ローマのマルスは軍神であると同時に農耕と国家の守護神で、ロムルスとレムスの父とされる建国神話の中心人物である。ギリシャで嫌われたアレスとは社会的な位置がまったく違う。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年

Ἄρης神
盾をそばに置き、腰を下ろしてくつろぐアレスの大理石像。 『ルドヴィシのアレス』 作者不詳 ローマの写し(元は前320年ごろのギリシャの像。1622年にベルニーニが補修。コモンズの説明による) アルテンプス宮(ローマ国立博物館)Public domain
戦争の神でありながら、実の父に「おまえがいちばん憎い」と言われた神がいる。ギリシャの軍神アレスである。
火星の英語名マーズも、3月のマーチも、もとをたどればローマの軍神マルスに行き着く。そのマルスと同じ神とされたのが、このアレスだ。
『イリアス』の中ほど、アレスは戦場から逃げ帰ってきたところだった。人間の槍で腹を突かれたのだ。オリュンポスに上がると、父ゼウスの隣に座りこみ、傷から流れる神の血を見せて訴える。父上は腹が立たないのですか、と。ゼウスは眉の下からにらみつけて答えた。わたしの隣で泣き言を並べるな。オリュンポスの神々の中で、おまえがいちばん憎い。いつも争いと戦と殺し合いばかり好んでいる。母ヘラそっくりの手に負えない気性だ。それでも、わが子だからと、神々の医師に傷を治させた。
アレスはゼウスと正妻ヘラの子である。『神統記』も、ヘラが産んだ子の一人に彼を数えている。家柄だけなら申し分がない。
ところが『イリアス』の中のアレスは、負けてばかりいる。トロイア戦争で、彼はトロイア方について戦った。ヘラとアテナに味方すると約束しておきながら寝返った、とアテナは責める。見かねたアテナは、自らギリシャ方の英雄の戦車に乗り込み、手綱を取った。英雄が繰り出した槍を、アテナがアレスの下腹へと押し込む。アレスは、九千か一万の兵士が一度に叫ぶほどの声をあげ、黒い雲のように空へ逃げていった。冒頭の場面は、この直後のことだ。
後半の神々の戦いでも、同じ相手に倒される。アテナが野原の境界石を拾って投げつけると、アレスは首を打たれて倒れ、およそ200メートルにわたって地面をふさいだ。髪は土にまみれ、鎧が音を立てる。アテナは笑い、まだ私のほうがどれだけ強いか分からないのか、と言い捨てた。うめく彼の手を取って連れ出そうとしたのは、恋人のアプロディテだった。

負けたのは女神にだけではない。巨人の兄弟に縛られて、青銅の甕に13か月も閉じ込められたことがある。兄弟の継母が知らせてくれたおかげで、伝令神ヘルメスがこっそり盗み出したが、もう少しで滅びるところだった、と『イリアス』は語る。
戦場での彼は、ただ荒れ狂う力だ。争いの女神エリスは「人を殺すアレスの妹にして仲間」と呼ばれる。人間の女に産ませた息子が戦死したと聞いたときは、腿を打って嘆き、ゼウスの雷に撃たれてもかまわないと、敵陣へ向かおうとした。止めたのはまたもアテナで、兜と盾と槍を取り上げ、正気を失ったのかと叱りつけて、椅子に座らせた。
『オデュッセイア』では、もっと情けない役を振られている。アレスは、鍛冶の神ヘパイストスの妻である愛の女神アプロディテと、夫の留守に通じていた。それを見ていたのが太陽神ヘリオスだ。知らせを受けたヘパイストスは、蜘蛛の糸のように細く、神の目にも見えない鎖を鍛え上げ、寝台のまわりに張りめぐらせてから、旅に出たふりをした。アレスはすぐにやってきて、二人は寝床に入り、そのまま鎖に絡め取られた。
ヘパイストスは神々を呼び集めた。女神たちは恥じて来なかったが、男の神々は門口に並んで大笑いした。足の遅い者が、いちばん足の速い神を捕まえた、と誰かが言う。アポロンがヘルメスに、あんなふうに縛られてもアプロディテの隣で寝たいかと聞くと、ヘルメスは、鎖が三倍でも、女神たちが全員見ていてもかまわない、と答えて、また笑いが起きた。ポセイドンがとりなし、ようやく解き放たれたアレスは、北のトラキアへ飛んで帰った。

『神統記』によれば、アプロディテはアレスとのあいだに、敵陣の隊列を崩す恐ろしい二柱の息子と、一人の娘を産んだ。娘はのちに、テーバイの街を築いた英雄の妻となる。その英雄は、アレスの泉を守る竜を殺した罪を償うために、アレスに8年仕えたとアポロドーロスは伝える。

