エジプトのテーバイ西岸にあるアメンホテプ3世の巨像は、古代ギリシャ・ローマ人によって「メムノンの巨像」と呼ばれた。パウサニアスは、像が日の出ごとに弦の切れた竪琴のような音を立てたと記し、多くの人はメムノンと呼ぶがテーバイの人々はパメノフという土地の人物だと言う、と付け加える。像を壊したのはカンビュセスだとされる。暁の女神エオスの子が朝ごとに母に応える、という読みがこの名を定着させた。語源の節も参照。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
Μέμνων英雄
エジプトの古都テーベの西岸に、二体の巨大な像がある。古代のギリシャ人やローマ人は、これを「メムノンの巨像」と呼んだ。2世紀の旅行家パウサニアスによれば、像は日の出のたびに、弦の切れた竪琴のような音を立てたという。
夜明けに声を上げる像。そこに重ねられたのは、曙の女神の息子が、朝ごとに母に応えている姿だった。その息子メムノンとは誰なのか、見ていこう。
メムノンは、曙の女神エオスの子である。父は、トロイアの王家に生まれた人間の男。『神統記』は、女神がこの男とのあいだに、エチオピア人の王メムノンを産んだと記す。トロイアの老王プリアモスは、父の兄弟にあたる。
トロイア戦争の終わり近く、城を守り続けてきたトロイアの総大将ヘクトルが、英雄アキレウスに討たれる。そのあとトロイアの援軍として駆けつけたのが、メムノンだった。失われた叙事詩『アイティオピス』の要約によれば、メムノンは鍛冶の神ヘパイストスの作った鎧を身につけていた。アキレウスの母である海の女神テティスは、メムノンのことを息子に知らせる。
戦場で、メムノンはギリシャの老将の息子を討ち取った。『オデュッセイア』でも、この若者は輝く曙の子に殺された、と語られている。
そして、アキレウスとメムノンが向き合った。どちらも女神の息子である。この一騎打ちの前に、ゼウスが二人の運命を秤にかけたという話も伝わり、古代の壺絵にも描かれた。勝ったのはアキレウスだった。
息子の死を見た曙の女神の顔からは、朝の空を染める赤みが消え、空は雲に隠れた、とローマの詩人オウィディウスは語る。女神は髪を振り乱してゼウスの膝にすがった。私には神殿も少ない。けれども、夜の終わりを毎朝見張っている働きに免じて、どうか息子に何かの誉れを与えてほしい、と。『アイティオピス』では、女神はゼウスに願って、息子に不死を授かっている。
オウィディウスの語る形は、もっと不思議だ。火葬の薪が崩れ落ち、黒い煙が空を覆う。舞い上がった黒い灰が一つに集まって形をとり、熱と命を帯び、ついに鳥になって羽ばたいた。同じように生まれた無数の姉妹の鳥たちとともに、薪の上を三度回り、三度嘆きの声を上げる。四度目に二手に分かれ、くちばしと爪で互いに戦い、死んだ勇士への供え物として灰の上に落ちていった。この鳥たちは、太陽が空を一巡りするごとに、今も戻ってきて戦うという。
曙の女神は、いまも息子を思って泣いている。その涙が、朝ごとに世界をぬらす露になった。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、アルクティノス(伝)『アイティオピス』、オウィディウス『変身物語』、パウサニアス『ギリシア案内記』、Timothy Gantz『Early Greek Myth: A Guide to Literary and Artistic Sources』
エジプトのテーバイ西岸にあるアメンホテプ3世の巨像は、古代ギリシャ・ローマ人によって「メムノンの巨像」と呼ばれた。パウサニアスは、像が日の出ごとに弦の切れた竪琴のような音を立てたと記し、多くの人はメムノンと呼ぶがテーバイの人々はパメノフという土地の人物だと言う、と付け加える。像を壊したのはカンビュセスだとされる。暁の女神エオスの子が朝ごとに母に応える、という読みがこの名を定着させた。語源の節も参照。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オウィディウスでは、エオスがゼウスに息子への誉れを願い、ゼウスがうなずくと、崩れた火葬の薪の灰が集まって鳥となり、無数の姉妹の鳥とともに薪を三度回って嘆き、四度目に二手に分かれて争い、灰の上に落ちる。この鳥はメムノニデスと呼ばれ、太陽が十二宮を巡るたびに戻ってきて戦う。エオスはいまも涙を流し、それが世界中を露でぬらす。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ヘシオドス『神統記』では、エオスがティトノスとの間にエチオピア人の王メムノンを産んだと記される。トロイア王家の血を引く外国の王という位置づけになる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスには戦場の場面は無く、名前だけが二度出る。『オデュッセイア』ではアンティロコスを殺した者として、また冥界の場面では「見た中で最も美しい男」として言及される。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『アイティオピス』では、アキレウスとの一騎討ちで討たれ、母エオスの願いによってゼウスから不死を与えられる。トロイアで死ぬ英雄の中で例外的な扱い。
アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃
アキレウスとの対決の前に、ゼウスが二人の魂を秤にかける場面(プシュコスタシア)が語られ、壺絵にも描かれた。『イリアス』にもゼウスが黄金の秤で二人の運命を量る場面があり(アカイア勢とトロイア勢、のちにアキレウスとヘクトル)、その型をメムノンとアキレウスに当てはめたものと考えられる。アイスキュロスには『プシュコスタシア(魂の秤量)』と題する失われた悲劇がある。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃、Timothy Gantz『Early Greek Myth: A Guide to Literary and Artistic Sources』 1993年
『アイティオピス』の要約では、メムノンはヘパイストスの作った鎧を着てトロイアの救援に来て、テティスが息子にメムノンのことを告げる。メムノンはアンティロコスを討ち、アキレウスに討たれた。
アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃
トロイア側の援軍として
メムノンの巨像エジプトのテーベ(今のルクソール)のナイル川西岸にある、アメンホテプ3世の座像とされる一対の巨像の通称。パウサニアスは、多くの人はこれをメムノンと呼ぶがテーバイの人々はパメノフという土地の人物の像だと言う、と記し、像が日の出ごとに弦の切れた竪琴のような音を出したこと、カンビュセスによって壊されたと伝えられることを述べる。デジタル大辞泉は、この名がプトレマイオス朝の時代に、トロイア戦争でアキレウスに討たれたメムノンにちなんで付いたとする。ブリタニカ国際大百科事典は、暁に鳴る音が、メムノンが毎朝母エオスを慕って漏らす声だと言われるようになった、と書く。