アポロドーロスによれば、ネペレから与えられた金の毛の雄羊に乗って逃げたプリクソスとヘレのうち、ヘレはシゲイオンとケルソネソスのあいだの海ですべり落ちて溺れ、その海はヘレにちなんでヘレスポントスと呼ばれた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
Ἑλλήσποντος場所
海を三百回、むちで打たせた王がいる。ペルシャの大王クセルクセスである。歴史家ヘロドトスによれば、ギリシャへ攻め込むために海峡に船を並べて橋をかけたところ、嵐が来て橋はばらばらになった。怒った王は、海峡を三百回むちで打たせ、足かせを海に投げ込ませた。打つ者たちには、こう言わせたという。苦い水よ、お前はご主人に何の悪いこともされていないのに、悪さをした。だからこうして罰を受けるのだ。
むちで打たれた海峡の名は、ヘレスポントス。いまのダーダネルス海峡で、エーゲ海とマルマラ海のあいだの細い海の道である。名前の意味は「ヘレの海」。その由来は、神話の中にある。
神話集を書いたアポロドーロスによれば、ある国の王の二人の子、兄と妹のヘレは、継母のたくらみで命を狙われていた。そこへ、神々の使者ヘルメスからもらった金色の毛の雄羊が現れ、二人を背に乗せて空を逃げた。ところが海を渡る途中、妹のヘレが背からすべり落ち、深い海に沈んでしまう。それからこの海は、ヘレの海、ヘレスポントスと呼ばれるようになった。兄を乗せた雄羊はそのまま東の果てのコルキスまで飛び、その金の毛皮が、のちに英雄イアソンが取りに行く金の羊毛になる。

海峡のアジア側の岸には、トロイアの町があった。ホメロスの『オデュッセイア』では、冥界で、英雄アキレウスの霊に、総大将アガメムノンの霊がその葬いの様子を語る。アキレウスの骨は、親友パトロクロスの骨とまぜて黄金の壺に納められた。ギリシャの兵たちはその上に大きな塚を築いた。広いヘレスポントスに突き出た岬の上に、いまの人にも後の世の人にも、海の上から遠く見えるように、と。
この海峡には、恋の話も残っている。ローマの詩人オウィディウスの『名婦の書簡』には、海峡を挟んだ二つの町に住む恋人たちが交わした手紙がある。若者は夜ごと海に入り、月明かりと、遠くに見える恋人の灯りを目当てに、泳いで渡っていた。ところが海が荒れて、もう七晩も渡れない。この海は少女ヘレの運命だけで、もう十分に悪名高いのだ、と若者は手紙に書いている。

少女が落ちた海は、英雄の塚を見下ろす海になり、やがて大王がむちを振るう海になった。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘロドトス『歴史』、オウィディウス『名婦の書簡』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』
アポロドーロスによれば、ネペレから与えられた金の毛の雄羊に乗って逃げたプリクソスとヘレのうち、ヘレはシゲイオンとケルソネソスのあいだの海ですべり落ちて溺れ、その海はヘレにちなんでヘレスポントスと呼ばれた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『オデュッセイア』でアガメムノンの霊は、アキレウスの骨がパトロクロスの骨とともに黄金の壺に納められ、ギリシャの兵が広いヘレスポントスに突き出た岬の上に、今の人にも後の世の人にも海から遠く見えるよう大きな塚を築いたと語る。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
クセルクセスがアビュドスから対岸へ架けさせた橋が嵐で壊れると、王はヘレスポントスを三百回むちで打たせ、足かせを海に投げ込ませた。打つ者には「苦い水よ、主人はお前に何の悪いこともしていないのに、お前は悪さをしたので罰する」と言わせ、橋の監督たちは首をはねられた。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
ヘレスポントス(ヘレの海)エーゲ海とマルマラ海を結ぶ海峡、今のダーダネルス海峡の古名。アポロドーロスによれば、金毛の雄羊に乗って逃げたヘレが、シゲイオンとケルソネソスの間の海で落ちて溺れたため、その海がヘレスポントス(ヘレの海)と呼ばれるようになった。金羊毛の物語が地名に残っている例。