ギリシャ神話の地図
アテナ育ての母ヘパイストス父ガイア産んだ大地ケクロプス預けられた家エレクテウス孫アテナイ治めた町
かごの中から姿を現したエリクトニオスと大蛇、驚く姉妹たち。アントニオ・テンペスタの作。

エリクトニオス

Ἐριχθόνιος人間

かごの中から姿を現したエリクトニオスと大蛇、驚く姉妹たち。アントニオ・テンペスタの作。 『図版14 かごから出されたエリクトニオス(オウィディウス『変身物語』の挿絵)』 アントニオ・テンペスタ 1606年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

夜空に、馭者座という星座がある。ローマ時代の天文の書は、その由来の一つとして、ある人間の王の名を挙げている。人間で初めて4頭の馬を戦車につないだので、ゼウスが感心して星にしたのだという。その王が、アテナイのエリクトニオスである。

この王は、生まれ方からして普通ではなかった。どんな話なのか、見ていこう。

後の神話集によれば、女神アテナが武具を作ってもらおうと、鍛冶の神ヘパイストスのもとを訪れたことがあった。ヘパイストスはアテナに恋をし、逃げる女神を追いかける。足の不自由な神がようやく追いつき、抱きつこうとしたが、生涯乙女を守る女神は身を許さない。神の種は女神の脚にこぼれた。女神は嫌がって羊毛でそれを拭い、地面に投げ捨てる。その種の落ちた大地から生まれたのが、エリクトニオスだった。

母親はいない。アテナが母の代わりになった。女神はこの子を不死にしようと、ほかの神々に知らせずに育て、赤ん坊を箱に入れて、アテナイの最初の王の娘に預けた。決して開けてはいけない、と言い含めて。

ところが娘の姉妹たちは、好奇心に負けて箱を開けてしまう。中には、赤ん坊に巻きついた一匹の大蛇がいた。姉妹たちはその大蛇に殺されたとも、アテナの怒りで気が狂い、アクロポリスの崖から身を投げたとも伝えられる。

ローマの詩人オウィディウスは、この場面をカラスに語らせている。三人の姉妹のうち二人は言いつけを守ったが、一人だけが結び目をほどき、中の赤ん坊と大蛇を見た。木の上からそれを見ていたカラスが女神に告げ口すると、女神の寵愛を失ってしまった。告げ口などするものではない、という教訓話である。

アクロポリスの女神の聖域で、アテナ自身の手で育てられたエリクトニオスは、やがて前の王を追い出してアテナイの王になった。アクロポリスにアテナの木像を置き、女神をたたえるパンアテナイア祭を始めたのもこの王だという。王は水のニンフを妻に迎えて、息子をもうけた。その孫が、のちのアテナイ王エレクテウスである。

もっとも『イリアス』には、エリクトニオスという名のアテナイの王は出てこない。大地から生まれ、アテナに育てられたアテナイの王として語られるのは、エレクテウスのほうである。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』

この物語の人々

こういう風にも語られている

武具を作ってもらいにきたアテナにヘパイストスが言い寄り、逃げる女神を追って脚に種をこぼした。アテナが羊毛で拭って地面に捨てると、そこからエリクトニオスが生まれた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アポロドーロスは別説として、エリクトニオスはヘパイストスとアッティス(クラナオスの娘)の子だとする伝えも挙げる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アポロドーロスでは、アテナは赤子を不死にしようと神々に知らせずに育て、箱に入れてケクロプスの娘パンドロソスに預けて開けるなと命じた。姉妹が好奇心から開けると、赤子に大蛇が巻きついていた。娘たちの最期はすでに二通りあり、大蛇に殺されたとも、アテナの怒りで狂ってアクロポリスから身を投げたとも言われる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

オウィディウスでは、パンドロソスとヘルセは言いつけを守り、アグラウロス一人が結び目を解いて中の赤子と大蛇を見る。これを告げ口したカラスが、アテナの寵愛を失った由来話として語られる。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ローマ以後の語り

王になったエリクトニオスは、アクロポリスにアテナの木像を置き、パンアテナイア祭を始めた。ナイアスのプラクシテアを妻にして、パンディオンをもうけた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ヒュギヌスは、エリクトニオスが人間で初めて4頭の馬を戦車に繋いだので、ユピテルが感心して星座の馭者座にした、という説を伝える。アテナの祭祀とアクロポリスの神殿を始めたのも彼だとされる。

ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀

オウィディウスでは、カラスがアテナのカササギ(ワタリガラス)に告げる。アテナはエリクトニオスを編んだ箱に入れてケクロプスの三人の娘に預けたが、アグラウロスが結び目を解くと、赤子と伸びた大蛇が見えた。カラスは木の上からそれを見て女神に知らせたが、その報いに女神の守りを追われた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

ホメロスには「エリクトニオス」の名でのアテナイ王は出てこない。『イリアス』では、大地が産みアテナが育ててアテナイの自分の社に住まわせたのは「エレクテウス」とされる。後代の系図では、この生まれの話がエリクトニオスに移り、エレクテウスはその孫になる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

『イリアス』に出るもう一人のエリクトニオスは、ダルダノスの子でトロイア王家の祖先。3000頭の牝馬をもつ人間一の富者で、北風ボレアスが牡馬の姿でその牝馬と交わり、麦の穂を折らずに走る12頭の仔馬が生まれた。アテナイのエリクトニオスとは同名の別人。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ほかのつながり(3人)

家族・恋愛

仲間・師弟

今の言葉に残る

ぎょしゃ座・カペラ / Auriga, Capellaぎょしゃ座(馭者座)の馭者は、馬車を操る人のことで、アテナイの伝説の人物エリクトニオスだとされる。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、エリクトニオスは人間で初めて四頭の馬を馬車につないだ。太陽神が天で四頭立ての馬車を走らせるのを、人の知恵でまねてみせたことにゼウスが感心して、星にしたのだという。彼は、鍛冶の神ヘパイストスがアテナに言い寄って退けられたときに、大地から生まれた子で、アテナがひそかに育て、のちにアテナイの丘に彼女の神殿を初めて建てた。この星座でいちばん明るい星カペラは、ラテン語で「小さな雌山羊」の意味である。同じ本によれば、馭者は左肩に雌山羊を、左手に二匹の子山羊を乗せた姿で描かれ、この雌山羊は、幼いゼウスに乳を飲ませて育てた山羊アマルテイアだとする説がある。ゼウスは育ての恩に報いて、山羊とその子どもたちを星にしたという。ぎょしゃ座の学名 Auriga は、ラテン語でそのまま「馭者」の意味である。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  3. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  4. 1〜2世紀ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』
  5. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』