ギリシャ神話の地図
ゼウス末の息子アプロディテ父の血から生まれた女神ヘラ娘ポセイドン息子ハデス息子ウラノス父ガイア母レア妻
鎌を手に立つクロノス。19世紀の神話の本の挿絵。

クロノス

Κρόνος神

鎌を手に立つクロノス。19世紀の神話の本の挿絵。 『クロノス(サトゥルヌス)』 作者不詳(木版) 1882年 ウィリアム・スミス『A Smaller Classical Mythology』(ロンドン、1882年)2ページの挿絵Public domain

目を見開いた大男が、人の体をわしづかみにして、頭からかじりついている。スペインの画家ゴヤが1820年代のはじめに描いた『わが子を喰らうサトゥルヌス』。一度見たら忘れられない絵だ。

サトゥルヌスはローマの神で、ギリシャのクロノスと同じ神だとされた。土星の名前にも、「サトゥルヌスの日」を意味する土曜日の英語サタデーにも、この神の名が残っている。

そのクロノスは、父を倒して王になり、自分も子に倒されると告げられて、生まれてくる子を片端から呑み込んだ神である。

クロノスは、大地の女神ガイアと天空の神ウラノスのあいだに生まれた兄弟の末っ子である。『神統記』は彼を「たくらみ深い者」と呼び、兄弟の中でいちばん恐ろしい子だったと書いている。

事の起こりは父ウラノスだった。ウラノスは、生まれてくる子どもたちを憎み、一人生まれるたびに大地の奥深くへ押し込めて、光のもとへ出さなかった。腹の中を子で詰め込まれた大地は苦しみ、うめいた。ガイアは灰色の硬い石を生み出して巨大な鎌をこしらえ、子どもたちに言った。ひどい父に仕返しをしようと。皆が怖じ気づいて黙り込むなか、ただ一人名乗り出たのが末っ子のクロノスだった。

夜を連れてウラノスがやって来て、大地に覆いかぶさる。待ち伏せていたクロノスは、ぎざぎざの刃の大鎌で父の性器を切り落とし、後ろへ放り投げた。飛び散った血からは、復讐の女神たちと巨人族が生まれた。海に落ちた肉のまわりには白い泡が広がり、その泡の中から一人の女神が現れた。愛の女神アプロディテである。

大鎌を手に、父の天空の神に襲いかかるクロノス。
大鎌を手に、父の天空の神に襲いかかるクロノス。『サトゥルヌスによるウラノスの去勢』 ジョルジョ・ヴァザーリ、クリストーファノ・ゲラルディ 16世紀Public domain

こうしてクロノスは世界の王になり、姉のレアを妻にした。だが父と母から、お前もいずれ自分の子に倒される、と告げられていた。そこでレアが子を産むたびに、生まれたそばから呑み込んでいった。のちにオリュンポスの神々となるヘラ、ポセイドン、ハデスらも、みな父の腹の中に消えた。

悲しみの尽きないレアは、6人目を身ごもったとき、両親に助けを求めた。二人は彼女をクレタ島へ送り出す。生まれた末っ子は大地がひそかに引き取り、山の洞窟に隠した。クロノスに渡されたのは、産着でくるんだ大きな石だった。クロノスはそれを手に取って、腹へ押し込んだ。その子こそ、ゼウスである。

産着でくるんだ石を、赤子の代わりにクロノスへ差し出すレア。
産着でくるんだ石を、赤子の代わりにクロノスへ差し出すレア。『テラコッタのペリケ(壺)』 前460〜前450年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

ゼウスはたちまち成長した。クロノスは大地の計略にかかり、呑み込んだ子どもたちを吐き出す。最後に呑んだ石がまず出てきた。ゼウスはその石をデルポイの地に据え、人々に見せるしるしとした。後の時代の神話集では、吐き出させる薬を飲ませたのは知恵の女神メティスとされている。

腹から出た兄弟たちとゼウスは、クロノスら古い神々を相手に戦争を始めた。戦いはまる10年続いて決着がつかず、ゼウスが雷と稲妻を振るい、百の腕を持つ巨人たちが岩を投げつけて、ようやく勝負がついた。敗れた古い神々は、地の底の牢獄へ閉じ込められた。

ところが、『神統記』を書いたヘシオドスのもう一つの詩『仕事と日』は、まったく別のクロノスを描いている。クロノスが天を治めていたころ、神々は「黄金の種族」の人間を作った。人々は神のように暮らし、心配も苦労も知らず、老いることもなかった。畑は耕さなくてもひとりでに豊かな実りをもたらし、人々は宴を楽しみ、最後は眠りに落ちるように死んでいった。この詩では、ゼウスが父を縛めから解き、クロノスは大地の果ての「至福者の島」で英雄たちを治めているという。

ローマ人はクロノスを農耕の神サトゥルヌスと同じ神とみなした。詩人ウェルギリウスは、ゼウスに追われたサトゥルヌスがイタリアの地に逃れて隠れ住み、そこで黄金時代を開いたと書いている。子を喰らう父と、黄金時代の王。一人の神がまるで逆の顔を持っている。

