や座の神話
Sagitta
空の小さな矢は、ヘラクレスがプロメテウスを苦しめる鷲を射落とした一本だという。指輪の始まりも、この話から語られる。
プロメテウスの罪
ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、や座の矢は英雄ヘラクレスの矢の一本で、プロメテウスの肝臓を食べていた鷲を射殺した矢だという。ヒュギヌスはここで、プロメテウスの話を長々と語っている。
ローマ期天文譜
昔の人々は、神々へのいけにえの獣を丸ごと火で焼いていた。それでは貧しい人は犠牲を捧げられない。そこでプロメテウスがゼウスに頼み、獣の一部を火に投げ入れ、残りは人が食べてよいことにしてもらった。
ローマ期天文譜
そのうえでプロメテウスは、二頭の牛を捧げた。肉を全部まとめて一頭分の皮で包み、骨は残りの皮で包んで並べ、好きなほうを取るようゼウスに言った。どちらも牛一頭だと思ったゼウスは、骨のほうを選んでしまった。それからというもの、人は肉を食べ、神々の分として残りを火で焼くようになったのだという。
ローマ期天文譜
盗まれた火と、鷲の罰
だまされたと知ったゼウスは怒り、人間から火を取り上げた。プロメテウスはゼウスの火のところへ忍び込み、その火をウイキョウの茎に移して、飛ぶような足取りで持ち帰った。うれしい知らせを伝える人が急いで走ってくるのも、競技でたいまつを持って走るのも、このプロメテウスにならったものだという。
ローマ期天文譜
指輪の始まり
プロメテウスが解き放たれたいきさつも書かれている。ゼウスが海の女神テティスを妻にしようとしていたころ、運命の女神たちが、テティスの夫になる者の息子は父よりも名高くなる、と歌った。プロメテウスはそれをゼウスに知らせた。
ローマ期天文譜
アポロンの矢
エラトステネスは、別の矢だとした。医術の神アスクレピオスを撃ち殺した雷を作ったのは、キュクロプスたちだった。その仕返しに、アポロンがキュクロプスたちを射殺した矢だというのである。アポロンはその矢を、北の果てのヒュペルボレオイの山に埋めた。
ローマ期天文譜
のちにゼウスが息子アポロンを許したとき、矢は、そのころ実った穀物と一緒に、風に運ばれてアポロンのもとへ戻ってきた。それで星のあいだに示されているのだという。
ローマ期天文譜
名前の由来

や座(矢座)は一本の矢の形をした星座で、国立天文台の一覧では、88星座の中で3番目に面積が小さい。
学名の Sagitta はラテン語で「矢」の意味で、語源辞典によれば英語では1704年から星座の名として見える。
近現代オンライン語源辞典近現代国立天文台 公式サイト
この話の項目
- プロメテウスティタン族イアペトスの子で、人間の側に立ってゼウスを欺いた神。供犠の分け前をごまかし、火を盗んで人間に与えた。その報いに岩に縛られて鷲に肝臓を啄まれ、人間にはパンドラが送られる。
- ヘラクレスゼウスとアルクメネの子の英雄。ヘラに憎まれ、母のいとこにあたるエウリュステウスに仕えて数々の難業をこなした。トロイアをトロイア戦争の一世代前に一度攻め落とし、その弓はのちにピロクテテスに渡ってトロイア陥落の鍵になる。
- ゼウスオリュンポスの神々の王。クロノスとレアの末子で、父を倒して天を得た。多くの女神・人間の女性との間に子をもうけ、神々と英雄の多くの父になった。トロイア戦争では人間の側に肩入れしつつ、最後は運命の側に立つ。
- パンドラ神々が造った最初の女。ゼウスが火を盗まれた代償として人間に送った「災いと引き換えの良きもの」であり、壺の蓋を開けてあらゆる災いを世に放った。ただし『神統記』では同じ女に名前が与えられていない。
- ヘパイストス鍛冶と工芸の神。オリュンポスから投げ落とされて足が不自由になったと語られ、その出自と転落には複数の食い違う伝えがある。アキレスの楯をはじめ、神話世界の重要な人工物のほとんどが彼の手によるもの。
- テティスネレウスの娘である海の女神で、アキレスの母。ゼウスさえ恐れた予言のために人間ペレウスに嫁がされた。『イリアス』では息子のためにゼウスに嘆願し、武具を作らせ、その死を予め嘆く。神々の恩人でありながら不幸を背負う存在として描かれる。
