ペガスス座の神話
蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
胴の途中までしかない馬
前3世紀の詩人アラトスは、星座の詩『星辰譜』でこの星座を細かく描いている。王女アンドロメダの頭の下に、大きな馬が広がる。わき腹と肩にある大きな三つの星が、王女と分け合うへその星と合わせて、馬の体に四角を描く。頭と長い首はそれほど明るくないが、鼻先の星だけは、四角の四つの星にも負けない輝きだという。
ヘレニズム星辰譜(パイノメナ)
しかもこの馬には、四本の脚がそろっていない。へそのところで断ち切られ、体の半分だけで空をめぐっているのである。
ヘレニズム星辰譜(パイノメナ)
蹄が開いた泉
ペガソスは、ボイオティアのヘリコン山で、蹄で岩を打ち、泉を開いた。その泉は、馬にちなんでヒッポクレネ(馬の泉)と呼ばれるようになった。アラトスによれば、そう呼び始めたのは土地の牛飼いたちで、泉はいまもテスピアイの人々の近くに湧いている。馬のほうは、ゼウスの空をめぐっていて、誰でも見上げることができるのだという。
ローマ期天文譜ヘレニズム星辰譜(パイノメナ)
天を目指した乗り手
ヒュギヌスは、乗り手の英雄ベレロポンの話も伝える。アルゴスの王のもとに身を寄せていたベレロポンは、王妃から思いを打ち明けられたが、はねつけた。すると王妃は、乱暴されかけたと王に訴えた。王は自分で罰するのを避け、彼がペガソスを持っていると知ったうえで、火を吐いてリュキアの畑を荒らしていた怪物キマイラと戦わせるために、王妃の父のもとへ送り出した。
ローマ期天文譜
ベレロポンは怪物を倒して生きのびた。ところがそのあと、天まで飛んでいこうとして、もう少しというところで地上を見下ろし、その高さにおびえて落ち、命を落とした。馬だけはそのまま舞い上がり、ゼウスが星々のあいだに置いたのだという。
ローマ期天文譜
馬に変えられた娘
まったく違う話もある。悲劇詩人エウリピデスの劇によれば、この馬はケンタウロスのケイロンの娘だった。ペリオン山で育ち、狩りに夢中だった娘は、ある若者に言い寄られて身ごもる。父には、まだ乙女だと思われている。お産が近づくと、娘は森へ逃げ込み、子を産むところを父に見られませんように、と神々に祈った。
ローマ期天文譜
神々は願いを聞き入れた。娘は子を産んだあと、牝馬に姿を変えられて、星々のあいだに置かれた。空で、ケイロンだとも言われるケンタウルス座から見えない位置にいるのも、体の半分しか見えないのも、女だと知られたくなかったからだという。
ローマ期天文譜
この話の項目
- ペガソスメドゥサの首が斬られたとき、その体から飛び出した翼のある馬。英雄ベレロポンを乗せて怪物キマイラを倒し、のちにゼウスのもとで雷を運ぶ役を担った。蹄で岩を打って泉を湧かせたともいう。
- メドゥサ三姉妹の怪物ゴルゴンのうち、ただ一人死すべき者。見た者を石に変える首をペルセウスに斬られ、その首から天馬ペガソスが生まれた。首はアテナの盾に付けられた。
- ポセイドン海を支配する神で、ゼウス・ハデスの兄弟。地震と馬をも司る。『イリアス』ではギリシャ側に立つが、『オデュッセイア』では息子ポリュペモスを潰されたことを恨んでオデュッセウスの帰還を十年阻み続ける、物語の主たる敵対者。
- ベレロポンコリントス(エピュラ)の英雄。王妃の偽りの訴えでリュキアに送られ、殺されるために怪物キマイラ退治を命じられたが、天馬ペガソスに乗って成し遂げた。『イリアス』でトロイア側の武将グラウコスが誇らしげに語る祖父でもある。
- キマイラ前が獅子、後ろが蛇(竜)、真ん中が山羊という、火を吐く合成の怪物。リュキアを荒らし、ペガソスに乗ったベレロポンに倒された。名は今も生物学の「キメラ」や「荒唐無稽な空想」の意の英語に残る。
- ケイロンケンタウロスでありながら、医術と音楽と武術を英雄たちに教えた賢者。アキレウスの師として知られる。ホメロスが触れるのは薬草の知識と一本の槍だけで、養育者としての姿は後代に大きくなった。
- アンドロメダエチオピア王ケペウスとカシオペイアの娘。母が海のニンフより美しいと誇ったため、海の怪物への生贄として岩に縛られ、通りかかったペルセウスに救われて妻となった。一家そろって星座になっている。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。