメムノンとメネラオスが争い、全軍が夜の集会で割れた。半分はアガメムノンのもとに残り、半分は先に出航する。オデュッセウスはいったん出たテネドスからアガメムノンのもとへ引き返した。ネストルとディオメデスは急いで海を渡り、無事に帰り着いた。ミュルミドン勢、ピロクテテス、イドメネウスも無事だったと聞いている、とネストルは言う。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

メネラオスはアテナイの岬スニオンで舵取りをアポロンの矢に失い、葬るために遅れた。そのあとマレア岬で嵐にあい、船の多くはクレタで砕け、5隻だけがエジプトに流される。キプロス、フェニキア、エジプト、エチオピア人、シドン人、エレンボイ人、リビュアを8年かけてさまよい、財宝を積んで帰った。帰り着いたのは、オレステスが父の仇を討った当日だった。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

エジプト沖の島パロスで風が止まり、20日間足止めされたメネラオスは、海の老人プロテウスをつかまえて帰り道を聞き出す。プロテウスは、帰る途中で死んだ将は二人だけ(小アイアスとアガメムノン)で、もう一人(オデュッセウス)はまだ生きて海の上に囚われていると教える。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

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叙事詩環の『ノストイ(帰国物語)』は5巻の叙事詩で、内容はプロクロスの要約で伝わる。アテナのせいでアガメムノンとメネラオスが争う。ディオメデスとネストルが先に無事帰る。予言者カルカスらは船を捨てて陸路でコロポンへ行き、そこで死んだテイレシアスを葬る。出航するアガメムノンの前にアキレウスの亡霊が現れて災いを予言する。ネオプトレモスはテティスの警告で陸路を取り、トラキアのマロネイアでオデュッセウスに会う。最後にアガメムノンが殺され、オレステスが仇を討ち、メネラオスが帰り着く。

アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』 前7世紀頃

帰国の物語は『オデュッセイア』の中でも歌の題材になっている。イタケの館で歌人ペミオスが「パラス・アテナがトロイアから課したアカイア人の痛ましい帰国」を歌うと、夫を待つペネロペイアは耐えられずに歌をやめさせようとする。冒頭でも、戦争と海を逃れた者はみな家にいるのに、オデュッセウスだけが帰れずにいる、と歌われる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ほかのつながり(8人)

出来事・場所・物

  • ネオプトレモス関わった人

    『ノストイ』プロクロス要約 陸路でトラキアを通る。『オデュッセイア』3.188-189 ミュルミドン勢は無事に帰った。アポロドロス『摘要』6.12-13

  • イドメネウス関わった人

    『オデュッセイア』3.191-192 仲間を一人も失わずクレタに帰る。アポロドロス『摘要』6.9-10 では留守中に王位を奪われていて追い出される

  • ピロクテテス関わった人

    『オデュッセイア』3.190 無事に帰った。アポロドロス『摘要』6.15、6.15b ではイタリアのカンパニアに流れ着く

  • テイレシアス関わった人

    プロクロス要約 陸路の一行がコロポンで、そこで死んだテイレシアスを葬る

  • アキレウス関わった人

    プロクロス要約 出航するアガメムノンたちの前にアキレウスの亡霊が現れ、この先の災いを予言して止めようとする

  • テティス関わった人

    『ノストイ』プロクロス要約 ネオプトレモスに警告し、陸路を取らせる。アポロドロス『摘要』6.5、6.12

  • クリュタイムネストラ関わった人

    『オデュッセイア』11.409-411。『ノストイ』プロクロス要約。アポロドロス『摘要』6.23

  • ヘレネ関わった人

    4.561-569 ヘレネの夫でゼウスの婿だから、メネラオスは死なずにエリュシオンの野へ送られる

今の言葉に残る

ノスタルジア / nostalgia(郷愁)英語 nostalgia は1726年から記録される。もとは1688年にバーゼル大学のヨハネス・ホーファーが、ドイツ語 Heimweh(ホームシック)を言い換えるために作った近代ラテン語の医学用語で、「故郷に帰りたいと病的に願う、病気としての重いホームシック」を指した。ギリシャ語 nostos「帰郷」と algos「痛み、苦しみ」の組み合わせ。トロイアからの帰国を歌う叙事詩『ノストイ(帰国物語)』の nostos と同じ語。「過ぎた時代を懐かしむ気持ち」の意味は1920年までに見られ、フランス語の文学的な用法の影響とみられる。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前7世紀頃アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』
  3. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』