オウィディウス『名婦の書簡』第3歌はブリセイスからアキレウスへの手紙という形をとる。返されないことを責め、贈り物ではなく自分自身を取り返しに来てほしいと訴える。『イリアス』でほぼ沈黙している人物が、語る主体として書き直されている。
オウィディウス『名婦の書簡』 前15年頃

Βρισηΐς人間
アキレウスがブリセイスを手放す場面を描いたローマ時代の壁画。 『アキレウスとブリセイス』 1世紀 ナポリ国立考古学博物館Public domain
2004年の映画『トロイ』で、ローズ・バーンが演じたブリセイスは、トロイアの王家につながる巫女で、アキレウスと心を通わせる女性だった。ところが、もとになった叙事詩『イリアス』では、彼女が口を開くのはたった一度しかない。
では、原作の『イリアス』の中で、ブリセイスがどんな立場に置かれた女性だったのか見ていこう。
ブリセイスは、トロイアの近くにあった町の女性だった。ギリシャ軍の英雄アキレウスがその町を攻め落としたとき、彼女の夫も、同じ母から生まれた三人の兄弟も、みな討たれた。そして彼女自身は、戦利品の一つとしてアキレウスに与えられた。
『イリアス』の物語は、このブリセイスをめぐって動き出す。総大将アガメムノンは、自分の戦利品だった娘を、神アポロンの怒りを鎮めるために父親に返さなければならなくなった。その埋め合わせに、アガメムノンは言い放つ。代わりにアキレウスの取り分、あのブリセイスを連れて来い。
使者がアキレウスの陣屋に来ると、親友パトロクロスがブリセイスを連れ出して引き渡した。彼女は、気の進まないまま使者たちについて行った。アキレウスは泣きながら仲間から離れ、灰色の海辺に座り込んだ。そして母の女神に訴えた。こうして、アキレウスは戦いから身を引いた。
アキレウスは、ブリセイスのことを「心から愛している」と語っている。槍で勝ち取った女だとしても、と。
やがてパトロクロスが戦死し、アキレウスが戦場に戻ることを決めると、アガメムノンはブリセイスを返した。自分は彼女の寝床に上ったことはない、と神々にかけて誓ったうえで。
陣屋に戻ったブリセイスが目にしたのは、槍に引き裂かれたパトロクロスの亡骸だった。彼女は遺体に取りすがり、叫び声を上げ、自分の胸と首と顔をかきむしった。これが『イリアス』でブリセイスが口を開く、ただ一度の場面である。
パトロクロス、あなたは、この哀れな私にいちばん優しかった。出て行くときは生きていたあなたが、戻ってみれば死んでいる。私は夫が討たれるのを見た。三人の兄弟も死んだ。それでもあなたは、泣くことさえさせまいとして、アキレウスの正式な妻にしてあげる、故郷に連れて行って婚礼を挙げさせてあげる、と言ってくれた。だから私は、あなたのために泣くのをやめられない。
まわりの女たちも声を合わせて嘆いた。パトロクロスのためというかたちで、実はそれぞれが自分の悲しみを泣いていたのだ、と『イリアス』は書き添えている。
『イリアス』の最後の夜、アキレウスが敵の王プリアモスを陣屋に泊めたとき、アキレウスは陣屋の奥で眠り、その傍らにはブリセイスが横たわっていた。『イリアス』が彼女について語るのは、そこまでである。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』
オウィディウス『名婦の書簡』第3歌はブリセイスからアキレウスへの手紙という形をとる。返されないことを責め、贈り物ではなく自分自身を取り返しに来てほしいと訴える。『イリアス』でほぼ沈黙している人物が、語る主体として書き直されている。
オウィディウス『名婦の書簡』 前15年頃
映画『トロイ』(2004)では、プリアモスの姪でアポロンの巫女という設定になり、アキレウスと互いに惹かれ合う対等な相手として描かれる。原典では一度しか喋らない人物が、翻案では主要な登場人物になっている。
ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年
映画『トロイ』(2004)でブリセイスを演じたのはローズ・バーン。
ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年
アキレウスがリュルネソスを攻めた際の分け前として得た女。アガメムノンがクリュセイスを返す代償に取り上げたことで、『イリアス』の事件全体が始まる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
返還にあたって、アガメムノンは「彼女の床に上ったことも、交わったこともない」と神々にかけて誓う。戦利品の女の価値が名誉の証しとして扱われていることが露骨に見える場面。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』で彼女が口をきくのは一度だけ。パトロクロスの遺体に取りすがって嘆く場面である。故郷の町が落ち、夫と三人の兄弟が討たれたこと、そのときパトロクロスが「泣くな、アキレウスの正妻にしてやる」と慰めてくれたことを語る。ギリシャ側が滅ぼした側の女の声として置かれている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ブリセイスという名は「ブリセウスの娘」を意味する父称形で、固有名ではない。クリュセイス(クリュセスの娘)と同じ作りになっており、二人が対の存在として置かれていることが名前の形から分かる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
「ブリセイス」は「ブリセウスの娘」という父称で、本名をヒッポダメイアとする伝承がある。ディクテュスはペダソスで捕らえられたレレゲス王ブリセスの娘ヒッポダメイアとして語り、『イリアス』の古註も、ホメロスは父称で呼ぶが他の詩人はヒッポダメイアと呼ぶと記す。
『『イリアス』古註(スコリア)』 アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註、ディクテュス・クレテンシス(偽)『トロイア戦争日誌』 4世紀(ラテン語版)
使者たちに引き渡されたブリセイスは、気の進まないままついて行った。アキレウスは泣いて仲間から離れ、海辺に座って母テティスに祈った。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ブリセイスの嘆きに女たちが声を合わせたが、それは表向きパトロクロスのため、実はそれぞれが自分の悲しみを泣いていた、と詩は書く。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
プリアモスが陣屋に泊まった夜、アキレウスは陣屋の奥で眠り、その傍らにブリセイスが横たわった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