ギリシャ神話の地図
ヘラ発端ヘラクレス宿敵プロメテウス身代わりオリュンピア記念テセウス宿敵ケイロン賢者ネストル語り手デイアネイラ標的
片腕を上げる若いケンタウロスの青銅像。

ケンタウロス族

Κένταυροι怪物

片腕を上げる若いケンタウロスの青銅像。 『若いケンタウロス』 作者不詳 写真は2006年 マルメゾン城。写真 ClicgauchePublic domain

南の夜空に、ケンタウルス座という星座がある。上半身が人間、下半身が馬。この半人半馬の姿は、ギリシャの人々の時代から星の並びに重ねられてきた。ところが、いちばん古いギリシャの詩をひらくと、ケンタウロスがそんな姿をしているとは、どこにも書かれていない。

『イリアス』で、老将ネストルは若いころの戦いを懐かしむ。自分が共に戦った男たちは、この世で最も強かった。最も強い敵、山に棲む獣たちと戦い、これを恐ろしいまでに打ち滅ぼした、と。別の箇所では、ある王が毛むくじゃらの獣たちを山から追い払ったとも語られる。詩が彼らを呼ぶ言葉は、ただ「獣」だった。『イリアス』で「ケンタウロス」の名がはっきり出てくるのは一度だけで、英雄アキレウスに薬の知識を教えた、ケンタウロスの中で最も正しいケイロンを指すときである。

前750年頃の青銅像。この古い形のケンタウロスは、前足まで人間の脚で立っている。
前750年頃の青銅像。この古い形のケンタウロスは、前足まで人間の脚で立っている。『男とケンタウロスの青銅像』 古代ギリシャ 前750年頃 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

半人半馬の一族がどう生まれたかを語るのは、詩人ピンダロスだ。神々のもとで楽しい暮らしを許されるほど恵まれた、人間の男がいた。ところがこの男は、よりによってゼウスの妻ヘラに欲情する。ゼウスは、ヘラそっくりの姿をした雲を作って罠にした。男はそれとも知らず雲と交わり、罰として、回り続ける車輪に縛りつけられた。一方、雲は恐ろしい子を産んだ。神々の掟にも人間にも敬われないその子は「ケンタウロス」と名づけられ、山のふもとで雌馬たちと交わった。こうして、母に似て下半身は馬、父に似て上半身は人という、奇妙な一族が生まれたという。

男が抱き寄せているのは、ヘラそっくりの雲の女。この雲が、のちに一族の祖を産む。
男が抱き寄せているのは、ヘラそっくりの雲の女。この雲が、のちに一族の祖を産む。『誘惑しようとしたユノに欺かれるラピタイの王イクシオン』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1615年 ルーヴル美術館Public domain

人間とケンタウロスの争いは、婚礼の宴から始まった。『オデュッセイア』によれば、ラピタイ族の王の館に招かれたケンタウロスの一人が、酒に酔って館で乱暴を働いた。怒った男たちは彼を門の外へ引きずり出し、耳と鼻を削いだ。ケンタウロスと人間との争いは、ここから始まったのだという。この話を持ち出したのは、主人の留守の館に居座る求婚者の頭目で、乞食に変装したオデュッセウスに向かって、酒に呑まれると痛い目を見るぞ、と脅すためだった。

ローマの詩人オウィディウスは、同じ婚礼をもっと派手に描く。王は花嫁をめとり、雲から生まれた荒くれ者たちも宴に招いた。ところが、酒と花嫁の美しさに燃え上がったケンタウロスの一人が、花嫁の髪をつかんで連れ去ろうとする。ほかの者たちも、手当たりしだいに女たちを奪い始めた。宴は、落とされた町のような修羅場に変わる。真っ先に立ち上がったのは、王の親友の英雄テセウスで、手近にあった古い大きな酒の器を相手の顔めがけて投げつけた。

婚礼の宴から始まった、人間とケンタウロスの乱戦。
婚礼の宴から始まった、人間とケンタウロスの乱戦。『ラピタイ族とケンタウロス族の戦い』 ジェローニマ・パラソーレ 1623年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