- モイラ人の生まれたときに善い分け前と悪い分け前を割り当てる運命の女神たち。クロト、ラケシス、アトロポスの三柱とされる。ヘシオドスの『神統記』の中でさえ、夜ニュクスの娘とされる箇所と、ゼウスとテミスの娘とされる箇所の二つがある。
- クロノスティタン神族の末子で、父ウラノスを倒して世界を支配した神。自分も子に倒されると知って生まれる子を呑み込み続けたが、末子ゼウスに同じ運命をたどらされる。一方で彼が治めた時代は「黄金の種族」の時代として理想化される。
- エウリュステウスミュケナイの王で、ペルセウスの孫。ヘラの細工で七か月で先に生まれたため、本来ゼウスの約束が指していたヘラクレスの上に立ち、十二の功業を課した。獅子を見て青銅の甕に隠れるような臆病な王として描かれる。
- ヘスペリデス世界の西の果て、オケアノスの向こうで黄金の林檎の木を守るニンフたち。ヘラクレスの第十一の功業はこの林檎を持ち帰ることで、すぐそばでは巨人アトラスが天空を支えている。
- 黄金の林檎ペレウスとテティスの婚礼に招かれなかった不和の女神エリスが投げ込んだ林檎。「最も美しい者へ」とされたため、ヘラ・アテナ・アフロディーテが争い、パリスの審判とトロイア戦争を引き起こす。ただし「銘が刻まれていた」という形は古い出典には見られない。
- アポロン弓・神託・音楽・疫病を司るゼウスとレトの子。『イリアス』は彼が放つ疫病の矢から始まり、トロイア側に立ってパトロクロスを打ち倒し、アキレスの死にも関わる。デルポイの神託の主でもある。
- キュクロプス族一つ目の巨人たち。ところが、ヘシオドスとホメロスで中身がまるで違う。ヘシオドスではゼウスに雷を作った三柱の鍛冶の神、ホメロスでは法も畑も持たずに洞窟で暮らす乱暴な牧人の一族として描かれる。
- アスクレピオス医術の神。アポロンとコロニスの子で、ケンタウロスのケイロンに育てられて医術を学び、ついには死者まで生き返らせたためにゼウスの雷で打たれた。ホメロスでは神ではなく、トロイアに従軍した軍医マカオンとポダレイリオスの父である「非の打ちどころのない医者」にすぎない。杖に蛇が巻きついた「アスクレピオスの杖」は、今もWHOの紋章などに医療の象徴として使われている。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアフロディーテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルフェウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。
- りゅう座黄金のりんごの番をしていた竜は、ヘラクレスに倒されたあと、女神ヘラの手で空に上げられた。
- ヘルクレス座片ひざをついて戦う男の星座。竜と戦うヘラクレスとも、石を持ち上げる若いテセウスとも言われ、古代から正体が定まらなかった。
- かんむり座酒の神ディオニュソスが、妻アリアドネの冠を空に置いた。迷宮の闇を照らした冠とも、海の底から持ち帰った冠とも語られる。
- ぎょしゃ座人間で初めて四頭の馬を車につないだ男が、馭者の姿で空にいる。その肩には、幼いゼウスに乳を与えた雌山羊が乗っている。
- おおいぬ座どんな獲物も逃さない犬が、だれにも捕まらない狐と出会ってしまった。困ったゼウスは、二匹とも石に変えた。
- ケンタウルス座英雄たちを育てた賢いケンタウロス、ケイロン。ヘラクレスの矢がたった一本、足の上に落ちたことで命を落とした。
- アルゴ座金の羊毛を求めた英雄たちの船アルゴは、海に出た最初の船として空に上げられた。ただし星になったのは、船の後ろ半分だけである。
- からす座・コップ座・うみへび座水を汲みに行ったカラスは、イチジクが熟すのを待って道草を食った。怒ったアポロンは、水の入った鉢と、それを守る水蛇を空に置いた。
- いるか座逃げた花嫁を探し出し、海の神の婚礼をまとめたイルカ。歌い手アリオンを背に乗せて岸まで運んだイルカだ、という話もある。