テミスキュラの港に着いたヘラクレスをヒッポリュテが訪ね、帯を渡すと約束する。しかしヘラがアマゾンの姿で「よそ者が女王をさらう」と言いふらし、アマゾンたちが武装して船に押し寄せた。裏切りを疑ったヘラクレスはヒッポリュテを殺して帯を奪う。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἱππολύτη人間
ヒッポリュテの帯を手に入れるヘラクレス。ニコラウス・クニュプファーの作。 『ヒッポリュテの帯を手に入れるヘラクレス』 ニコラウス・クニュプファー 17世紀前半 エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク)Public domain
シェイクスピアの喜劇『夏の夜の夢』は、アテネの公爵シーシアスが婚礼の日を待ちわびる場面から始まる。あと4日で新しい月が来て、その夜に式を挙げる。花嫁は、アマゾン族の女王ヒッポリタだ。
公爵は花嫁に言う。私は剣であなたに求婚し、あなたを傷つけて愛を得た。だが婚礼は、打って変わって華やかに挙げよう、と。シーシアスはギリシャの英雄テセウスの英語読みで、ヒッポリタは、ギリシャ神話ではヒッポリュテと呼ばれる。
剣で求婚されたという女王は、もともとどんな物語の持ち主だったのか。ギリシャ神話の中の姿をたどってみよう。
ヒッポリュテは、黒海にそそぐテルモドン川のほとりに住む女戦士の一族、アマゾンの女王だった。アマゾンは戦に長けた一族で、子が生まれると女の子だけを育て、槍を投げる邪魔にならないよう右の乳房を取り去ったという。女王は、ほかの誰よりも優れている証しとして、戦いの神アレスの帯を身につけていた。
この帯を持ってこい。それが、英雄ヘラクレスに課された功業の9番目だった。命じた王の娘が、その帯を欲しがったからである。

ヘラクレスは志願した仲間たちと一隻の船で出発し、途中の土地で戦いを重ねながら、アマゾンの港にたどり着いた。ヒッポリュテは自ら訪ねてきて、何をしに来たのかを尋ね、帯を渡すと約束した。
話はそこで片づくはずだった。ところが女神ヘラがアマゾンの一人に化けて人々の間を歩き回り、よそ者たちが女王をさらっていくと言いふらした。武装したアマゾンたちが、馬で船に押し寄せる。それを見たヘラクレスは、罠にかけられたと思い込み、ヒッポリュテを殺して帯を奪った。
約束どおり帯を渡そうとしていた女王が、誤解から命を落とす。アポロドーロスの神話集が伝える筋である。
別の書き手は、違う結末を語る。紀元前3世紀の叙事詩『アルゴナウティカ』では、ヘラクレスは女王の姉妹を待ち伏せして捕らえ、女王はその身代金として、きらびやかな帯を差し出した。ヘラクレスは姉妹を無事に帰している。紀元前1世紀の歴史家ディオドロスの話には、女王本人は戦いの場に出てこない。帯を求めて断られたヘラクレスが、アマゾンの手だれたちを次々に倒し、捕らえた指揮官と引き換えに帯を受け取る。
女王の名は、別の英雄の物語にも顔を出す。ヘラクレスのアマゾン遠征には、アテネの英雄テセウスも加わり、アマゾンの一人を連れ帰って妻にしたという。その妻の名はたいていアンティオペとされるが、アポロドーロスは、詩人シモニデスがヒッポリュテと呼んでいると書き添えている。プルタルコスも、ある歴史家がテセウスの妻をアンティオペではなくヒッポリュテとしている、と紹介している。
妻となったアマゾンは、テセウスの息子ヒッポリュトスを産んだ。のちにテセウスがクレタの王女パイドラを新しい妻に迎えると、婚礼の席にかつての妻がアマゾンの一団を連れ、武装して現れた。客を皆殺しにすると脅す彼女を、人々は急いで扉を閉ざして討ち取った。テセウス自身が戦いで討った、という話もある。
メガラの町には、ヒッポリュテの墓があった。2世紀の旅行家パウサニアスが聞いた土地の言い伝えでは、アンティオペのことでアマゾンがアテネに攻め込み、テセウスに敗れたとき、その軍を率いていたのがアンティオペの姉妹ヒッポリュテだった。わずかな仲間とメガラまで落ちのびた彼女は、故郷に帰る望みも失い、悲しみのあまり死んだ。墓は、アマゾンの盾の形をしていたという。
誤解から殺された女王、身代金を払った女王、英雄の妻となった女王、異国で力尽きた女王。ヒッポリュテの最期は、書き手によってまるで違う。英雄と婚礼を挙げる『夏の夜の夢』の女王は、このうち英雄の妻となる筋を引き継いだ姿と読める。
この物語の出典: アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』
