ギリシャ神話の地図
プロクネ姉テレウス姉の夫エレクテウス兄弟エリクトニオス祖父アテナイ故郷
プロクネと妹ピロメラが、テレウス王に息子イテュスの首を見せる場面。ルーベンスの原画による版画。

ピロメラ

Φιλομήλα人間

プロクネと妹ピロメラが、テレウス王に息子イテュスの首を見せる場面。ルーベンスの原画による版画。 『息子イテュスの首をテレウスに見せるプロクネ』 ルーベンスの原画による版画(コルネリス・ハレ刊) 1630〜1650年 アムステルダム国立美術館CC0

英語の詩では、ナイチンゲールのことを「フィロメル」と呼ぶことがある。美しい声で鳴くこの鳥の名になったのは、舌を切られて声を奪われた一人の王女だった。アテナイの王女ピロメラである。

では、声を奪われた王女が、どうやって真実を伝えたのか、見ていこう。

ピロメラの姉プロクネは、北の国トラキアの王テレウスに嫁いでいた。ローマの詩人オウィディウスによれば、嫁いで5年がたったころ、姉は夫に、妹に会わせてほしいと頼んだ。テレウスは船でアテナイへ迎えに行った。

姉に会いたいと父に頼み込むピロメラの姿を見て、テレウスは彼女に心を奪われた。トラキアに着くと、王は妹を姉のもとへは連れて行かず、森の奥の小屋に閉じ込めて辱めた。ピロメラは叫んだ。このことを、森にも岩にも、神々にも訴えてやる。その言葉を恐れたテレウスは、彼女の舌を切り取った。そして妻には、妹は旅の途中で死んだと告げた。

声を失い、見張られて逃げることもできないまま、1年が過ぎた。けれどもピロメラには、手があった。彼女は異国風の機を張り、白い糸に紫の糸で文字を織り込んだ。自分の身に起きたことを。そして織り上がった布を、身ぶりで頼んで召使いに託し、姉のもとへ届けさせた。召使いは、何を運んでいるのかも知らなかった。

布を読んだ姉は、祭りの騒ぎにまぎれて妹を救い出す。館に連れてこられたピロメラは、姉と目を合わせることができなかった。神々に誓って、無理やりだったのだと伝えたくても、声の代わりに使えるのは手しかなかった。

姉妹は、テレウスの幼い息子を手にかけ、その肉を父に食べさせた。息子を呼べと言う王の前に、ピロメラは髪を乱して躍り出て、子の首を父の顔に投げつけた。このときほど、声が出せたらと願ったことはなかった、とオウィディウスは書いている。

剣を抜いて追ってきたテレウスから逃げる姉妹の体に、羽が生えた。後の時代にローマで神話をまとめたヒュギヌスが伝える形では、ピロメラはナイチンゲールに、姉はツバメになった。英語の詩の「フィロメル」は、この形から来ている。ところがギリシャの伝えでは逆で、舌のないピロメラはツバメになり、姉がナイチンゲールになる。

古代の旅行家パウサニアスは、姉妹は鳥にはならず、アテナイへ逃げ帰って嘆きのうちに死んだのだと書いている。鳥の話は、この二種の鳥の声が嘆きに似ているところから生まれたのだろう、と。

この物語の出典: オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ギリシャ語で残る伝えでは、舌のないピロメラはツバメになる。アポロドーロスが代表例。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ラテン語の伝えでは、ピロメラがナイチンゲールになる。ヒュギヌスは、ピロメラはナイチンゲール、プロクネはツバメ、テレウスはタカになったとする。英語の詩語 Philomel(1570年代〜)がナイチンゲールを指すのも、この組み合わせと一致する。

ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

オウィディウスは、姉妹のどちらがどの鳥になったかを言わない。一羽は森へ、一羽は屋根の下へ飛ぶ、とだけ書き、胸には血の印が残る。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ローマ以後の語り

アポロドーロスでは、テレウスは妻プロクネが死んだと偽ってピロメラを妻にし、口止めのために舌を切った。ピロメラは衣に文字を織り込んで、姉に事実を知らせた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

オウィディウスでは、姉に会いたいというプロクネの願いでテレウスがアテナイへ迎えに行き、トラキアへ連れ帰る途中で森の小屋に閉じ込めて辱め、舌を切る。やがてピロメラは白い糸に紫の文字を織り込んで召使いに届けさせた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

etymonline は名の意味を「おそらく『歌を愛する者』(philos + melos)」とし、「林檎を愛する者」(mela)の可能性も挙げている。確定した語源ではない。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

残り3件を読む

パウサニアスは、姉妹はアテナイへ逃れ、自分たちの受けた仕打ちと復讐を嘆きながら涙のうちに死んだ、と伝える。ナイチンゲールとツバメになったという話は、この鳥たちの鳴き声が嘆きに似ているところから生まれたのだろう、とパウサニアスは考えている。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

オウィディウスでは、辱められたピロメラが「森にも岩にも神々にも訴える」と叫んだため、テレウスは彼女の舌を切る。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

子の首をテレウスに投げつけたとき、ピロメラはこのときほど話せたらと願ったことはなかった、とオウィディウスは書く。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

今の言葉に残る

フィロメル / philomel(ナイチンゲールの詩語)英語の詩で「ナイチンゲール」を指す philomel は、1570年代からの語。それ以前は中世ラテン語 Philomena を経た Philomene の形で、チョーサーからスペンサーの頃まで使われた。元はパンディオンの娘ピロメラの名。ギリシャ語の伝え(アポロドーロス 3.14.8)ではピロメラはツバメになるが、ラテン語の伝え(ヒュギヌス 45)ではナイチンゲールになり、英語の詩語はこちらと一致する。名の意味は「おそらく歌を愛する者」とされる。

次に読む

このページの出典(5件)
  1. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  2. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  3. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  4. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  5. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』