ギリシャ神話の地図
ヘラクレス仇エウリュステウス命じた王ヘリオス父ネストル戦った相手アルゴナウタイの遠征仲間アイエテス会いたかった王オリュンピアその後の地

アウゲイアス

Αὐγείας人間

英語には、アウゲイアスの名から作られた Augean という形容詞がある。意味は「ひどく汚い」。語源の辞書によれば、16世紀の終わりから使われている。もとになったのは「アウゲイアスの家畜小屋」、ヘラクレスがたった一日で掃除したという、とてつもなく汚れた小屋の話だ。1805年のイギリスでは、この話を借りて政治を皮肉った風刺画まで出ている。

では、小屋の持ち主アウゲイアスとはどんな王だったのか。ヘラクレスとのいきさつを、はじめから見ていこう。

樽から水を浴びせ、人の顔をした家畜たちを小屋から洗い出すヘラクレス。1805年のイギリスの風刺版画。
樽から水を浴びせ、人の顔をした家畜たちを小屋から洗い出すヘラクレス。1805年のイギリスの風刺版画。『現代のヘラクレス、アウゲイアスの家畜小屋を掃除する』 トマス・ローランドソン 1805年4月23日 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

アウゲイアスは、ペロポネソス半島の西の国エリスの王だった。ホメロスの『イリアス』にも、その名は出てくる。老将ネストルが若いころの話として語るところでは、ネストルの父が競技のために送った四頭の勝ち馬と戦車を、「人々の王」アウゲイアスが取り上げてしまい、御者だけを悲しませて帰したという。アウゲイアスの長女は、大地が育むあらゆる薬草を知る女だった。そして息子のひとりは、父への怒りから故郷を出て、海の向こうの島に住んでいた。ただ、『イリアス』はその怒りのわけを語らない。

わけを教えてくれるのは、アポロドーロスの神話集だ。ヘラクレスは、王エウリュステウスに命じられた十の難業の五番目として、アウゲイアスの家畜の糞を一日で運び出さなければならなくなった。アウゲイアスは太陽神ヘリオスの子とも、海の神ポセイドンの子とも言われ、たくさんの牛の群れを持っていた。

ヘラクレスは、エウリュステウスの命令であることは伏せて、アウゲイアスに持ちかけた。糞を一日で運び出してみせる。うまくいったら、家畜の十分の一をもらいたい。王は信じなかったが、約束した。ヘラクレスは王の息子を証人に立てると、家畜の囲いの土台に穴をあけ、近くを流れる二つの川、アルペイオス川とペネイオス川の流れを変えて囲いの中へ引き込み、別の穴から水を流し出した。

ところが、これがエウリュステウスの命令だったと知ると、アウゲイアスは報酬を払わなかった。約束などしていないと言い張り、裁きにかけてもよいと言う。裁き手たちが席につくと、ヘラクレスに呼ばれた息子が、父は確かに報酬を約束したと証言した。怒ったアウゲイアスは、票が入れられる前に、息子もヘラクレスもエリスから追い出してしまった。息子は海の向こうの島へ移り住んだ。『イリアス』の言う、父への怒りから故郷を出た息子とは、この息子のことだ。そしてエウリュステウスもまた、これは報酬目当ての仕事だとして、難業の数に入れなかった。ヘラクレスは、雇い主からも依頼主からも、手柄を認めてもらえなかったことになる。

アウゲイアスの家畜小屋を片づけるため、川の流れを変えたヘラクレス。スルバランの絵(1634年)。
アウゲイアスの家畜小屋を片づけるため、川の流れを変えたヘラクレス。スルバランの絵(1634年)。『アルペイオス川の流れを変えるヘラクレス』 フランシスコ・デ・スルバラン 1634年 プラド美術館Public domain

旅行家パウサニアスは、少し違う話を書き残している。アウゲイアスの家畜はあまりに多く、糞のせいで国の土地の大半が耕せなくなっていた。ヘラクレスは別の川の流れを引いてこれを片づけたが、アウゲイアスは、骨折りではなく知恵で片づけたのだからと、報酬を拒んだ。それを責めた長男は、国から追い出された。

ヘラクレスは、この仕打ちを忘れなかった。アポロドーロスによれば、のちにヘラクレスは軍を率いてエリスへ攻め込む。アウゲイアス側で戦ったのは、王の兄弟の子で、二人の体がひとつにつながった双子だった。ヘラクレスは病に倒れていったん退くが、やがて双子を待ち伏せして討ち、エリスを攻め落として、アウゲイアスと息子たちを殺した。追い出されていた息子を呼び戻して王位を与え、オリュンピアで競技を開いた。詩人ピンダロスも、報酬を払おうとしなかった「強く乱暴な」アウゲイアスから賃金を取り立てたあとで、ヘラクレスがオリュンピアの聖域を定め、四年ごとの競技を始めたと書いている。

ここでもパウサニアスの伝えは違う。ヘラクレスは国を息子に譲り、アウゲイアスは罰を受けずに済んだ。やがて年老いて死に、エリスではパウサニアスの時代になっても、英雄としてのアウゲイアスに捧げものがされていたという。

