『イリアス』でヘラは、オケアノスを「神々の起源(γένεσις)」、テテュスを「母」と呼び、別の箇所ではオケアノスを「すべてのものの起源」とする。カオスから始めるヘシオドスとは違う、水から世界が始まるという考え方の痕跡とされる箇所。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

Ὠκεανός神
大きな魚に座り、櫂を手にした大洋の神オケアノス。ゴルツィウスの版画。 『オケアノス(連作「神々と女神たち」より)』 ヘンドリック・ホルツィウス 1589〜1590年 アムステルダム国立美術館CC0
英語で大洋をオーシャンという。その言葉のもとになった神が、オケアノスである。
古代ギリシャ人の思い描いたオケアノスは、私たちの知る海とは少し違う。大地は平たい円盤で、そのまわりを一本の巨大な川がぐるりと取り巻いて流れている。それがオケアノスだった。『イリアス』は、すべての川も、すべての海も、すべての泉や深い井戸も、このオケアノスから流れ出ているとする。海そのものというより、世界じゅうの水の源になる大河である。
神としてのオケアノスは、古い古い神だ。『神統記』では、天の神ウラノスと大地の女神ガイアのあいだに生まれた、ティタンと呼ばれる古い神々の、いちばん上の兄として名が挙がる。末の弟がクロノス、のちにゼウスの父となる神である。
オケアノスは妹テテュスを妻とし、世界じゅうの川を子にもった。ナイルもその一つだ。さらに3000人もの娘たちが生まれ、泉や水辺の女神になった。その中には、冥界を流れる誓いの川の女神ステュクスや、ゼウスの最初の妻になる知恵の女神の名もある。
ティタンの神々がゼウスと天の支配を争ったとき、オケアノスの家は早くに身の振り方を決めた。『神統記』によれば、ゼウスは、自分とともにティタンと戦う神にはこれまでの権利を保障すると呼びかけた。真っ先にオリュンポスへ駆けつけたのは娘のステュクスで、それは父オケアノスの知恵によるものだった。ゼウスは彼女を重んじ、神々が誓うときにはステュクスの水にかけて誓うと定めた。
『イリアス』には、『神統記』とは別の世界の始まりをうかがわせる言葉がある。女神ヘラはオケアノスを「神々の起源」と呼び、テテュスを「母」と呼ぶ。ゼウスがクロノスを地の底へ落としたとき、幼いヘラを引き取って館で大事に育てたのも、この二人だった。
そのヘラが、ゼウスを眠らせる計略を立てたときの口実も、この老夫婦である。二人はもう長いこと仲たがいして、床をともにしていない。仲直りさせに行くのだ、と言って、ヘラは愛の女神アプロディテから人の心をとろかす帯を借り出した。本当の狙いは夫ゼウスを誘惑することだったのだが。
オケアノスは、自分の流れから離れない神でもある。『イリアス』でゼウスが神々を集会に呼び集めたとき、川の神々のうちでただ一人来なかったのがオケアノスだった。アキレウスの盾の縁を彩るのもオケアノスの流れで、オデュッセウスが冥界の入口を探して船を進めたのも、このオケアノスの果てだった。
悲劇『縛られたプロメテウス』では、そのオケアノスが翼のある獣に乗って舞台に現れる。岩に縛られたプロメテウスに、ゼウスに逆らうのはやめなさい、自分がとりなしてやろう、と説く。プロメテウスは、巻き込まれないよう身を引いておけ、とその申し出を断った。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
『イリアス』でヘラは、オケアノスを「神々の起源(γένεσις)」、テテュスを「母」と呼び、別の箇所ではオケアノスを「すべてのものの起源」とする。カオスから始めるヘシオドスとは違う、水から世界が始まるという考え方の痕跡とされる箇所。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『神統記』でガイアがウラノスと交わって産んだ子らの筆頭に「深く渦巻くオケアノス」が挙がり、コイオス、クレイオス、ヒュペリオン、イアペトス、テイア、レア、テミス、ムネモシュネ、ポイベ、テテュス、最後にクロノスと続く。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
『イリアス』では、ゼウスの雷を恐れる存在として「すべての川、すべての海、すべての泉と深い井戸」がそこから流れ出るオケアノスが挙げられる。オケアノスは海そのものではなく、あらゆる水の源の大河である。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
オケアノスは大地の縁を巡る川として描かれる。アキレウスの盾の縁には「オケアノスの大いなる流れ」が彫られ、オデュッセウスは冥界の入口を求めてオケアノスの果て、キンメリオイ人の国へ船を進める。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『イリアス』20巻でゼウスがテミスに命じて神々を集会に呼び集めたとき、川の神々で来なかったのはオケアノスだけだった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
オケアノスとテテュスからはナイル、アルペイオス、スカマンドロスなどの川と、ステュクス、メティス、ディオネ、カリュプソなど三千人のオケアニスが生まれる。のちに重要な役割を担う女神の多くが「オケアノスの娘」としてここに並んでいる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
アイスキュロス『縛られたプロメテウス』ではオケアノス自身が舞台に現れ、ゼウスに執り成すから逆らうのをやめよと勧めるが、プロメテウスは巻き込むなと断る。
アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』 前5世紀
ゼウスがティタンとの戦いに加わる神に権利を保障すると呼びかけたとき、オケアノスの娘ステュクスが「父の知恵によって」子らを連れて真っ先にオリュンポスへ来た。ゼウスは彼女を重んじ、神々の大いなる誓いの証とした。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ヘラはゼウスを眠らせる計略のため、アプロディテに「長く仲たがいして床をともにしないオケアノスとテテュスを仲直りさせに行く」と偽って、愛と欲望の力を借りる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アポロドロス 1.2.2, 1.4.5 では「オケアノスの娘」(同じ書の 1.2.7 ではネレイスの一覧にも名がある)
『神統記』346-352 オケアノスとテテュスの娘たちの列挙に「クリュティエ」の名がある。オウィディウスのクリュティエと同一かは書かれておらず、未確認
『神統記』346-366、アポロドロス 1.2.2
1.33.3 ラムヌスのネメシス像について「オケアノスはネメシスの父だ」と言う人々がいると伝える。パウサニアス自身はこの説明に与していない
346-366 オケアノスとテテュスの娘たちの列に「テュケ」(360)
133-134
133-134
133-135
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135
『神統記』240-242 母ドリスはオケアノスの娘
3.10.1 母プレイオネはオケアノスの娘
287-288、979-981 オケアノスの娘カリロエと結ばれる
オーシャン / ocean英語 ocean は古フランス語・ラテン語 oceanus を経て、ギリシャ語 ōkeanos から来ている。ōkeanos は大地の円盤を取り巻いて流れる大河で、地中海とは区別された外側の海だった。これを神格化したのがオケアノス。語そのものの由来は不明で、ギリシャ語以前の言葉とする説がある。個々の大洋を ocean と呼ぶ用法は14世紀から。