コルキス王アイエテスは、火を吐く青銅の蹄の牡牛を軛につなぎ、竜の歯を蒔くことを条件にした。メデイアから一日だけ火にも鉄にも傷つかなくなる薬を授かり、蒔いた歯から生えた戦士たちには石を投げ込んで同士討ちさせた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἰάσων英雄
金の羊毛を手にしたイアソンの像。 『金の羊毛を持つイアソン』 作者不詳 写真は2007年 シェーンブルン宮殿の庭園(ウィーン)。写真 schurl50Public domain
片方のサンダルしか履いていない男に用心せよ。王位を奪った王が受けたこの神託から、金の羊毛を求める船旅が始まる。
英語の男の子の名前「ジェイソン」は、ギリシャ神話の英雄イアソンの英語での呼び名と同じ形をしている。金の羊の毛皮を求めて、ギリシャ中の英雄を乗せた船で世界の果てまで旅をした男である。
イアソンは、ギリシャ北部の港町イオルコスの王家に生まれた。だが王位は、叔父に奪われていた。古代ギリシャの詩人ピンダロスによれば、少年イアソンは半人半馬の賢者ケイロンの洞窟で育てられ、イアソンという名もケイロンが付けたという。
王位を奪った叔父は、ある神託を受けていた。片方のサンダルしか履いていない男に用心せよ。ある日、叔父は海の神ポセイドンへの祭りに人々を呼び集めた。田舎で畑仕事を好んで暮らしていたイアソンも急いで駆けつけたが、途中で川を渡るとき、サンダルを片方流されてしまった。片足だけサンダルの若者を見て、叔父は神託を思い出す。そして尋ねた。もしお前が、市民の誰かに殺されるという神託を受けたら、どうするか。イアソンは答えた。金の羊毛を取りに行かせる。それなら行ってこい、と叔父は命じた。
金の羊毛は、黒海の東の果てのコルキスの国にあった。軍神アレスの森で樫の木に掛けられ、眠らない竜が番をしている。イアソンは女神アテナの助言で50本の櫂を持つ船を造らせ、アルゴ号と名付けた。舳先には、ことばを話す聖なる樫の木が組み込まれた。乗り込んだのは、英雄ヘラクレス、竪琴の名手オルペウス、ゼウスの双子の息子たち、のちにアキレウスの父となるペレウスら、ギリシャ中から集まった英雄たちだった。
旅は寄り道と難所の連続だった。男たちがいなくなり女王が治めていた島に立ち寄り、盲目の予言者の食事を奪い続ける、鳥の翼を持つ女の怪物たちを追い払った。予言者は、その礼に行く手の難所を教える。海峡の両側から大岩が打ち合わさって船を砕く「打ち合う岩」だ。一行は教えどおりに鳩を先に飛ばした。鳩は尾の先だけを挟まれて通り抜けた。岩が開いた瞬間、船は女神ヘラの助けを借りて漕ぎ抜け、失ったのは船尾の飾りの端だけだった。
コルキスの王は、羊毛を渡す条件を出した。火を吐く青銅の蹄の牡牛2頭を一人でくびきにつなぎ、竜の歯を畑に蒔け。途方に暮れるイアソンに恋をしたのが、王の娘で魔法に通じたメデイアだった。自分を妻にしてギリシャへ連れて行くと誓うなら、力を貸す。イアソンが誓うと、メデイアは一日だけ火にも鉄にも傷つかなくなる薬を渡した。牡牛は炎を吐いて突進してきたが、イアソンはくびきをかけた。蒔いた歯から武装した兵が生えてくると、遠くから石を投げ込んで同士討ちさせ、残りを斬った。

それでも王は羊毛を渡さず、船を焼き払うつもりでいた。メデイアは夜のうちにイアソンを森へ導き、薬で竜を眠らせて羊毛を奪い、幼い弟を連れて船に乗り込んだ。追ってくる父の船が迫ると、メデイアは弟を殺して体を切り刻み、海にまいた。父は我が子の体を拾い集めるために遅れ、追跡をあきらめた。

