エウリピデスの悲劇(前431年)では、イアソンに捨てられたメデイアは、毒を塗った衣で新妻と王を焼き殺したうえ、自分の二人の子を自ら殺し、祖父ヘリオスから与えられた車で去る。
エウリピデス『メデイア』 前431年、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Μήδεια人間
薬の小瓶を手に、宮殿を歩むメデイア。ド・モーガンの絵。 『メデイア』 イーヴリン・ド・モーガン 1889年Public domain
王の館の広間で、恋の神エロスが人目につかずにひとりの英雄のすぐ脇へ忍び寄り、弓を引き絞った。狙いは、その場に居合わせた王女。矢は娘の胸の奥で炎のように燃え、エロスは高笑いしながら飛び去った。王女の名はメデイア。この恋が、やがて一つの王国を裏切らせ、弟の命を奪い、最後には自分の子どもたちの命まで奪うことになる。
メデイアは、黒海の東の果てにある国の王女である。祖父は太陽神ヘリオス、叔母は英雄オデュッセウスの仲間を豚に変えた魔女キルケ。メデイア自身も魔術の女神に仕え、薬草の技を授けられた魔女だった。

そこへ、ギリシャから英雄イアソンが、アルゴ号の仲間を率いてやって来る。目当ては、王が持つ金の羊毛だった。王は条件を出した。火を吐く青銅の足の牡牛2頭に、ひとりで軛をかけて畑を耕し、竜の歯をまけ。そうすれば羊毛を渡そう。
このイアソンを、女神ヘラとアテナが助けようとしていた。二人に頼まれた愛の女神アプロディテが息子エロスを送り込み、あの矢が放たれたのである。
恋に落ちたメデイアは、父に隠れてイアソンに持ちかけた。私を妻にしてギリシャへ連れて帰ると誓うなら、助けましょう。イアソンが誓うと、メデイアは薬を渡した。これを盾と槍と体に塗れば、一日のあいだ火にも鉄にも傷つかない。さらに教えた。まいた竜の歯からは武装した男たちが生えてくる。固まっているところへ遠くから石を投げ込めば、男たちは互いに争いはじめる。

イアソンは言われたとおりにして、炎を吐く牛に軛をかけ、生えてきた兵士たちを同士討ちさせて討ち取った。それでも王は羊毛を渡さず、船を焼いて一行を皆殺しにしようと企む。先回りしたのはメデイアだった。夜、イアソンを羊毛の森へ連れていき、番をする竜を薬で眠らせて羊毛を奪うと、幼い弟を連れて船に乗り込んだ。
父の王が船で追ってくる。メデイアは、連れてきた弟を殺し、体を切り刻んで海にまいた。父が我が子の亡骸を拾い集めているあいだに、船は逃げ切った。怒ったゼウスは嵐を送り、船そのものが口をきいて告げた。魔女キルケに殺しの穢れを清めてもらわないかぎり、ゼウスの怒りは収まらない。一行はイタリアの沖にあるキルケの島まで回り道をして、叔母の手で清めを受けた。

帰りの航海でも、メデイアの魔術は一行を救う。クレタ島では、島を一日3周して見張る青銅の巨人が、船に岩を投げつけてきた。メデイアはこの巨人を倒した。薬で狂わせたとも、不死にしてやると言って体の釘を抜き、中の血をすべて流れ出させたともいう。
故郷に戻ったイアソンを待っていたのは、裏切りだった。王位を奪っていた叔父の王は、一行が帰らないものと見て、イアソンの父を死に追いやり、母も自ら命を絶っていた。メデイアは王の館に乗り込み、王の娘たちの前で、年老いた雄羊を切り刻んで煮て、子羊に若返らせてみせた。父上も同じようにすれば若返る。そう信じ込んだ娘たちは、自分の手で父を切り刻み、釜で煮てしまった。
一家は国を追われ、コリントスで10年を穏やかに過ごす。ところがイアソンは、この国の王女との縁談を受け入れ、メデイアを捨てた。
メデイアは誓いを破った夫をなじり続け、王女に婚礼の衣を贈った。毒をしみ込ませた衣である。王女が身にまとうと、衣は激しい炎となって燃え上がり、助けようとした父の王も一緒に焼け死んだ。そしてメデイアは、イアソンとの間の二人の息子を自らの手で殺し、祖父である太陽神から贈られた、翼のある竜の引く車で空へ逃れた。

