『アエネイス』では、落城の夜にアイネイアスの夢に血まみれのヘクトルの亡霊が現れ、逃げてトロイアの聖物と神々を託す。トロイア再建の物語の起点になっている。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

Ἕκτωρ英雄
九人の英雄の一人として描かれたヘクトルの肖像。16世紀の版画。 『トロイアのヘクトルの肖像』 ニコラ・ド・ブリュイン 1594年 アムステルダム国立美術館CC0
トロイアの王子ヘクトルは、2004年の映画『トロイ』にも登場する。英語には、この名から来た hector という動詞まである。意味は「威張り散らす、いじめる」。もとは味方を叱りつけて戦わせる姿から来たといわれるが、原典のヘクトルを読むと、ずいぶん印象が違う。
ヘクトルは、トロイアの老王プリアモスの長男で、トロイア軍の総大将である。ギリシャ軍に攻められたそもそもの原因は、弟パリスがスパルタの王妃ヘレネを連れてきたことにあった。ヘクトルは弟を、見た目ばかりで心に力も勇気もない、父にも街にも災いだ、と面と向かって罵っている。それでも、街を守るのは自分だった。
戦いの合間に、ヘクトルは一度だけ街へ戻る。城門のそばで、妻が、幼い息子を抱いた乳母と一緒に駆け寄ってきた。行かないで、あなたがいなくなれば私には誰もいない、と妻はすがる。ヘクトルは答えた。いつか聖なるトロイアが滅びる日が来ることは、自分にも分かっている。それでも自分がつらいのは、両親や兄弟の運命より、青銅の鎧のギリシャ兵がおまえを泣きながら引いていく日のことだ。そんな声を聞く前に、土に埋もれていたい、と。
そう言って息子に腕を伸ばすと、幼子は父の青銅の兜と揺れる馬の毛の飾りを怖がり、泣いて乳母の胸に顔をうずめた。父と母は声をあげて笑った。ヘクトルは兜を脱いで地面に置き、息子を抱き上げて口づけし、この子がいつか父よりずっと優れた男だと言われるように、と神々に祈った。

戦場のヘクトルは強かった。ギリシャ方の巨漢の勇士とは一騎打ちで日が暮れるまで戦い、最後は互いに剣と帯を贈り合って別れた。ギリシャ軍の陣を囲む防壁の門には、二人がかりでも持ち上げられない大石を一人で投げつけて扉を打ち破り、夜のような顔で躍り込んだ。

そして、アキレウスの親友を討つ。ただし『イリアス』では、先にアポロンが彼の武具を叩き落とし、別の兵が背を突いたあとで、ヘクトルがとどめを刺している。親友を失ったアキレウスは、戦場に戻ってきた。
城壁の上から、父と母が泣いて呼びかけた。中に入れ、あの男と一人で戦うな。だがヘクトルは門の外に残った。やがてアキレウスが迫ってくるのを見ると、震えが来て、逃げ出した。鷹に追われる鳩のように、ヘクトルは城壁の下を走り、二人は街のまわりを三周した。
止まったのは、弟が加勢に来てくれたと思ったからだった。それは女神アテナが弟の姿に化けたものだった。いざ向き合ってみると、そばには誰もいない。ヘクトルは、神々に死へ呼ばれたと悟った。アキレウスの槍は、首の付け根を貫いた。
死にぎわに、ヘクトルは遺体を家族に返してくれと願ったが、拒まれる。最後に彼は言い残した。いつかパリスとアポロンがおまえを城門で倒す日が来る、と。

アキレウスは遺体の踵に革紐を通し、戦車で引きずった。それは何日も続いたが、アポロンと愛の女神アプロディテが遺体を守り、傷一つつかせなかった。ついに神々の相談がまとまり、老王プリアモスが自らアキレウスの陣を訪ねて、息子の遺体を買い戻す。『イリアス』は、トロイアの人々がヘクトルを葬る場面で終わる。最後の一行は、「こうして人々は、馬を馴らすヘクトルの葬儀を営んだ」。

ローマの詩人ウェルギリウスは、落城の夜にもヘクトルを登場させた。トロイアの勇士アイネイアスの夢に、血と埃にまみれたヘクトルの亡霊が現れて、逃げよ、トロイアの神々をおまえに託す、と告げる。この一言から、のちのローマ建国の物語が始まっていく。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ウェルギリウス『アエネイス』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』
『アエネイス』では、落城の夜にアイネイアスの夢に血まみれのヘクトルの亡霊が現れ、逃げてトロイアの聖物と神々を託す。トロイア再建の物語の起点になっている。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
映画『トロイ』(2004)では、パトロクロスがアキレウスの鎧を着ていることを知らずに討ってしまう筋になっており、原典で介入するアポロンやエウポルボスは登場しない。
ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年
スカイア門で妻アンドロマケと幼子に会う場面は『イリアス』の中でも有名な一節。兜の房飾りに怯えた息子を見て兜を脱ぎ、笑いながら抱き上げて「父に勝る者に」と祈る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パトロクロスを討つが、『イリアス』の描写では先にアポロンが武具を叩き落とし、エウポルボスが背を突いた後にとどめを刺す形になっている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
城壁の外でアキレウスに討たれる。アテナがヘクトルの弟デイポボスに化けて彼を引き止め、独りで立ち向かわせた。死に際に自分の遺体を返すよう乞うが拒まれる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アキレウスは遺体の踵に革紐を通して戦車で引きずり、12日間そうし続けるが、アポロンとアプロディテが遺体を守り腐敗させなかった。最後は神々の合議で返還される。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アンドロマケとの別れで、ヘクトルはイリオスがいつか滅びることを知っていると言い、何よりつらいのは、妻が捕虜として連れ去られて他国で機を織り水を汲まされる日のことだと語る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アイアスとの一騎打ちは日暮れで引き分けとなり、ヘクトルは銀鋲の剣を、アイアスは緋色の帯を贈って友好のうちに別れた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ギリシャ方の防壁の門を、二人がかりでも持ち上げられない大石を一人で投げて打ち破り、躍り込む。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アキレウスが迫ると恐れて逃げ、二人はトロイアの城壁のまわりを三周した。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
死にぎわのヘクトルは、パリスとアポロンがスカイア門でアキレウスを討つ日が来ると予言する。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』の最後の行は「こうして彼らは馬を馴らすヘクトルの葬儀を営んだ」である。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
24.699-706 兄の遺体を最初に見つける
6.75-101, 7.44-53 で兄に助言する
24.251-259 同じ列挙の中で並べられる
『キュプリア』要約(プロクロス)は、上陸を阻むトロイア勢の中でヘクトルが討ったとする。『イリアス』2.701 は「ダルダニアの男」とだけ言う
5.471-492 遠来の同盟者として、トロイア勢が自国の戦いに怠慢だとヘクトルを叱責する
17.192-208。パトロクロスから剥ぎ取って身に着ける(一組目)
トロイア軍の総大将
6.402-403 トロイア人は彼が街を守るからと息子をアステュアナクス(街の王)と呼んだ
24.18-21
hector(威張る・いじめる)「いばり散らす、脅しつける」意の英語動詞(1650年代)。もとは「粋がって威張る男」を指す俗語の名詞で、『イリアス』のヘクトルが味方を叱咤して戦わせる姿の描写に由来するとされる。それより前、14世紀後期の英語では、Hector は「勇敢な戦士」の代名詞として使われていた。