ヘラに唆されたセメレがゼウスに本来の姿で現れるよう求めて雷に焼かれ、ゼウスは胎児を自分の腿に縫い込んで月満ちるまで育てた、という「二度生まれ」の話は後代の伝承。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Διόνυσος神
若い姿で立つディオニュソスの大理石像。 『ディオニュソス像』 作者不詳 写真は2006年 ルーヴル美術館(Ma 87)。写真 JastrowPublic domain
酒の神バッカス。この名前なら聞いたことがある人も多いだろう。ギリシャ神話の酒と熱狂の神ディオニュソスの、もう一つの呼び名である。

この神には、ほかの神々と違うところが一つある。
オリュンポスの主な神々の中で、ディオニュソスだけは母が人間だった。
母セメレは、テバイの町を開いた王の娘である。『神統記』は、人間の女が不死の子を産み、いまは二人とも神になっている、とわざわざ書き添えている。
その誕生の話は、ずっと後の時代に神話をまとめたアポロドーロスが、詳しく伝えている。ゼウスは妻ヘラに隠れてセメレと通じ、何でも願いをかなえると約束していた。そこへヘラが入れ知恵をする。セメレはゼウスに、ヘラに求婚したときと同じ姿で来てほしいと願った。約束を破れないゼウスは、稲妻と雷鳴をともなう戦車で寝室に現れ、雷を放った。セメレは恐怖のあまり息絶えた。
ゼウスは炎の中から、まだ6か月の胎児を取り出し、自分の腿に縫い込んだ。月が満ちると縫い目をほどいて、ディオニュソスを産み落とした。母の胎と父の腿から、二度生まれた神である。
赤子はヘルメスに託され、セメレの姉夫婦のもとで、女の子として育てられた。ヘラの目を欺くためだったが、それも長くは続かない。怒ったヘラは二人を狂わせ、夫は息子を鹿と思い込んで狩り殺し、妻はもう一人の息子を抱いて海に身を投げた。ゼウスはディオニュソスを子山羊に変えて逃がし、ヘルメスが遠い山に住むニンフたちのもとへ運んだ。
成長したディオニュソスは葡萄の木を見つけ、ヘラに狂わされてエジプトやシリアをさまよった。やがて今のトルコにあたる地方で、女神から秘密の儀式を学び、それから各地を巡って自分の祭りを広めていく。その道は、受け入れない者との衝突の連続だった。
最初に彼を追い払ったのは、北方トラキアのある王である。この話は『イリアス』にも出てくる。王は神の乳母たちを追い散らし、幼いディオニュソスはおびえて海に飛び込み、海の女神テティスの胸に抱かれて難を逃れた。アポロドーロスによれば、王はのちに狂わされ、葡萄の枝を払うつもりで自分の息子を斧で殺してしまう。
最も名高い衝突は、生まれ故郷のテバイで起きた。エウリピデスの悲劇『バッコスの信女たち』では、ディオニュソスは異国の若者の姿で町に現れる。女たちは家を捨てて町の外の山に入り、神をたたえて踊り狂っていた。若い王ペンテウスは、この新しい神を認めない。彼はセメレの姉の息子、つまりディオニュソスのいとこだった。
ペンテウスは若者を捕らえて牢に入れるが、神は難なく抜け出す。そして言葉巧みに王をそそのかし、女の服を着せて山へ連れ出した。信女たちの様子をのぞき見たいという王の好奇心を利用したのだ。木の上に隠れたペンテウスを、狂乱した女たちは獣だと思い込んで引きずり下ろし、八つ裂きにした。先頭に立ったのは母アガウエだった。彼女は息子の首を獅子の首だと信じ、得意げに町へ持ち帰ってくる。
神は、船乗りたちにも自分の正体を思い知らせている。神々をたたえる古代の詩『ディオニュソス讃歌』では、海辺に立つ美しい若者を、海賊たちが王族の子と見て船にさらった。縛ろうとしても縄はほどけ、やがて船には甘い葡萄酒が流れ、帆には葡萄の蔓が絡みつく。若者は獅子に姿を変え、恐れた海賊たちは海に飛び込んでイルカになった。

ディオニュソスは、恩を受ければ報いる神でもあった。ローマの詩人オウィディウスによれば、はぐれた老いた師を手厚くもてなしたプリュギアの王ミダスに、願いを一つかなえてやると申し出た。ミダスの願いは、触れるものすべてが黄金になることだった。
願いはかなった。小枝も、石も、土くれも、触れたとたんに金に変わる。ところが食事の段になると、パンは手の中で固い金になり、水で割った葡萄酒は、口に入るなり溶けた金になって流れ込んだ。富んでいながら、みじめ。王はあれほど欲しかった力を憎み、神に許しを乞うた。ディオニュソスは教えた。サルディスの町のそばを流れる川をさかのぼり、その水源で頭から体まで水に浸せ、と。言われたとおりにすると、黄金の力は体を離れて川に移った。いまもその川辺の土は金を帯びて固い、とオウィディウスは書き添えている。
妻は、クレタ王ミノスの娘アリアドネである。『神統記』によれば、ディオニュソスは彼女を妻に迎え、ゼウスは彼女を不死で老いない身にした。アポロドーロスはさらに、ディオニュソスが冥界から母セメレを連れ戻し、ともに天に昇ったと伝えている。