アテネの悲劇作家エウリピデスが舞台にかけたこの結末は、あまりに強烈で、メデイアといえば子殺し、という印象を決定づけた。ただ、別の伝えでは、子どもたちを殺したのはコリントスの人々だったともいう。
逃れた先のアテネで、メデイアは王の妻となり、息子を産んだ。やがて王の本当の跡継ぎである英雄テセウスが現れると、毒の杯で殺そうとして見破られ、息子とともに追われた。最後は、叔父に王位を奪われていた父のもとへ戻り、その叔父を殺して、父に王国を取り戻させたと伝えられる。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、エウリピデス『メデイア』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
エウリピデスの悲劇(前431年)では、イアソンに捨てられたメデイアは、毒を塗った衣で新妻と王を焼き殺したうえ、自分の二人の子を自ら殺し、祖父ヘリオスから与えられた車で去る。
エウリピデス『メデイア』 前431年、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
一方、アポロドーロスは「別の伝え」として、メデイアは逃げる際に幼い子らをヘラの祭壇に嘆願者として残したが、コリントス人が引き離して殺した、とも記す。パウサニアスも、子らは贈り物のせいでコリントス人に石打ちで殺され、その祟りを鎮めるための年ごとの供犠が定められたと伝える。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
子らを殺したのがコリントス人だとする伝えがあることから、メデイア自身による子殺しはエウリピデスが持ち込んだ(あるいは決定づけた)筋だとみる説がある。コリントス人がエウリピデスに金を払って筋を変えさせたという古註の逸話も知られるが、本担当では研究書・古註の原文で未確認。
パウサニアスが引く古い叙事詩『ナウパクティカ』では、イアソン一家はペリアスの死後コルキュラ島へ移り、長男メルメロスは狩りの最中に雌獅子に殺された。詩人キナイトンは子の名をメデイオスとエリオピスとしている。子らの運命自体が一定していない。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
追ってくる父を引き止めるため、連れてきた弟アプシュルトスを殺して切り刻み、海にまいた。父が拾い集めているあいだに逃げ切った。アポロドーロスは、父が亡骸を葬った地をトミと名づけたとする。この殺しの穢れを清めたのが、叔母のキルケだった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
イオルコスに戻ると、メデイアは雄羊を切って煮て子羊に若返らせてみせ、ペリアスの娘たちに「父を若返らせる」と信じ込ませて、父を切り刻んで煮させた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
コリントスを去ったメデイアはアテナイで王アイゲウスの妻となり、やって来たテセウスを毒殺しようとして追放された。オウィディウスでは、その毒はヘラクレスが冥界から引き出したケルベロスの泡から生えたアコニトンだった。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
メデイアは父に隠れてイアソンに、妻としてギリシャへ連れ帰ると誓うなら助けると持ちかけ、誓いを得ると、盾・槍・体に塗れば一日のあいだ火にも鉄にも傷つかない薬を与えた。竜の歯から生える兵士の群れに石を投げ込めば同士討ちになることも教えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
クレタの青銅の番人タロスは一日3回島を回って見張り、アルゴ号に石を投げた。メデイアは薬で狂わせたとも、不死にすると約束して踵の釘を抜き、血(イコル)をすべて流れ出させたともいう。ポイアスが踵を射たとする説もある。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アテナイを追われたのち、メデイアは人知れずコルキスに戻り、兄弟ペルセスに王位を奪われていた父アイエテスのために、ペルセスを殺して王国を取り戻させた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘシオドスでは、太陽神ヘリオスの子アイエテスが大洋の娘イデュイアと結ばれて生まれたのがメデイア。アイソンの子(イアソン)がペリアスの課した難業を果たして彼女を連れ帰り、妻にしたことまでが語られる。子殺しの話は無い。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
アポロニオスでは、ヘラとアテナの頼みでアプロディテがエロスを遣わし、エロスがイアソンの陰からメデイアの胸に矢を射た。恋は神々の計画として始まる。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
一家はコリントスで10年幸せに暮らしたが、王クレオンが娘グラウケをイアソンに嫁がせ、イアソンはメデイアを離縁した。メデイアは毒をしみ込ませた衣を花嫁に贈り、グラウケと、助けようとした父クレオンが焼け死んだ。
エウリピデス『メデイア』 前431年、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロス1.9.27、『変身物語』7.297-349(娘たちに刺させ、最後はメデイアが喉を切る)、パウサニアス8.11.2-3
『メデイア』663-758 アイゲウスに避難先を約束させる。アポロドーロス 1.9.28
『メデイア』、パウサニアス2.3.6-8
3.1-5 メデイアの恋を語るようにと呼びかけられる