この乱闘でひときわ目を引くのが、どんな刃物も通らない体を持つ戦士だ。もとは女として生まれ、海の神ポセイドンに願って男に変えてもらい、傷つかない体まで授かった。刃が通じないと知ったケンタウロスたちは、山の木を根こそぎ投げつけ、その下に彼を生き埋めにした。山は裸になり、木陰がなくなるほどだった。やがて積み上がった木の山の中から、黄色い翼の鳥が一羽、空へ飛び立ったという。

この戦いは、オリュンピアのゼウス神殿の西の破風にも刻まれた。中央に花婿の王、その片側に花嫁をつかむケンタウロス、もう片側に斧で戦うテセウスの姿があったと、2世紀の旅行家パウサニアスは書いている。

英雄ヘラクレスも、ケンタウロスと因縁が深い。四つ目の仕事で大猪を捕らえに行く途中、ヘラクレスはあるケンタウロスの洞窟でもてなされた。主は客に焼いた肉を出し、自分は生の肉を食べた。酒を所望されると、この酒壺は一族みんなのものだからと渋ったが、ヘラクレスは構わず封を開けてしまう。匂いを嗅ぎつけたケンタウロスたちが、岩や樅の木を手に押し寄せた。

ヘラクレスは彼らを矢で追い散らしたが、逃げた先には、あの賢いケイロンがいた。放った一本の矢が、ある者の腕を貫いて、ケイロンの膝に刺さる。ヘラクレスは駆け寄って矢を抜き、薬を塗ったが、傷は治らない。ケイロンは不死の身だったため、死ぬこともできずに苦しみ続けた。最後は、火を盗んだ神プロメテウスが代わりに不死を引き受け、ケイロンはようやく死ねたという。洞窟の主のほうは、死体から抜いた矢を眺めて、こんな小さなものがなぜこれほど大きな者を殺せるのかと不思議がるうち、その矢を足の上に取り落として死んだ。

川の渡し守をしていたケンタウロスは、ヘラクレスの妻を背に乗せて川を渡る途中、彼女に襲いかかって矢で射抜かれた。死に際に、自分の血は夫の心をつなぎとめる媚薬になると妻に吹き込む。この嘘が、のちにヘラクレスの命を奪うことになる。

英雄の妻を抱えて走り去ろうとするケンタウロス。大理石の浮き彫り。
英雄の妻を抱えて走り去ろうとするケンタウロス。大理石の浮き彫り。『デイアネイラをさらうネッソス』 ベルテル・トーヴァルセン 1814〜15年に原型、1821〜26年ごろに大理石で制作 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

乱暴で酒に弱い一族の中で、ケイロンだけは別格だった。アポロドーロスによれば、ケイロンは雲の子孫ではなく、ゼウスの父クロノスの子として生まれた、二つの姿を持つケンタウロスだった。

賢いケンタウロスのケイロンと、弓を習う少年アキレウス。
賢いケンタウロスのケイロンと、弓を習う少年アキレウス。『ケンタウロスのケイロンによるアキレウスの教育』 ジャン=バティスト・ルニョー 1782年Public domain

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ピンダロスでは、神々に迎えられたイクシオンがヘラに欲情し、ゼウスが作ったヘラに似た雲と交わって、四本の輻の車輪に縛られる。雲は神にも人にも敬われない子ケンタウロスを産み、それがペリオン山のふもとでマグネシアの雌馬と交わって、下は母に、上は父に似た一族が生まれた。

ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半

アポロドーロスは、ケイロンをクロノスとピリュラの子の「二つの姿のケンタウロス」とし、イクシオンの一族とは別の出自にしている。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

語源辞典は、初期のギリシャ文学ではケンタウロスはテッサリアの野蛮な騎馬の部族で、のちに半人半馬の怪物になったとする。語源ははっきりしない。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

オウィディウスでは、イクシオンの子ペイリトオスがヒッポダメ(ヒッポダメイア)をめとる宴に、雲から生まれたケンタウロスたちが招かれ、エウリュトスが酒と情欲にかられて花嫁の髪をつかんで奪う。テセウスが古い酒甕を投げつけて乱闘が始まる。語り手はトロイアの陣中のネストル。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

同じ戦いで、女として生まれポセイドンに男の体と不死身を授かったカイネウスは、刃の通らない体でケンタウロスを苦しめ、オトリュス山とペリオン山の木々を投げつけられて埋められた。予言者モプソスは、木の山から飛び立つ黄色い翼の鳥をカイネウスだと告げた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

