他のケンタウロスがイクシオンの子孫とされるのに対し、ケイロンはクロノスとピリュラの子とされる。そもそも血筋が違うから、彼だけが粗暴でなく賢いという説明になっている。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Χείρων怪物
若いアキレウスに弓を教えるケンタウロスのケイロン。ルニョーの絵。 『ケンタウロスのケイロンによるアキレウスの教育』 ジャン=バティスト・ルニョー 1782年Public domain
1977年、アメリカのパロマー天文台で撮影された写真から、ひとつの小さな天体が見つかった。名はキロン。今では、木星と海王星のあいだを回るこの仲間の天体をまとめて「ケンタウルス族」と呼ぶ。名付けのもとになったのは、上半身が人間、下半身が馬のケンタウロスたちの中で、ただひとり賢者と呼ばれた者、ケイロンである。
では、英雄たちの先生ケイロンが、神話の中でどう語られてきたのか、見ていこう。
ケンタウロスといえば、酒に酔って暴れる乱暴者の一族として知られる。ところがケイロンは違った。『イリアス』は彼を「ケンタウロスの中で最も正しい者」と呼んでいる。生まれからして違うとされた。ほかのケンタウロスとは血筋が別で、父はゼウスの父クロノスだったという。
『イリアス』に出てくるケイロンは、ほんのわずかだ。英雄アキレウスに傷を治す薬草の知識を教えたこと。そして、アキレウスの父に、山のトネリコの木で作った一本の槍を贈ったこと。その槍は、のちにアキレウスがトロイアの戦場で振るうことになる。
後の時代になると、ケイロンの弟子の数はどんどん増えていく。赤子のアキレウスを父から預かったケイロンは、獅子や猪の臓物、熊の骨の髄を食べさせて育てた。医術の神アスクレピオスや、金の羊毛を取りに行った英雄イアソンも、ケイロンのもとで育ったとされる。
ところが、癒す者は自分の傷だけは癒せなかった。英雄ヘラクレスがケンタウロスたちと争ったとき、追われた一族はケイロンのもとへ逃げ込んだ。ヘラクレスの放った矢は、ひとりの腕を貫いて、ケイロンの膝に突き刺さった。ヘラクレスは駆け寄って矢を抜き、ケイロン自身が差し出した薬を塗った。それでも傷は治らない。ケイロンは洞窟に引きこもって死を願ったが、不死の身では死ぬこともできなかった。
そこで、天から火を盗んだ罰を受けていた神プロメテウスが、ケイロンの代わりに不死の身となることを申し出た。こうしてケイロンは、ようやく死ぬことができた。
死後、ケイロンは星座になったとも伝えられる。ローマ時代の星座の本によれば、それはケンタウルス座だ。いて座をケイロンとする説明もよく見かけるが、同じ本は、弓を使うケンタウロスなどいないとして、いて座を別の人物の姿だとしている。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ピンダロス『祝勝歌集』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』、国際天文学連合『小惑星センター(IAU)』
他のケンタウロスがイクシオンの子孫とされるのに対し、ケイロンはクロノスとピリュラの子とされる。そもそも血筋が違うから、彼だけが粗暴でなく賢いという説明になっている。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘラクレスがケンタウロスたちと争った際、ヒュドラの毒を塗った矢が誤って彼に当たる。不死のために死ぬこともできず、痛みに苦しみ続けた末に不死を手放して死んだとされる。癒す者が自分の傷だけは癒せないという形になっている。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
死後、星座になったとされる。ヒュギヌス『天文譜』はケンタウルス座をケイロン(サトゥルヌスとピリュラの子)とし、いて座については「多くはケンタウロスと呼ぶが、弓を使うケンタウロスはいない」として、ムーサイのもとで育ったクロトスの姿だと説明する。いて座をケイロンとする現代の説明は、この二つの星座の混同による。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
ペレウスが赤子アキレウスを連れて来ると、ケイロンは獅子や猪の臓物と熊の髄を食べさせて育て、乳房(χείλη)に唇を付けなかったのでアキレウスと名付けた。それまでの名はリギュロンだった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘラクレスがケンタウロスたちを追ってマレアに至ると、彼らはケイロンのもとに逃げ込んだ。ヘラクレスの矢はエラトスの腕を貫いてケイロンの膝に刺さり、ヘラクレスは矢を抜いてケイロンの薬を塗ったが治らなかった。死を願っても不死ゆえに死ねず、プロメテウスが代わりに不死となることをゼウスに申し出て、ケイロンは死んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ホメロスのケイロンは二箇所しか出てこない。「ケンタウロスのうち最も正しい者」としてアキレウスに薬草の知識を教えたこと(11.830-832)と、ペリオンのトネリコからペレウスへの槍を作って贈ったこと(16.143-144, 19.390-391)。英雄たちの養育者という大きな役は、ここから後代に膨らんだものである。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
後代の伝承では、アスクレピオス(医術)、イアソン、アクタイオン、そしてアキレウスなど、多くの英雄の養育者・教師として名前が挙がる。医術の起源を彼に結びつける伝承も多い。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
1.32-34 ケイロンの勧めに従ってイアソンがオルペウスを仲間にした
『イリアス』11.832「最も正しいケンタウロス」、アポロドーロス1.2.4
1.553-558 出航を海辺で見送る。妻は幼いアキレウスを抱いて父ペレウスに見せる
ケンタウルス座 / アルファ・ケンタウリ太陽系にいちばん近い恒星のある星座が、ケンタウルス座だ。NASAによれば、地球にいちばん近い恒星系はこの星座のアルファ・ケンタウリで、距離は4.3光年。A星とB星の二つの星に、プロキシマ・ケンタウリとも呼ばれる暗い赤色矮星のC星を加えた三つの星から成る。この星座の半人半馬の姿は、賢いケンタウロスのケイロンだとされる。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、ケイロンはほかのケンタウロスばかりか人間よりも正しい心を持ち、医術の神アスクレピオスや英雄アキレウスを育てた。ある日ケイロンのもとに立ち寄ったヘラクレスと並んで矢を眺めていたとき、その一本がケイロンの足に落ち、それがもとで死んでしまう。こんな小さな矢で大きなケンタウロスたちを倒せるのかと不思議に思ったケイロンが、自分で弓を引こうとして矢を取り落とした、という話もある。ゼウスはケイロンを哀れみ、星のあいだに置いた。語源辞典によれば、この星座はギリシャ人にもケンタウロスとして知られていたが、古代から、同じく半人半馬で描かれるいて座とよく取り違えられてきた。
キロン(2060 Chiron)1977年10月18日、パロマー天文台でチャールズ・コワルが見つけた天体。小惑星センター(IAU)の命名理由は「ケンタウロスのうち最も賢く最も正しい者、クロノスとオケアノスのニンフ、ピリュラの子。アポロンとディアナに愛されて植物学・音楽・天文・占い・医術を学び、今度は自らギリシャの英雄たちの師となった」と記す(Minor Planet Circular 4359)。木星と海王星のあいだを回る同じような天体の一群は「ケンタウルス族」と呼ばれ、IAU の小天体命名作業部会の規則は、この一群に神話のケンタウロスの名を付けると定めている。語源辞典によれば、薬草センタウリーの名も、プリニウスが伝えるところでは、ケイロンがその薬効を見つけたことから付いたという。