この殺しにゼウスは怒り、嵐を送った。船が口をきき、魔女キルケに清めてもらわなければ怒りはやまない、と告げる。一行はキルケの島で罪を清め、オルペウスの歌でセイレーンの誘惑をしのぎ、怪物スキュラと渦潮カリュブディスのあいだを、海の女神たちに導かれて抜けた。クレタ島では、島を毎日三周して見張る青銅の巨人に石を投げつけられたが、これもメデイアの計略で倒した。こうして4か月の旅を終え、アルゴ号はイオルコスに帰り着いた。
故郷では、叔父がイアソンの父を死に追いやっていた。イアソンは羊毛を差し出し、仕返しをメデイアに託す。メデイアは叔父の娘たちに、年老いた羊を切り刻んで釜で煮て子羊に変えてみせた。そして、お父上も若返らせてあげましょうと持ちかける。娘たちは父を切り刻んで煮た。父は二度と生き返らなかった。
イアソンとメデイアはイオルコスを追われ、コリントスで10年を幸せに暮らした。だが、コリントスの王が娘をイアソンに嫁がせようとすると、イアソンはそれを受け、メデイアを離縁した。メデイアは、イアソンが誓いを立てた神々に呼びかけ、恩知らずを何度も責めた。そして花嫁に毒を染み込ませた衣を贈った。衣を着た花嫁は燃え上がり、助けようとした父王も焼け死んだ。メデイアはイアソンとのあいだの二人の子まで殺し、太陽神から授かった翼ある竜の車でアテナイへ飛び去った。

金の羊毛を手に入れた英雄の物語は、妻と子と未来のすべてを失って終わる。この結末を、エウリピデスは悲劇『メデイア』に描いた。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、エウリピデス『メデイア』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
コルキス王アイエテスは、火を吐く青銅の蹄の牡牛を軛につなぎ、竜の歯を蒔くことを条件にした。メデイアから一日だけ火にも鉄にも傷つかなくなる薬を授かり、蒔いた歯から生えた戦士たちには石を投げ込んで同士討ちさせた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アルゴ号の旅: 男のいないレムノス島への寄港、盲目の予言者ピネウスをハルピュイアから救い、教えどおり鳩を飛ばして打ち合う岩を抜けた(鳩は尾の先、船は船尾の飾りを失った)。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アイエテスは牡牛を繋いでも羊毛を渡さず船を焼こうとしたため、メデイアが夜に竜を薬で眠らせて羊毛を奪い、弟アプシュルトスを連れて船出した。追う父の前で弟を切り刻んで海にまき、追跡を遅らせた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ホメロスはアルゴ船の遠征を「万人の知る」話として前提にしている。『オデュッセイア』では、アイエテスのもとから帰るアルゴ船だけが打ち合う岩をすり抜けられた、ヘラがイアソンを愛していたからだ、と語られる。『イリアス』にはイアソンがレムノスの女王ヒュプシピュレに生ませた子エウネオスが登場し、ギリシャ軍に葡萄酒を売っている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘシオドスは、アイソンの子が傲慢なペリアスの課した多くの難業を果たし、アイエテスの娘を船で連れ帰って妻にし、その子メデイオスをケイロンが山で育てた、と簡潔に語る。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ペリアスは「片方のサンダルの男に用心せよ」という神託を受けていた。川を渡るときにサンダルを片方なくしたイアソンが現れ、ペリアスが「自分を殺す者がいると神託を受けたらどうするか」と問うと、イアソンは「金羊毛を取りに行かせる」と答えてしまい、自らその役を負った。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ピンダロスでは、イアソンはケンタウロスのケイロンの洞窟で育ち、「神のような獣(ケイロン)が私をイアソンと呼んだ」と自ら名乗る。英雄の名付け親が半人半馬の教師だったことになる。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
帰国後、メデイアの策でペリアスを殺させたためイオルコスを追われ、コリントスで10年暮らした。やがてコリントス王クレオンの娘グラウケと結婚してメデイアを離縁し、それがメデイアの復讐を招く。
エウリピデス『メデイア』 前431年、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
イアソンがコリントス王クレオンの娘グラウケと結婚しメデイアを離縁すると、メデイアは毒の衣で花嫁と助けに来た王を焼き殺し、二人の子も殺して太陽神の竜の車でアテナイへ逃れた。子らはコリントス人に殺されたという別伝も併記される。
エウリピデス『メデイア』 前431年、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
1.9.16 乗組員名簿「ゼウスの子カストルとポリュデウケス」
1.9.16
1.9.23
1.9.17
1.8.2 / Met. 8.302, 8.411-413 投げた槍が外れて犬に当たる / 173。テゲアの破風(パウサニアス 8.45.6-7)には名が無い
ジェイソン(Jason)英語圏の男子名ジェイソン。語源辞典によれば、この名には二つの流れがある。一つは、ヘレニズム期のユダヤ人に多かった、ヘブライ語ヨシュアを写したギリシャ語の名。もう一つは、アルゴ船の英雄を率いたギリシャ神話のイアソン(Iasōn、「癒やす」iasthai と関係するかとされる)。二つの名は、キリスト教のギリシャ語の中でいくらか重なった。