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オリュンピアのゼウス神殿の西の破風には、アルカメネス作とされるペイリトオスの婚礼でのラピタイ族とケンタウロス族の戦いが刻まれ、中央にペイリトオス、花嫁をつかむエウリュティオン、救いに来るカイネウス、斧で戦うテセウスが並んでいた。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

エリュマントスの猪を捕らえに行くヘラクレスを、シレノスの子のケンタウロスのポロスがもてなし、客には焼いた肉を、自分は生肉を食べた。一族共有の酒壺をヘラクレスが開けると、匂いを嗅いだケンタウロスたちが岩と樅の木を手に襲来し、ヘラクレスは火のついた薪と矢で撃退した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

逃げたケンタウロスたちはマレアのケイロンのもとへ逃げ込み、ヘラクレスの矢がエラトスの腕を貫いてケイロンの膝に刺さった。傷は治らず、不死のケイロンは死ねなかったが、プロメテウスが代わりに不死となることを申し出て、ケイロンは死んだ。ポロスは、死体から抜いた矢を足に落として死んだ。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

エウエノス川で渡し守をしていたケンタウロスのネッソスは、デイアネイラを運ぶ途中で襲おうとして、ヘラクレスに心臓を射抜かれた。死に際に、自分の血と精をまぜれば夫の心をつなぐ媚薬になるとデイアネイラに教える。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ヒュギヌス『天文譜』は、ケンタウルス座をクロノス(サトゥルヌス)とピリュラの子ケイロンとし、ほかのケンタウロスだけでなく人間にもまさる正しさで、アスクレピオスとアキレウスを育てたために星座にされたと説明する。

ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀

同じ『天文譜』は、射手座をケンタウロスと呼ぶ人が多いが、ケンタウロスは弓矢を使わないという理由でそれを否定する人もいる、と書く。馬の胴にサテュロスの尾を持つ姿とされ、ムーサたちの乳母の子クロトスだとする説を挙げる。

ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀

南天のケンタウルス座は、ローマ人にもその名で知られ、ギリシャ人にもケンタウロスとして知られていた。古代から射手座としばしば混同されてきた。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

『イリアス』でネストルが語る山の敵や、ペイリトオスがペリオン山から追い払った相手は、「獣(ペーレス)」と呼ばれるだけで、半人半馬の姿は描かれない。『イリアス』で「ケンタウロス」の語が出るのは、ケイロンを「最も正しいケンタウロス」と呼ぶ一箇所。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『オデュッセイア』では、ケンタウロスのエウリュティオンがペイリトオスの館で酒に酔って乱暴し、英雄たちに耳と鼻を削がれて追い出された。そこから「ケンタウロスと人間の争い」が生まれたとされる。語るのは求婚者の頭目アンティノオスで、乞食姿のオデュッセウスへの脅しとして持ち出す。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ほかのつながり(1人)

仲間・師弟

今の言葉に残る

いて座 / Sagittariusいて座(射手座)は、弓を引くケンタウロス(上半身が人、下半身が馬の種族)の姿で描かれる。ところがローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、これをケンタウロスとする人が多い一方で、反対する人もいた。ケンタウロスで弓矢を使った者などいない、というのがその理由である。では、なぜ馬の脚とサテュロスのような尾を持っているのか。ある人々はこう説明する。この射手は、ムーサたちの乳母の息子で、ムーサたちの山に住み、狩りの名人でもあった者だった。森では誰よりも速く、芸事では誰よりも鋭い。ムーサたちの願いでゼウスが彼を星にするとき、その腕前をひとつの体に表そうとして、よく乗っていた馬の脚と、鋭さと速さのしるしである矢を付けた。ちなみに、賢いケンタウロスとして名高いケイロンは、同じ本では南の別の星座、ケンタウルス座のほうである。語源辞典も、ケンタウルス座は古代からいて座と取り違えられてきたと書いている。英語の Sagittarius はラテン語で「射手」、もとは「矢の」という意味で、古英語の終わりごろから使われている。

星座になった話

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  4. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  5. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  6. 1〜2世紀ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』
  7. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  8. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』