もとの名はポダルケス。ラオメドンの約束破りに怒ったヘラクレスがトロイアを攻めたとき、姉ヘシオネがヴェールと引き換えに彼を買い戻したため、「買われた者」を意味するプリアモスと呼ばれるようになったという語源説がある。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Πρίαμος人間
アキレウスに息子ヘクトルの遺体を返すよう乞う老王プリアモス。イワノフの絵。 『アキレウスにヘクトルの遺体を乞うプリアモス』 アレクサンドル・イワノフ 1824年Public domain
息子が50人いた王がいる。トロイアの王プリアモスである。宮殿には息子たちのための部屋が50、娘婿たちのための部屋が12並んでいたと、『イリアス』は描いている。
その王が、敵の陣営の奥まで一人で出かけていき、息子を殺した男の手に口づけをした。
この王の名前には、ひとつのいわれがある。
アポロドーロスによれば、プリアモスの本当の名は別にあった。かつて英雄ヘラクレスがトロイアを攻め落としたとき、先代の王と息子たちは射殺され、彼だけが生かされた。捕虜として売られようとする弟を、姉が頭のヴェールを差し出して買い戻した。そこから「買われた者」という意味の名で呼ばれるようになったという。
王となったプリアモスには、不吉な出来事もあった。妃が二人目の子を産む前に、燃えさかる松明を産み、その火が町じゅうに広がる夢を見た。夢解きをした息子は、生まれる子は国を滅ぼすと告げる。王は生まれた赤子を山に捨てさせた。赤子は熊に乳をもらって生き延び、捨てに行った召使いに拾われて育つ。のちのパリスである。
若いころのプリアモスは戦にも出た。『イリアス』で本人が語るところでは、援軍として出かけた先で、男に負けない女戦士アマゾンの軍勢と戦ったことがある。
『イリアス』に登場するころには、もう戦えない老人だった。城壁の上の塔に長老たちと並んで座り、戦場を見下ろしている。そこへ、戦争の原因となったヘレネがやって来る。長老たちがあの女のためなら長く苦しむのも無理はないとささやくなか、王はヘレネを呼び寄せ、そばに座らせた。わしはお前を責めてはいない。悪いのは神々だ、と。
戦争の終わりが近づくと、長男ヘクトルがアキレウスとの一騎打ちに臨む。城壁の上から、老王は腕を差し伸べて息子に懇願した。あの男と一人で戦うな、城の中に入れ。わしはもう多くの息子を失った、と。ヘクトルは聞かず、討たれた。アキレウスはその遺体を戦車に結びつけて引きずり回した。
ここから、『イリアス』でいちばん名高い場面が始まる。
プリアモスは、数えきれない身代金を車に積み、夜の闇にまぎれて敵の陣へ向かった。道案内をしたのは、若者の姿をとった神ヘルメスである。見張りは眠らされ、門は開かれた。老王は誰にも気づかれずにアキレウスの小屋に入り、その膝を抱いて、息子たちを殺したその手に口づけをした。

あなたの父上のことを思い出してほしい、と王は言った。わしと同じ年ごろで、あなたの帰りを毎日待っておられる。わしは息子を50人持っていたが、ほとんどが戦で死に、町を守っていた最後の一人を、あなたが殺した。わしは誰もしたことのないことをしている。息子を殺した男の顔に、手を差し伸べているのだから。
アキレウスは、故郷の父を思って泣いた。老王は足もとで、ヘクトルを思って泣いた。二人の泣き声が小屋に満ちた。やがてアキレウスは王の手を取って立たせ、遺体を返し、葬儀のための休戦を約束した。『イリアス』は、トロイアの人々がヘクトルを葬る場面で幕を閉じる。
王自身の最期は、『イリアス』には書かれていない。ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』によれば、木馬の計略で城が落ちた夜、老王は長く使っていなかった鎧を震える肩にまとった。宮殿の中庭の祭壇に身を寄せたとき、目の前でアキレウスの息子ネオプトレモスが、王の息子の一人を突き殺した。
王は叫んだ。お前が父と偽るアキレウスは、敵のわしにこんな仕打ちはしなかった。願いを聞き入れ、ヘクトルの遺体を返してくれたのだ。そう言って力のない槍を投げたが、盾に当たって垂れ下がっただけだった。ネオプトレモスは、息子の血で足を滑らせる王を祭壇まで引きずっていき、剣を脇腹に突き立てた。

かつてアジアの多くの民を治めた王は、首のない、名もない骸となって浜に横たわった。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
もとの名はポダルケス。ラオメドンの約束破りに怒ったヘラクレスがトロイアを攻めたとき、姉ヘシオネがヴェールと引き換えに彼を買い戻したため、「買われた者」を意味するプリアモスと呼ばれるようになったという語源説がある。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『アエネイス』では、息子ポリテスを目の前で殺されたプリアモスが、ピュロス(ネオプトレモス)に「お前が父と偽るアキレウスは、敵の私にこうはしなかった。ヘクトルの遺体を返してくれた」と叫び、弱い槍を投げる。王は息子の血に足を滑らせながら祭壇へ引きずられて殺され、首のない骸が浜に横たわる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ヘカベが松明を産み火が町に広がる夢を見ると、夢解きの息子アイサコスが、生まれる子は国を滅ぼすと告げ、プリアモスは赤子を召使いにイダ山へ捨てさせた。赤子は熊に5日間育てられ、召使いに拾われてパリスと名づけられた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
息子は50人いたと自ら語る。宮殿には息子たちのための50の寝室と、娘婿のための12の寝室が並んでいたと描写される。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ヘルメスに導かれて単身アキレウスの陣屋へ行き、我が子を殺した手に口づけして遺体の返還を乞う。アキレウスは心を動かされ、遺体を返して休戦を約束する。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
城壁からギリシャ勢を見わたす場面でヘレネを咎めず、「悪いのはお前ではなく神々だ」と語りかける。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
落城の夜、目の前で息子ポリテスを殺されたうえ、ゼウス・ヘルケイオスの祭壇でアキレウスの子ネオプトレモスに斬られる。『イリアス』にはこの場面は無い。
アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アキレウスとの一騎打ちを前に、プリアモスは城壁から腕を差し伸べてヘクトルに城内へ入るよう懇願するが、ヘクトルは応じない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アキレウスの前でプリアモスは「あなたの父を思い出してほしい」と訴え、「誰もしたことのないこと、息子を殺した男の顔に手を差し伸べることをしている」と言う。アキレウスは父を思い、プリアモスはヘクトルを思って、二人でともに泣く。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
2.146-151 プリアモスは縄を解かせて身の上を尋ね、シノンは嘘の誓いで答える
トロイア側の王として
2.506-558 落城の夜に殺される
24.339-345、24.443-445 プリアモスを導くとき、番兵を眠らせる