ヘロドトスは、エジプトの神官から聞いた話として、プロテウスをメンピスの人間の王とする。パリスとヘレネの船が嵐でエジプトに流れ着くと、プロテウスはパリスの不義を咎めてヘレネと財宝を取り上げ、パリスだけを追い出した。トロイア戦争のあいだヘレネはエジプトにいて、戦後メネラオスが迎えに来たという。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
Πρωτεύς神
英語で「変幻自在な」ことを「プロティアン」という。1989年に探査機ボイジャー2号が海王星のまわりに見つけた衛星にも、プロテウスという名が付けられた。どちらも、姿を自在に変えるギリシャ神話の海の老人、プロテウスにちなむ名前である。
では、何にでも姿を変える予言者プロテウスが、どのように語られてきたのか、見ていこう。
『オデュッセイア』のプロテウスは、エジプトの沖の島に住む、年老いた不死の海の神である。海の深みをすべて知り、海の神ポセイドンに仕えている。昼になると海から上がってきて、アザラシの群れを数え、その真ん中で眠る。捕まえて放さずにいれば、過去のことも未来のことも、本当のことを語ってくれる。
トロイア戦争から帰る途中のスパルタ王メネラオスは、風が止んだこの島で20日も足止めされていた。プロテウスの娘に知恵を授けられ、メネラオスはアザラシの皮をかぶって浜で待ち伏せた。眠りに来た老人に仲間とともに飛びかかると、老人は、ひげのある獅子に、蛇に、豹に、大きな猪に、流れる水に、葉の茂った高い木にと、次々に姿を変えた。それでも放さずにいると、ついに観念して元の姿に戻った。

老人は語った。お前が足止めされているのは、神々に生贄を捧げずに船出したからだ。そして、仲間の英雄たちの運命を告げた。英雄のひとりは岩の上で神を侮り、海に沈んだ。兄のアガメムノンは、帰国したその日に殺された。オデュッセウスは、女神の島に引き留められている。最後に、メネラオス自身の行く末を予言した。お前は死なない。世界の果ての楽園へ送られる。
ところが、別の書き手たちは、プロテウスをまったく別の人物として描いた。歴史家ヘロドトスがエジプトの神官から聞いた話では、プロテウスは人間のエジプト王である。ヘレネを連れて逃げるパリスの船が嵐でエジプトに流れ着くと、王はパリスの不義をとがめて、ヘレネと財宝を取り上げた。つまりトロイア戦争のあいだ、ヘレネはずっとエジプトにいた、というのである。
アテネの悲劇作家エウリピデスの劇『ヘレネ』も、似た筋を取る。伝令神ヘルメスが本物のヘレネをエジプトの王プロテウスの館に預け、トロイアへ行ったのは、女神ヘラが空気から作った幻のヘレネだった。
ローマの詩人オウィディウスは、プロテウスに別の予言をさせている。海の女神テティスに、お前は父より偉大な息子を産む、と告げたのだ。これを聞いた神々の王は、テティスとの結婚をあきらめた。姿を変えて逃げるテティスを妻にしようとする人間の英雄ペレウスには、眠っているところを縛りつけ、何に変わっても放すな、と教えた。自分がメネラオスにされたのと、同じ手である。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘロドトス『歴史』、エウリピデス『ヘレネ』、ウェルギリウス『農耕詩』、オウィディウス『変身物語』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
ヘロドトスは、エジプトの神官から聞いた話として、プロテウスをメンピスの人間の王とする。パリスとヘレネの船が嵐でエジプトに流れ着くと、プロテウスはパリスの不義を咎めてヘレネと財宝を取り上げ、パリスだけを追い出した。トロイア戦争のあいだヘレネはエジプトにいて、戦後メネラオスが迎えに来たという。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
エウリピデス『ヘレネ』でも、プロテウスはファロス島に住むエジプトの王で、ネレイスの一人プサマテを妻にした人物。ヘルメスがヘレネをこの王の館に預け、トロイアに行ったのはヘラが空気から作った幻のヘレネだった。劇が始まる時点でプロテウスはすでに死んでいて、息子のテオクリュメノスがヘレネに結婚を迫っている。
エウリピデス『ヘレネ』 前412年
オウィディウス『変身物語』では、プロテウスはテティスに「父よりも偉大な息子を産む」と予言した。これを聞いたゼウス(ユピテル)はテティスとの結婚を避け、孫のペレウスに譲る。姿を変えて逃げるテティスに手を焼くペレウスに、眠っているところを縛り、何に変わっても放すなと教えたのも、カルパトスの予言者プロテウスだった。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ウェルギリウス『農耕詩』では、カルパトスの海に住む青い予言者プロテウスは、過去・現在・未来のすべてを知り、ポセイドンの海獣の群れとアザラシを飼っている。蜂を失ったアリスタイオスは彼を縛りつけ、火や獣や流れる水に変わるのを耐えて原因を聞き出す。ホメロスのメネラオスの場面とそっくりの型。
ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃
英語の形容詞 protean(変幻自在な)は1590年代から見られ、姿を自在に変える海神プロテウスの名に由来する。1989年にボイジャー2号が見つけた海王星の衛星プロテウスも、NASA によれば「姿を変える海の神」にちなむ名。
アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』 1958年〜(2026年9月閲覧)、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
『オデュッセイア』では、エジプト沖のファロス島で足止めされたメネラオスが語る。「海の老人」プロテウスは不死のエジプトの神で、海の深みをすべて知り、ポセイドンに仕える。娘エイドテアの助言で、メネラオスは仲間とアザラシの皮をかぶって待ち伏せし、昼寝に来た老人に組みついた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
つかまったプロテウスは、ひげの獅子、蛇、豹、大きな猪、流れる水、高い木へと次々に姿を変えるが、メネラオスたちが放さずにいると、ついに元の姿に戻って問いに答える。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
プロテウスは、神々に生贄を捧げなかったことが足止めの原因だと明かし、小アイアスの溺死、アガメムノンの殺害、カリュプソの島に囚われたオデュッセウスの様子を語る。そして、ヘレネの夫でゼウスの婿であるメネラオスは、アルゴスで死なずに世界の果てのエリュシオンの野へ送られる、と予言する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
3.5.1 狂気でさまようディオニュソスを、エジプト王プロテウスが最初に迎え入れる
4.384-570 エジプト沖のパロス島で捕まえられ、メネラオスに帰り方と他の将たちの運命を教える
変幻自在な / protean英語の形容詞 protean は1590年代から見られ、「海の神プロテウスの」という意味から、「さまざまな姿をたやすくとる、きわめて変わりやすい」という意味になった。プロテウス自身の名は、英語には1400年頃 Protheus の形で入っている。1989年にボイジャー2号が見つけた海王星の衛星プロテウスも、NASA によれば「姿を変える海の神」にちなむ。
プロテイン / protein(プロテウスとは別の言葉)プロテイン(protein)は、姿を自在に変える海の神プロテウスと音がよく似ているが、プロテウスから付けた名前ではない。1838年にオランダの化学者ムルダーが作った言葉で、ギリシャ語の「第一の位の」がもとになっている。はじめは、食べ物に含まれていて生きるのに欠かせないと考えられた物質の名前だった。ところが語源辞典によれば、プロテウスの名前そのものも、字義どおりには「第一の」を意味する。二つは親子ではないが、同じ「第一」という言葉から別々に生まれた、いとこのような関係にある。