ギリシャ神話の地図
アレス住む神ボレアス吹く風ディオメデス王を討った英雄オデュッセウスともに忍びこんだ英雄ヘラクレス訪れた英雄テレウス王オレイテュイアさらわれた王女

トラキア

Θρᾴκη場所

軍神アレスは、どこから戦場へやって来るのか。ホメロスの『イリアス』は、戦の神が息子の「潰走」を連れ、トラキアから出陣していくさまを、戦士たちのたとえに使っている。『オデュッセイア』でも、愛の女神との密会を暴かれたアレスは、網から放たれると、まっすぐトラキアへ去っていった。

トラキアは、ギリシャの北東、エーゲ海の北の岸から黒海へ向かって広がる土地である。

風も、この国から吹いてくる。『イリアス』は、恐れと嘆きに打ちのめされたギリシャ軍の心を、トラキアから急に吹きつける北風と西風が、魚の多い海をかき立てるさまにたとえている。

北風の神ボレアスも、この国と結びついていた。アポロニオスの『アルゴナウティカ』によれば、ボレアスはアテネの王女を川のほとりからさらい、トラキアの岩山まで運んで、黒い雲に包んで妻にした。ローマの詩人オウィディウスは、ボレアスが初めは穏やかに求婚したのに断られ続けたのは、同じトラキアの王テレウスの一件があったからだと書いている。

アテネの王女をさらって空へ舞い上がる北風の神。
アテネの王女をさらって空へ舞い上がる北風の神。『エレクテウスの娘オレイテュイアをさらうボレアス』 フランチェスコ・ソリメーナ 1729年 アゼルバイジャン国立美術館Public domain

トロイア戦争には、トラキアの王も加わった。『イリアス』で、捕らえられたトロイア方の男はこう明かす。いちばん外れに陣を張っているのが、来たばかりのトラキア勢だ。王の馬は、見たこともないほど美しく大きく、雪より白く、風のように速い。戦車は金と銀で飾られ、身につけた黄金の鎧は、人間ではなく神々にこそふさわしい、と。その夜、オデュッセウスと仲間の英雄が陣に忍びこみ、王を討って、その馬を奪っていく。

英雄ヘラクレスの難業の一つも、この国が舞台だった。神話集を書いたアポロドーロスによれば、軍神アレスの子で、トラキアの勇猛な民を治める王は、人を食う牝馬を飼っていた。ヘラクレスは、その馬を連れてくるよう命じられ、世話係たちを倒して、馬を海辺へ追い立てた。

竪琴の名手オルペウスも、この国と深く結びついている。アポロニオスによれば、彼は芸術の女神ムーサの一人が、トラキアの男とのあいだに産んだ子だった。オウィディウスでは、妻を失って女を寄せつけなくなったオルペウスを八つ裂きにしたのも、酒の神を祭って狂乱したトラキアの女たちである。首と竪琴は、トラキアの川を流れて海へ出ていった。

竪琴とともに流れていったオルペウスの首。
竪琴とともに流れていったオルペウスの首。『オルペウスの首を見つけるニンフたち』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1900年Public domain

悲劇の王テレウスも、トラキアの王だった。旅行家パウサニアスによれば、アテネの王は、力を得るためにトラキアの王と縁を結び、娘を嫁がせた。ところがテレウスは妻の妹を辱め、その体を傷つけて、女たちに恐ろしい復讐をさせることになる。パウサニアスは、人間には神の定めたことを越える道はない、と書き添えている。

恐ろしい復讐の場面。17世紀の版画。
恐ろしい復讐の場面。17世紀の版画。『息子イテュスの首をテレウスに見せるプロクネ』 ルーベンスの原画による版画(コルネリス・ハレ刊) 1630〜1650年 アムステルダム国立美術館CC0

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』

この物語の人々

ローマ以後の語り

ヘラクレスの八番目の難業は、トラキアのディオメデスの牝馬をミュケナイへ連れてくることだった。ディオメデスはアレスとキュレネの子で、好戦的なトラキアの民ビストネス人の王であり、人を食う牝馬を持っていた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アテネの王パンディオンは、力のためにトラキアの王と縁を結んだ。テレウスはプロクネを妻にしながらピロメラを辱め、体を傷つけて、女たちに復讐させることになった。パウサニアスは、人間には神の定めを越えることはできないと書く。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

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『イリアス』は、アレスが息子の潰走(ポボス)を連れてトラキアから武装して出陣するさまを、メリオネスとイドメネウスの出陣のたとえに使う。『オデュッセイア』では、ヘパイストスの網から放たれたアレスはトラキアへ去った。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

『イリアス』は、ギリシャ軍の動揺を、トラキアから吹く北風と西風が突然魚の多い海をかき立てるさまにたとえる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

捕らえられたドロンは、陣の外れにいる新来のトラキア勢と、エイオネウスの子である王レソスの馬のことを語る。馬はこれまで見た中で最も美しく大きく、雪より白く、風のように速い。戦車は金銀で飾られ、黄金の鎧は神々にこそふさわしいという。ディオメデスとオデュッセウスはその夜レソスと仲間を討ち、馬を奪った。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

アポロニオスでは、ボレアスはオレイテュイアをケクロピア(アテネ)からトラキアのサルペドンの岩まで運び、黒い雲に包んで妻にした。オウィディウスでは、ボレアスの穏やかな求婚が拒まれ続けたのは、トラキア人テレウスの一件があったためである。

アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀、オウィディウス『変身物語』 8年頃

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このページの出典(6件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前3世紀アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』
  4. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  5. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  6. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』