テミスキュラの港に着いたヘラクレスをヒッポリュテが訪ね、帯を渡すと約束する。しかしヘラがアマゾンの姿で「よそ者が女王をさらう」と言いふらし、アマゾンたちが武装して船に押し寄せた。裏切りを疑ったヘラクレスはヒッポリュテを殺して帯を奪う。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロニオスでは、ヘラクレスがアレスの娘メラニッペを待ち伏せして捕らえ、ヒッポリュテが姉妹の身代金として輝く帯を渡した。ヘラクレスはメラニッペを無事に帰す。ヒッポリュテは殺されない。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
ディオドロスでは、ヘラクレスはヒッポリュテの帯を持ってくるよう命じられてテミスキュラ近くに陣を張り、帯を求めたが拒まれて戦う。アエラ、ピリッピスら名のあるアマゾンを次々に倒し、捕らえた指揮官メラニッペを帯と引き換えに解放した。捕虜のアンティオペはテセウスに与えた。ヒッポリュテ本人は戦いに登場しない。
ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半
アポロドーロスは、ヘラクレスのアマゾン遠征に加わったテセウスが連れ帰ったアマゾンをアンティオペ(一説にメラニッペ)とし、詩人シモニデスはヒッポリュテと呼ぶ、と記す。この女性からヒッポリュトスが生まれた。プルタルコスも、クレイデモスがテセウスの妻のアマゾンをアンティオペではなくヒッポリュテと呼ぶことを紹介する。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭
パウサニアスはメガラでヒッポリュテの墓を見ている。メガラの人々の話では、アンティオペのことでアテナイに攻め込んだアマゾンがテセウスに敗れたとき、率いていたのはアンティオペの姉妹ヒッポリュテで、少数の仲間とメガラに逃れ、故郷テミスキュラに帰る望みも失って悲しみのうちに死んだ。墓はアマゾンの盾の形をしている。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
アポロドーロスでは、ヘラクレスの九番目の功業が「ヒッポリュテの帯」。ヒッポリュテはテルモドン川のほとりのアマゾンの女王で、ほかのアマゾンに優る証しとしてアレスの帯を持っていた。エウリュステウスの娘アドメテがその帯を欲しがったため、ヘラクレスが遣わされた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
テセウスがパイドラと結婚したとき、以前の妻のアマゾンが仲間を連れて武装して現れ、客を殺すと脅したため、人々は扉を閉ざして彼女を殺した。テセウスが戦いで討ったとする説もある、とアポロドーロスは書く。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
シェイクスピアの『夏の夜の夢』では、ヒッポリタは「アマゾンの女王、シーシアス(テセウス)の婚約者」。冒頭でシーシアスは、剣で求婚し、傷を負わせて愛を得たと語り、4日後の新月の夜の婚礼を待つ。
ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』 1595年頃
ヒュギヌスの『神話集』では、ヘラクレスの功業の章に「マルス(アレス)と女王オトレレの娘ヒッポリュテを殺し、アマゾンの女王の帯を奪った。捕虜のアンティオペはテセウスに与えた」とある。父をアレスとする系譜はここに見える。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
『アルゴナウティカ』では、マリアンデュノイの王リュコスが、ヘラクレスが「戦好きのヒッポリュテの帯」を持ってアジアを歩いて通ったのを見た、と回想する。三つに分かれたアマゾンの部族のうち、ヒッポリュテが治めていたのはテミスキュラの一族だった、ともされる。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
エウリピデスの『ヘラクレス』の合唱は、ヘラクレスがマイオティス湖のほとりのアマゾンの騎馬の軍へ出かけ、金で飾った帯を持ち帰ってミュケナイに納めたと語るが、女王の名は出さない。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃
2.5.9 九番目の功業「ヒッポリュテの帯」