アテナイには「アレスの丘」と呼ばれる丘がある。アポロドーロスによれば、アレスの娘に海の神ポセイドンの息子が乱暴しようとし、アレスはその場で彼を殺した。ポセイドンに訴えられたアレスは、この丘で十二の神々に裁かれ、無罪になったという。旅行家パウサニアスは、丘の名はアレスがここで最初に裁かれたことから来ていると書き、のちに母を殺したアガメムノンの息子もここで裁かれた、と付け加えている。
ギリシャ人にとって、アレスは歓迎される神ではなかった。けれどもローマに渡ると、同じ軍神マルスは、ローマを築いたロムルスの父として、国家の中心に据えられる。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、『オックスフォード古典学辞典』
ローマのマルスは軍神であると同時に農耕と国家の守護神で、ロムルスとレムスの父とされる建国神話の中心人物である。ギリシャで嫌われたアレスとは社会的な位置がまったく違う。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年
カドモスはアレスの泉を守る竜(アレスの子ともいう)を殺した償いに、アレスに「永遠の一年」、当時の8年のあいだ仕えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
娘アルキッペに乱暴しようとしたポセイドンの子ハリロティオスを殺し、ポセイドンに訴えられて、アレイオパゴスで十二神の裁きを受け無罪となった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ゼウスとヘラの子。ヘシオドスは正妻ヘラの子としてヘベ、アレス、エイレイテュイアを挙げる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
傷ついて訴えるアレスに、父ゼウスは「オリュンポスに住む神々の中で、お前が最も憎い。いつも争いと戦と殺し合いばかり好む」と言い放つ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アテナが自ら戦車に乗って槍を導き、人間ディオメデスがアレスの下腹を突く。アレスは「一万人の兵が叫ぶような」声をあげて天へ逃げた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
神々の戦いでは、アテナが野に転がる境界石を投げつけてアレスを倒し、七プレトロン(約200メートル)の広さに倒れ伏させる。アテナに二度打ち負かされている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』ではトロイア側に立って戦う。アテナとヘラにギリシャ方で戦うと約束していながら寝返った、とアテナに詰られる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アプロディテとの密通をヘリオスに見つかり、ヘパイストスが仕掛けた細い見えない網に寝床ごと捕らえられる。神々が集まって笑い、アポロンとヘルメスが軽口を叩く喜劇的な挿話。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
アロエウスの子オトスとエピアルテスに縛られ、青銅の甕に13か月閉じ込められた。兄弟の継母エエリボイアがヘルメスに知らせ、ヘルメスが盗み出さなければ滅びるところだった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
息子アスカラポスの戦死を聞いて腿を打って嘆き、ゼウスの雷に撃たれても復讐に行くと言って武装するが、アテナが兜・盾・槍を取り上げて叱り、座らせる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ゼウスは叱りつけたあと「わが子だから」と、医神パイエオンに傷を治させる。ヘベが湯浴みさせ、アレスはゼウスの隣に座る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アプロディテはアレスに、戦場で隊列を乱すポボス(恐慌)とデイモス(恐怖)、およびカドモスの妻となるハルモニアを産んだ。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
30 「マルスと女王オトレレの娘ヒッポリュテ」
1.8.2「アレスの子だとも言われる」という異伝。オイネウスの子とするのが普通
8(アレス讃歌)4 アレスを「戦の勝利(ニケ)の父」と呼ぶ。ヘシオドスとは別の系譜
『神統記』933-937、『イリアス』13.299「その愛する息子ポボス」
3.14.8「アレスの子テレウス」
1.4.4
『祭暦』4.172 ステロペはマルス(アレス)と交わったという。アポロドーロス 3.10.1 ではステロペはオイノマオスの妻
『神統記』922
『神統記』922
15.119-120 アレスがデイモスとポボスに馬をつなぐよう命じる
『イリアス』13.301、『オデュッセイア』8.361
8.266-366 アレスとアプロディテの密会
エンニウスの詩句(アプレイウス『ソクラテスの神霊について』2)とリウィウス22.10.9 のローマの十二柱。ギリシャの神に対応させた
1.9.1 アイエテスがアレスの森の樫に打ちつけた。1.9.16
マーズ / 火星 / 3月(March)ローマの軍神マルスはアレスと同一視される。惑星火星の名はその血のような色から付けられ、英語では1300年頃。3月 March は、ローマ人がマルスに捧げた月マルティウス(Martius)から来ている。マルスの祭りは、戦いの時期が始まる3月と終わる10月に集まっていた。
マーシャルアーツ / martial arts格闘技を指すマーシャルアーツ(martial arts)の martial は、「軍神マルスの」という意味のラテン語から来ている。マルスはローマの戦の神で、ギリシャのアレスと同一視された神である。英語の martial は14世紀後半から「戦いの、戦争にかかわる」の意味で使われ、「戒厳令」を意味する martial law は1530年代、「軍法会議」の court-martial もこの流れにある。面白いのは martial arts という言葉の生まれで、語源辞典によれば1909年に、日本やその周辺の格闘技をまとめて呼ぶ名として、日本語の「武術」を英語に訳したのが始まりだという。日本の武術が英語に入るとき、ギリシャ・ローマの戦の神の名を借りた言葉になったわけである。