これほどの神なのに、『イリアス』と『オデュッセイア』に登場する場面はごくわずかしかない。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、エウリピデス『バッコスの信女』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
ヘラに唆されたセメレがゼウスに本来の姿で現れるよう求めて雷に焼かれ、ゼウスは胎児を自分の腿に縫い込んで月満ちるまで育てた、という「二度生まれ」の話は後代の伝承。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、リュクルゴスは狂わされ、葡萄の枝を払うつもりで息子ドリュアスを斧で殺す。のちに馬に引き裂かれて死ぬ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
生まれた子はヘルメスによってイノとアタマスに預けられ、女の子として育てられた。ヘラが二人を狂わせたため、ゼウスは子を子山羊に変え、ヘルメスがニュサのニュンペのもとへ運んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
冥界から母セメレを連れ戻し、テュオネと名づけてともに天に昇った、とアポロドーロスは伝える。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『イリアス』でのディオニュソスへのまとまった言及は一箇所だけ。トラキア王リュクルゴスが乳母たちを追い散らし、ディオニュソスは恐れて海に飛び込みテティスに匿われた、という短い挿話にとどまる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『オデュッセイア』でも登場は断片的で、アリアドネの死に関わったこと、アキレウスの遺骨を納めた黄金の壺を贈ったことが語られるだけ。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘシオドスは「人間の女が不死の子を産み、今はその女自身も不死となった」と、人間の母から生まれた神であることを特記する。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
海賊に攫われた美しい若者が船上で葡萄の蔓と葡萄酒を溢れさせ、獅子に変じ、海賊たちはイルカに変えられる。『ディオニュソス讃歌』(第7歌)の全編がこの話。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
エウリピデスの遺作では、自らの神性を否定したテバイ王ペンテウスを、母アガウエ自身の手で八つ裂きにさせる。神を拒む者への報復が主題になっている。
エウリピデス『バッコスの信女』 前405年上演
オリュンポス十二神にディオニュソスを数えるとき、ヘスティアが外されるという説明が広く行われている。ただし古代の十二神の名簿は一定せず、ディオニュソスを含む組は実在する一方(ヘラクレイアのヘロドロスが伝えるオリュンピアの六対にはディオニュソスが入り、クロノス・レアや河神アルペイオスまで含まれる)、「ヘスティアが席を譲った」という筋を語る古代の出典は見当たらない。
トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』 前5世紀末、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年
ヘシオドスでは、ディオニュソスはミノスの娘アリアドネを妻とし、ゼウスが彼女を不死で不老の身にした。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
1.8.1 オイネウスの妻アルタイアがディオニュソスとの間に生んだ、とする言い伝えを記す
パウサニアス9.31.2、ディオドロス4.6.1(母はアプロディテ)、ストラボン13.1.12(母はニンフ)
129 オイネウスの客となったディオニュソスがアルタイアを愛し、デイアネイラが生まれる / 1.8.1「デイアネイラはディオニュソスがアルタイアに生ませたと言われる」
3.4.3。ヘルメスが赤子のディオニュソスを連れてきて、イノとアタマスに女の子として育てさせた
娘セメレの子。『神統記』940-942, 975-976 / 3.4.2-3
3.4.2-3(カドモスの娘セメレの子)
4.607-614 ただ一人ディオニュソス(バッコス)をゼウスの子と認めず、アルゴスに入れまいとする
19(パン讃歌)45-47 ヘルメスが赤子のパンをオリュンポスへ連れて行くと、神々、とりわけディオニュソスが喜んだ
ストラボン10.3.10 シレノス、サテュロス、バッカイはディオニュソスに仕える。『キュクロプス』1-40、707-709
1.8.1 ディオニュソスから最初に葡萄の木を授かる / 129
3.14.7
3.5.1 狂気でさまようディオニュソスを、エジプト王プロテウスが最初に迎え入れる
1-63 セメレの子ディオニュソスが生まれ故郷テーバイに帰ってくる
10.32.7 頂でテュイアデスがディオニュソスとアポロンのために熱狂する
1.6.2 テュルソスの杖でエウリュトスを倒す
バッカナール / bacchanal酒宴・乱痴気騒ぎ、またそれを描いた音楽や絵画。ディオニュソスの別名バッコス(ラテン語 Bacchus)から。英語では名詞が1530年代、Bacchanalia(バッコス祭)が1630年代。ローマ元老院は前186年にこの祭を禁じている。