アポロドーロスでは、金毛の羊に乗って逃れたプリクソスを、コルキス王アイエテス(ヘリオスとペルセイスの子で、キルケとパシパエのきょうだい)が迎え、娘カルキオペを妻に与える。プリクソスは羊を逃亡の神ゼウスに捧げ、毛皮をアイエテスに贈り、アイエテスはそれをアレスの森の樫の木に釘で打ちつけた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Αἰήτης人間
コルキスの王アイエテス。15世紀の絵の部分。 『アイエテス王(「コルキスのアルゴナウタイ」より)』 バルトロメオ・ディ・ジョヴァンニ 1487年Public domain
口から火を吐き、青銅の足をもつ二頭の牡牛。これにくびきをかけて畑を耕し、竜の歯をまけ。まいた歯からは、武器を持った男たちが生えてくる。金の羊毛を求めて船でやって来た英雄イアソンに、ある王が突きつけた条件である。
王の名はアイエテス。太陽神ヘリオスの息子で、魔女メデイアの父だった。
娘に裏切られた父として知られるこの王が、どんな人物として語られてきたのか、見ていこう。
ヘシオドスの『神統記』によれば、アイエテスは太陽神と海の神の娘とのあいだに生まれ、魔女キルケと同じ両親をもつ。妻にしたのも海の神の娘で、二人のあいだにメデイアが生まれた。アポロドーロスは、ミノタウロスの母となったクレタの王妃パシパエも、この二人のきょうだいだとしている。ホメロスの『オデュッセイア』は、キルケを「心の恐ろしいアイエテスの姉妹」と紹介し、アルゴ船のことを、アイエテスのもとから帰る船と呼んでいる。
アイエテスが治めていたのは、カウカソスの山並みの向こう、パシス川のほとりのコルキスだった。金の羊毛がそこにあったのには、わけがある。昔、ギリシャから金色の毛の羊に乗って逃げてきた若者を、王は迎え入れた。若者は羊をゼウスに捧げ、その毛皮を王に贈る。王はそれを、軍神アレスの森の樫の木に打ちつけた。そして若者に、娘の一人を妻として与えた。
ところが、ローマ時代の神話集では話が暗転する。王は、よそから来た者の手にかかって死ぬ、というお告げを受けていた。若者とその子どもたちに国を奪われるのを恐れた王は、若者を殺してしまったのだという。
やがて、イアソンたちのアルゴ船がコルキスにやって来た。アポロニオスの叙事詩『アルゴナウティカ』のアイエテスは、自分の力を見せつけるように言う。火を吐く青銅の足の牡牛二頭を、私は夜明けにくびきにつなぎ、軍神の畑を耕して、穀物ではなく恐ろしい竜の歯をまく。生えてきた武装の男たちを槍で切り伏せ、夕方には仕事を終える。同じことができたら、その日のうちに羊毛を持っていけ、と。牛は鍛冶の神ヘパイストスからの贈り物で、竜の歯は女神アテナから譲り受けたものだった。
ピンダロスの詩では、王はまず自分でやってみせる。畑の真ん中に鋼の鋤を据え、火を吐く牛を一人でくびきにつなぎ、まっすぐな畝を掘っていく。そして言った。船の主である王よ、これをやってのけたら、金の房飾りの輝く毛皮を持っていくがいい。ところがイアソンは、メデイアの薬に守られて、同じ仕事をやりとげてしまう。王は、声にならない痛みにうめいた。それでも王は、羊毛が竜に守られた茂みの中にあることを教える。竜は、五十人漕ぎの船よりも太く長い。もう手に入れられはしまい、と思いながら。

王には、ひとつ読み違いがあった。『アルゴナウティカ』によれば、アイエテスは父の太陽神から、自分の血筋の者の企みと裏切りに気をつけよ、というお告げを受けていた。王はこれを、ギリシャの若者に嫁がせた娘の息子たち、つまり孫のことだと思いこんだ。娘たちや息子を疑うことは、少しもなかった。
裏切ったのは、娘のメデイアだった。イアソンに恋したメデイアは、父に隠れて薬を渡す。イアソンは牛にくびきをかけ、歯から生えた男たちには石を投げこんで同士討ちをさせ、すべて倒した。それでも王は羊毛を渡さず、アルゴ船を焼いて乗組員を殺そうとたくらむ。その夜、メデイアはイアソンを羊毛のもとへ導き、見張りの竜を薬で眠らせて羊毛を奪い、弟を連れて船に乗りこんだ。
アポロドーロスによれば、王は船を追った。追いつかれそうになったメデイアは弟を殺し、その体をばらばらにして海へ投げこむ。王は息子の亡骸を拾い集めるうちに引き離され、追跡をあきらめた。息子を葬った王は、コルキスの人々を四方へ送り出し、メデイアを連れ戻せなければ、娘が受けるはずの罰をお前たちが受けよ、と脅した。

物語には後日談がある。長い年月ののち、メデイアはひそかにコルキスへ戻った。父は自分の兄弟に王座を追われていた。メデイアはその叔父を殺し、国を父の手に戻したという。父を裏切った娘が、最後に父を王座に戻したのである。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ピンダロス『祝勝歌集』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
