おひつじ座の神話
金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
兄と妹を乗せて海を越えた羊
十二の星座の最初に置かれる、おひつじ座。ローマ時代にヒュギヌスがまとめた星座の本『天文譜』によれば、この羊は、兄と妹を背に乗せてヘレスポントスを渡った雄羊だという。ヘシオドスとペレキュデスは、この羊が金の毛皮をもっていたと言っている。
ローマ期天文譜
二人が逃げなければならなかったのは、父の後妻の企みのせいだった。後妻は土地の女たちをそそのかし、畑にまく麦の種を、男たちの知らないうちに火で炒らせておいた。炒った麦をまいた畑からは、その年の実りが出ない。困った父王がデルポイへ使いを出すと、後妻は使いの者に、息子をゼウスへの生贄にすれば凶作がやむと告げさせた。
ローマ期ビブリオテーケー(ギリシア神話)
祭壇に引き出された少年を、実の母が娘と一緒にさらい、金の毛の雄羊を与えた。羊は兄妹を背に、空を駆けた。けれども海を渡りきる前に、妹は足を滑らせて波間へ落ち、そのまま帰らなかった。以来その海峡は、彼女の名を取ってヘレスポントスと呼ばれている。
ローマ期ビブリオテーケー(ギリシア神話)
麦をまく季節の星
ヒュギヌスによれば、羊の姿を星々のあいだに置いたのは、兄妹の母だった。そしてこの星座は、一年のうち麦をまく季節を受け持つ。後妻が麦を炒ってからまかせたことが、二人が逃げた何よりの原因だったからだ。
ローマ期天文譜
エラトステネスは少し違う話を伝えている。毛皮は羊が自ら脱いで、思い出のしるしに少年へ残していったもので、羊そのものは毛皮を置いたまま天へ昇った。金の毛をまとっていないぶん、この星座は光が弱いのだ、というのがヒュギヌスの説明である。
ローマ期天文譜
砂漠で水場へ導いた羊
ヒュギヌスは、まったく別の羊の話も並べている。ヘルミッポスによれば、酒の神ディオニュソス(ヒュギヌスはローマの名でリベルと呼ぶ)が軍勢を率いてアフリカへ攻め入ったとき、一面の砂の土地で水が尽き、兵たちは力尽きかけた。
ローマ期天文譜
そこへ一頭の雄羊がさまよい出てきて、兵たちを見るなり逃げ出した。兵たちは砂ぼこりと暑さの中を、獲物を追うようにあとをつけていく。羊を見失ったその場所で、彼らはたっぷりの水を見つけた。知らせを聞いて喜んだディオニュソスは、その地に、雄羊の角をつけた神像をまつるゼウス・アンモンの神殿を建てた。
ローマ期天文譜
ディオニュソスはこの羊を星座にした。太陽がこの星座にあるとき、春のように、芽生えるものすべてが息を吹き返すように。軍勢を生き返らせた羊だったからである。そして、軍にとって最良の道案内だったので、十二の星座の先頭に置いた。
ローマ期天文譜
この話の項目
- プリクソスアタマスとネペレの息子。継母イノの企みで生贄にされかけ、妹ヘレとともに金の毛の雄羊に乗って空を逃げた。黒海の東のコルキスに着いて雄羊を犠牲に捧げ、その毛皮が「金羊毛」になる。のちのイアソンとアルゴ船の遠征は、この毛皮を取り戻す旅。
- ヘレアタマスとネペレの娘で、プリクソスの妹。兄と金の雄羊に乗って逃げる途中、海に落ちて溺れた。その海が「ヘレの海(ヘレスポントス)」、いまのダーダネルス海峡の古名になった。
- 金羊毛空を飛ぶ金色の毛の雄羊の毛皮。継母イノに命を狙われた少年プリクソスを乗せてコルキスまで運んだ羊が生贄にされ、その毛皮がアレスの森の樫の木に掛けられて、眠らない竜に守られた。イアソンとアルゴ船の英雄たちの遠征の目的である。
- イアソンイオルコスの王子。王位を奪った叔父ペリアスに命じられ、アルゴ船に英雄たちを集めて黒海の果てコルキスへ金羊毛を取りに行った。王女メデイアの助けで成功して彼女を妻にしたが、のちにコリントスで彼女を捨て、悲劇を招く。
- ディオニュソス葡萄酒と熱狂と演劇の神。ホメロスの叙事詩ではほとんど登場せず、オリュンポスの神々の中では後から加わった印象を与える。母は人間セメレで、神々の中で唯一、人間の母から生まれた主要神とされる。
ほかの星座の話
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。