ねじれはもう一つある。クロノスという名は、ギリシャ語で「時」を意味する言葉と響きが似ている。語源の上では別の言葉だが、古代から二つは重ねられ、わが子を呑む父は「時がすべてを喰らい尽くす」ことのたとえだと説明された。このイメージがサトゥルヌスに引き継がれ、わが子を喰らう老人の姿が、西洋の絵画に繰り返し描かれることになる。

ゴヤ『わが子を喰らうサトゥルヌス』(1820〜1823年)。サトゥルヌスは、クロノスと同じ神とされたローマの神。
ゴヤ『わが子を喰らうサトゥルヌス』(1820〜1823年)。サトゥルヌスは、クロノスと同じ神とされたローマの神。『わが子を喰らうサトゥルヌス』 フランシスコ・デ・ゴヤ 1820〜1823年Public domain

この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、ヘシオドス『仕事と日』、キケロ『神々の本性について』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

ローマ以後の語り

神名クロノス Κρόνος と「時間」を意味する Χρόνος は、語源辞典によれば民間語源を除いて関係の無い別語(κ と χ で頭音が違う)。それでも両者を重ねる解釈は古代からあり、キケロはストア派の寓意として「ギリシャ人の言うクロノスは χρόνος すなわち時間の広がりのことであり、子を呑むとは時が年月を喰らうことだ」と説明する。これがローマのサトゥルヌスに引き継がれ、「時を司り、わが子を喰らう老人」という西洋美術の図像を生んだ。語源の節も参照。

キケロ『神々の本性について』 前45年、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

ガイアとウラノスの末子。「たくらみ深い者」と呼ばれ、子らの中でただ一人、母の復讐の計略に応じた。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

大鎌で父ウラノスの性器を切り落とし、世界の支配権を奪った。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ガイアとウラノスから「自分の子に支配権を奪われる」と告げられていたため、レアが産む子を生まれるそばから呑み込んだ。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

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末子ゼウスのときだけ、レアが産着に包んだ大石を差し出し、クロノスはそれを呑み込んだ。ゼウスはクレタ島で密かに育てられる。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

後にクロノスは呑み込んだものを吐き出す。まず石が出て、ゼウスはそれをピュトー(デルポイ)の地に据え、人々のしるしとした。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

同じヘシオドスの『仕事と日』では、クロノスが天を治めていた時代に神々は「黄金の種族」を作った、と理想の時代として語られる。『神統記』の暴君像と正反対の顔を持つ。

ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃

さらに『仕事と日』では、ゼウスが父を縛めから解き放ち、クロノスは大洋の果ての「至福者の島」で英雄たちを治めているとされる。

ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃

ウラノスは生まれてくる子を憎み、生まれるたびに大地の奥へ隠して光のもとへ出さなかった。苦しんだガイアは灰色の硬い石(アダマス)を生み出して大鎌を作り、子らに復讐を持ちかけた。皆が恐れて黙るなか、クロノスだけが引き受けた。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

切り落とされた性器から飛び散った血を大地が受けて復讐の女神エリニュスたちと巨人族が生まれ、海に投げられた肉のまわりに広がった泡からアプロディテが生まれた。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

黄金の種族は、クロノスの治世に神々のように暮らし、心配も苦労も老いも知らず、大地はひとりでに実りをもたらし、人々は眠りに落ちるように死んだ。

ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃

ほかのつながり(15人)

家族・恋愛

仲間・師弟

出来事・場所・物

今の言葉に残る

クロノグラフ / クロノロジー(神クロノスとは別の言葉)ストップウォッチ付きの時計クロノグラフ(1831年から英語に見える)や、年代順を意味するクロノロジーの「クロノ」は、ギリシャ語で「時」を表す khronos から来ている。一方、ゼウスの父で、ティタンの神々の長だったクロノスは綴りが Kronos で、語源辞典によれば名の由来ははっきりせず、「時」の khronos とはおそらく関係がない。音がほとんど同じなので二つを結びつける解釈もあるが、語源辞典はそれを民間語源、つまり俗説として扱っている。わが子を呑み込む神と、時計の針。つい重ねたくなるが、別の言葉である。

土星 / 土曜日(Saturday)ローマのサトゥルヌスはクロノスと同一視され、土星の名になった。英語 Saturday は古英語 sæterdæg「サトゥルヌスの日」で、ラテン語 Saturni dies、さらにギリシャ語 kronou hēmera「クロノスの日」の翻訳にあたる。なお神名クロノス Kronos と時間を意味する Chronos は、語源辞典によれば民間語源を除いて関係が無いとされる別語で、日本語ではどちらも「クロノス」になるため混同が起きやすい。

呼び名の話

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このページの出典(11件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  3. 前700年頃ヘシオドス『仕事と日』
  4. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  5. 前5世紀アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』
  6. 前45年キケロ『神々の本性について』
  7. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  8. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  9. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  10. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  11. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』