アポロドーロスでは、金毛の羊に乗って逃れたプリクソスを、コルキス王アイエテス(ヘリオスとペルセイスの子で、キルケとパシパエのきょうだい)が迎え、娘カルキオペを妻に与える。プリクソスは羊を逃亡の神ゼウスに捧げ、毛皮をアイエテスに贈り、アイエテスはそれをアレスの森の樫の木に釘で打ちつけた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヒュギヌスでは、アイエテスはプリクソスを喜んで迎えて娘カルキオペを与えたが、アイオロスの子孫の異邦人の手で死ぬと前兆で警告されていたため、プリクソスの子らに国を追われるのを恐れ、プリクソスを殺した。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
ヒュギヌスによれば、アイエテスには「プリクソスが奉納した羊毛がアレスの社にあるかぎり王国を保つ」というお告げがあり、そのためイアソンに、火を吐く青銅の足の牡牛を鋼のくびきにつないで耕し、兜から竜の歯をまくという難題を課した。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、イアソンが羊毛を求めると、アイエテスは一人で青銅の足の牡牛にくびきをかけられたら与えると約束する。牛はヘパイストスから贈られた、火を吐く巨大な二頭。竜の歯は、カドモスがテバイでまいた竜の歯の半分をアテナから得たもの。イアソンが牛を御しても羊毛を渡さず、アルゴ船を焼いて乗組員を殺そうとした。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、羊毛を奪ったメデイアを追うアイエテスに対し、メデイアは弟アプシュルトスを殺して体を切り刻み海に投げる。アイエテスは亡骸を拾い集めて遅れ、追跡をやめて葬り、その地をトミと名づけた。さらにコルキス人を各地に送り、メデイアを連れ戻せなければ彼女が受けるべき罰を受けさせると脅した。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスの結びでは、後年メデイアがひそかにコルキスに戻ると、アイエテスは兄弟ペルセスに王位を奪われていた。メデイアはペルセスを殺して父に王国を返した。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『神統記』では、オケアノスの娘ペルセイスが太陽神ヘリオスにキルケと王アイエテスを産む。アイエテスはオケアノスの娘イデュイアを神々の意志で妻とし、メデイアが生まれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスでは物語に登場せず、『オデュッセイア』でキルケを「心の恐ろしいアイエテスの実の姉妹」と紹介し、両者をヘリオスとオケアノスの娘ペルセの子とする。また、さまよう岩を無事に抜けたただ一隻の船を「アイエテスのもとから帰る、誰もが知るアルゴ船」と呼ぶ。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
アポロニオスでは、アイエテス自身がこの仕事を毎日のようにこなしていると語る。夜明けに火を吐く青銅の足の牡牛をつなぎ、アレスの四区画の畑を耕し、穀物ではなく竜の歯をまいて、生えた武装の男たちを槍で倒し、夕方に仕事を終える。同じことをやり遂げた者には、その日のうちに羊毛を与える、と。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
アポロニオスによれば、アイエテスは父ヘリオスから「自分の血筋の者の企みと裏切り」に気をつけよというお告げを聞いていた。彼はそれをカルキオペの子ら(プリクソスの息子たち)のことと考え、娘たちや息子アプシュルトスは少しも疑わなかった。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
ピンダロスでは、アイエテスが鋼の鋤を畑の真ん中に据え、火を吐く青銅の蹄の牛を一人でつないで畝を掘り、「船の主である王はこれを果たして羊毛を持っていけ」と言う。メデイアの薬に守られたイアソンがやり遂げると、アイエテスは声にならない痛みにうめき、羊毛が五十櫂船より大きな竜に守られた茂みにあると教える。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
1.9.1