アウゲイアスは、アルゴ船の航海にも加わったとされる。アポロニオスの『アルゴナウティカ』では、太陽神の子といううわさのあるこの王は、富を誇り、遠いコルキスの国と、その王アイエテスをひと目見たいと願って船に乗りこんだ。アイエテスもまた、太陽神の子である。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ピンダロス『祝勝歌集』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

アポロドーロスでは、第五の難業は、アウゲイアスの家畜の糞を一日で運び出すこと。アウゲイアスはエリスの王で、ヘリオスの子、ポセイドンの子、ポルバスの子と諸説ある。ヘラクレスはエウリュステウスの命令であることを隠して、家畜の十分の一を報酬に一日で片づけると申し出た。息子ピュレウスを証人に立て、囲いの土台に穴をあけ、近くを流れるアルペイオス川とペネイオス川の流れを変えて引き込み、別の出口から流し出した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

パウサニアスでは、アウゲイアスの父はエレイオスで、それを誇張してヘリオスとする者がいるという。家畜があまりに多く、糞のせいで国の土地の大半が耕されないままだった。アウゲイアスはエリスの土地の一部などを報酬にヘラクレスに片づけを頼み、ヘラクレスはメニオス川の流れを変えて片づけた。だが骨折りではなく策略で成し遂げたとして報酬を拒み、それをとがめた長男ピュレウスを追放した。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

アポロドーロスでは、ヘラクレスはのちにアルカディアの軍と志願者を率いてアウゲイアスを攻める。アウゲイアスは、兄弟アクトルの子で二人が一つにつながったモリオネ(エウリュトスとクテアトス)を将とした。ヘラクレスは病のため休戦し、その隙を突かれて多くを失ったが、のちにイストモス祭へ向かうモリオネをクレオナイで待ち伏せて殺し、エリスを落としてアウゲイアスと息子たちを殺した。ピュレウスを呼び戻して王位を与え、オリュンピア競技を催した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

パウサニアスでは、アウゲイアスとの戦でヘラクレスは目立った手柄を立てられず、アクトルの子らに何度も敗れた。のちにクレオナイで彼らを待ち伏せて殺し、エリスを攻め落としたが、ピュレウスへの敬意から国を彼に譲り、アウゲイアスは罰を免れた。ピュレウスがドゥリキオンへ帰ったあと、アウゲイアスは高齢で死に、王位は息子アガステネスらに移った。オクシュロスの時代以後も、パウサニアスのころまでアウゲイアスには英雄としての捧げものがされていたという。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ローマ以後の語り

アポロドーロスでは、それがエウリュステウスの命令だったと知ったアウゲイアスは報酬を払わず、約束も否定して裁きにかけた。ピュレウスが父に不利な証言をすると、アウゲイアスは投票の前にピュレウスとヘラクレスをエリスから追放した。ピュレウスはドゥリキオンへ移り、ヘラクレスはオレノスのデクサメノスのもとへ行った。エウリュステウスも、報酬目当ての仕事だとしてこの難業を十の中に数えなかった。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

英語の形容詞 Augean(ひどく汚い)は1590年代から使われ、ヘラクレスの難業の「アウゲイアスの家畜小屋」に由来する。etymonline は、小屋には3,000頭の牛がいて30年間掃除されていなかったとし、名はおそらく auge(輝き、日の光)からと説明する。アポロドーロスとパウサニアスの話には、この頭数と年数は出てこない。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

『イリアス』では、ネストルの昔語りに「人々の王」アウゲイアスが出てくる。ネレウスが鼎を賭けた競走のためにエリスへ送った四頭の勝ち馬と戦車を、アウゲイアスが取り上げ、御者を悲しませて帰した。戦ではネストルが、アウゲイアスの婿で長女アガメデ(大地の育むあらゆる薬草を知る女)の夫ムリオスを討つ。2巻の軍船の目録では、エペイオイの指揮官の一人がアウゲイアスの子アガステネスの子ポリュクセイノスで、ドゥリキオンの軍を率いるメゲスの父ピュレウスは「父への怒りから」ドゥリキオンへ移ったとされる。家畜小屋の話は出てこない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ピンダロスは、ヘラクレスが「強く乱暴な」アウゲイアスから、渋るのを承知で雑役の賃金を取り立てようと、ポセイドンの子クテアトスとエウリュトスをクレオナイで討ち、友を欺いたエペイオイの王の町を火と鉄で滅ぼした、と書く。そのあと戦利品をピサに集めて父ゼウスの聖域アルティスを定め、四年ごとの祭典と最初のオリュンピア競技を始めた。パウサニアスも、ヘラクレス以前にアウゲイアスがオリュンピアの競技を催したと記す。

ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

アポロニオス『アルゴナウティカ』では、ヘリオスの子とうわさされるエリスの王アウゲイアスが、富を誇りつつ、コルキスの地とその王アイエテスをひと目見たいと願ってアルゴ船に加わる。コルキスでは、テラモンとともにイアソンに従ってアイエテスの館へ行く。アポロドーロスのアルゴナウタイの名簿にも「ヘリオスの子アウゲイアス」がいる。

アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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このページの出典(6件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  3. 前3世紀アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  6. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』