アテナイ王エレクテウスの娘オレイテュイアを、イリソス川のほとりからトラキアへさらって妻にした。オウィディウスでは、トラキア人テレウスの悪行のせいでアテナイ側に拒まれ続け、ついに「力こそ自分にふさわしい」と力ずくでさらう。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Βορέας神
北風の神ボレアスが、アテネの王女オレイテュイアをさらう場面。フランチェスコ・ソリメーナの作。 『エレクテウスの娘オレイテュイアをさらうボレアス』 フランチェスコ・ソリメーナ 1729年 アゼルバイジャン国立美術館Public domain
北極圏の夜空に揺らめく光の幕、オーロラ。英語で正式には「オーロラ・ボレアリス」という。直訳すれば「北の曙」。この「ボレアリス」は、ギリシャ神話の北風の神、ボレアスの名から来ている。
では、この冷たい北風の神が、どんな物語を残したのか見ていこう。
『神統記』によれば、ボレアスは夜明けの女神エオスの息子で、西風の神、南風の神と兄弟だった。
『イリアス』には、北風が馬に化けた話がある。トロイアの昔の王が、湿地に3000頭の牝馬を放し飼いにしていた。北風はその牝馬たちに恋をして、黒いたてがみの牡馬に姿を変えて交わった。生まれた12頭の仔馬は、実った麦の穂先の上を駆けても穂を折らず、海の上では白い波頭の上を走ったという。
ボレアスがいちばん有名になったのは、人間の王女をさらった話である。アテナイの王の娘に、ボレアスは恋をした。ローマの詩人オウィディウスによれば、ボレアスは長いあいだ、礼を尽くして結婚を申し込んだ。けれどアテナイの王家は、北方の国の男に娘をひどい目にあわされた記憶があって、北から来る求婚者を受け入れなかった。とうとうボレアスは腹を立てた。力こそ自分にふさわしい。雲を吹き散らし、海を荒れさせ、大木を根こそぎ倒す力だ。北風は翼を広げ、川のほとりで遊んでいた王女を抱きかかえて、北のトラキアへ連れ去った。
二人のあいだには、父譲りの翼を持つ双子の息子が生まれた。息子たちは、英雄イアソンの船旅にも加わり、盲目の予言者の食事を奪い続けていた、鳥の翼を持つ女の怪物たちを、空を飛んで追い払った。
この結婚は、何百年ものちに、歴史の中で思わぬ意味を持つことになる。歴史家ヘロドトスによれば、ペルシアの大艦隊がギリシャに攻め寄せたとき、アテナイの人々は、婿に助けを求めよ、という神託を受けた。アテナイの王女を妻にしたボレアスは、アテナイにとって婿にあたる。アテナイの人々はボレアスとその妻に犠牲を捧げ、敵の艦隊を打ち砕いてくれと祈った。やがて嵐が起こり、停泊していたペルシアの船は400隻以上が沈んだと伝えられる。本当に北風のおかげだったのかは分からない、とヘロドトスは断ったうえで、アテナイの人々は国に帰ると、王女がさらわれたという川のほとりに、ボレアスの聖域を建てたと書いている。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、ヘロドトス『歴史』、プラトン『パイドロス』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
アテナイ王エレクテウスの娘オレイテュイアを、イリソス川のほとりからトラキアへさらって妻にした。オウィディウスでは、トラキア人テレウスの悪行のせいでアテナイ側に拒まれ続け、ついに「力こそ自分にふさわしい」と力ずくでさらう。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
英語の boreal(北の)は、ラテン語 Boreas を経て、この北風の神の名から来ている。「オーロラ・ボレアリス(北極光、直訳すると『北の曙』)」も同じ語を含む。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
オウィディウスでは、トラキア人テレウスの一件のためにアテナイ側に拒まれ続けたボレアスが、雲を払い海を荒らし樫を倒す自分には力こそふさわしいと言い、翼を広げてオレイテュイアをさらう。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ヘシオドスでは、エオス(曙)がアストライオスとの間に産んだ風の一柱で、ゼピュロス(西風)、ノトス(南風)と兄弟。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスでは、ボレアスは黒いたてがみの牡馬に姿を変えて、トロイアのエリクトニオスの牝馬たちと交わった。生まれた12頭の仔馬は、麦の穂先の上を折らずに駆け、海の波頭の上を走ったという。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
オレイテュイアとの間に生まれた息子ゼテスとカライスは、父譲りの翼をもち、アルゴ船の乗組員になった。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀、オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ペルシア戦争で、アテナイ人は「婿に助けを求めよ」という神託に従い、ボレアスとオレイテュイアに犠牲を捧げて祈った。嵐がペルシアの船を壊したので、アテナイ人は帰国後イリソス川のほとりにボレアスの聖域を建てた。神話上の婚姻が、実際の祭祀の根拠になった例。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
プラトン『パイドロス』のソクラテスも、イリソス川の下流、アグライの聖域へ渡るあたりにボレアスの祭壇があると言っている。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
ヘロドトスによれば、アテナイ人はエウボイアのカルキス沖で嵐が起こるのを見て、ボレアスとオレイテュイアに犠牲を捧げ、敵の艦隊を壊してくれと祈った。ペルシア側は少なくとも400隻を失ったと言われる。ヘロドトスは、それがボレアスのせいだったかは言えないとしつつ、アテナイ人は帰国後イリソス川のほとりにボレアスの聖域を建てたと記す。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
boreal / オーロラ・ボレアリス(北極光)英語 boreal(北の)は15世紀後半からの語で、後期ラテン語 borealis を経て、北風の神ボレアス(Boreas)の名から来ている。aurora borealis は直訳すると「北の曙」で、1620年代からの語。etymonline は、1621年9月2日にフランスで見えた壮大なオーロラを受けて哲学者ガッサンディが名づけたとされる、と伝える(「とされる」の留保つき)。ギリシャ語 Boreas 自体の語源ははっきりしない。