オウィディウス『変身物語』13巻は、武具争いをアイアスとオデュッセウスの長い弁論合戦として書く。武勇を並べるアイアスに対し、オデュッセウスは言葉で勝つ。力より弁舌が勝つという読み方が、ローマ期の修辞の文化の中で前面に出てくる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
τεύχεα Ἀχιλλῆος物品
英雄アキレウスの武具は、実は二組ある。一組目は、トロイアの勇士ヘクトルが死ぬときに着ていた。二組目は、二人の英雄を争わせ、そのうちの一人を死に追いやった。
この二組の武具がたどった道筋を、順に見ていこう。
一組目は、神々からの贈り物だった。アキレウスの父が、海の女神テティスと結婚したとき、神々から贈られたものである。老いた父は、トロイアへ向かう息子にこれを持たせた。
アキレウスが総大将アガメムノンと争って戦いから身を引いていたあいだ、ギリシャ軍は追いつめられていった。見かねた親友パトロクロスは、アキレウスの武具を借りて出陣した。アキレウスだと思わせれば、トロイア勢はひるむだろう、というのである。剣も盾も兜も身につけたが、槍だけは置いていった。あまりに重くて大きく、アキレウスのほかには誰も扱えなかったからだ。
パトロクロスは討たれ、武具はヘクトルに奪われた。ヘクトルがそれを身につけると、ゼウスは頭を振ってつぶやいた。哀れな男よ、死が近づいていることも知らずに、不死の武具を着ている。この武具の主は、まもなくおまえを殺すだろう。
親友を失ったアキレウスには、戦に出る武具がなかった。母テティスは鍛冶の神ヘパイストスの館を訪ね、息子のために新しい武具を作ってほしいと頼んだ。ヘパイストスは、ひと晩でそれを作り上げた。
最初に作ったのは、大きな盾である。そこには、大地と空と海、太陽と月と星々が描かれた。二つの町があり、一つの町では婚礼と裁判が、もう一つの町では包囲戦が繰り広げられている。畑を耕す人々、麦を刈る人々、ぶどうを摘む若者たち、牛の群れと獅子、羊の群れの牧場、輪になって踊る若者と娘たち。そして盾の縁を、世界を取り巻く大河の流れがぐるりと囲んでいた。戦争の詩の真ん中に置かれたのは、戦争とは無縁の、ふつうの人々の暮らしだった。盾のほかに、火よりも輝く胸当て、黄金の房飾りのついた兜、錫のすね当ても作られた。
テティスが武具をアキレウスの前に置くと、武具はいっせいに鳴り響いた。部下の兵たちは震え上がって、まともに見ることさえできなかった。アキレウスだけは、目を炎のように燃え立たせ、神の贈り物を手に喜んだ。

城壁の前で二人が向き合ったとき、ヘクトルは奪った一組目の武具に全身を包まれていた。アキレウスは、その武具のただ一か所の隙間を探した。鎖骨が首と肩を分けるところ、喉元だった。槍はそこを貫いた。
アキレウス自身が矢に倒れたあと、二組目の武具は、いちばん勇敢な者に与えられることになった。名乗り出たのは、遺体を担いで戦場を突っ切った大アイアスと、追っ手を防いだオデュッセウスだった。武具はオデュッセウスのものになる。誰が判定したのかは伝えによって違う。アポロドーロスはトロイア人とし、今は失われた叙事詩『小イリアス』のあらすじは、女神アテナのたくらみによるとする。敗れたアイアスは正気を失い、自ら命を絶った。『オデュッセイア』では、オデュッセウスが冥界でアイアスの霊に、あんな武具など勝ち取らなければよかった、と語りかけている。
争いの末に手に入れた武具を、オデュッセウスは結局、アキレウスの息子に渡した。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、レスケス(伝)『小イリアス』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
オウィディウス『変身物語』13巻は、武具争いをアイアスとオデュッセウスの長い弁論合戦として書く。武勇を並べるアイアスに対し、オデュッセウスは言葉で勝つ。力より弁舌が勝つという読み方が、ローマ期の修辞の文化の中で前面に出てくる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
アキレウスの武具は二組ある。一組目は神々がペレウスに贈ったもので、パトロクロスがこれを借りて出撃し、討たれてヘクトルに奪われる。二組目はテティスの依頼でヘファイストスが新たに作ったもの。アイアスとオデュッセウスが争ったのは二組目のほうである。混同されやすいが、詩の中では別物としてはっきり区別されている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
新しい楯には、大地と空と海、二つの都市(訴訟の場面と包囲の場面)、耕作、収穫、葡萄の取り入れ、牛の群れ、羊飼い、踊りの場、そして縁を巡るオケアノスの流れまでが描かれる。130行を超えるこの描写は、武具というより世界全体の図になっている。戦争の詩の真ん中に、戦争と無縁の日常がまるごと置かれている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ヘクトルが奪った武具を身につけるとき、ゼウスが頭を振って「おまえは死を思わず、不死の武具を着ている。この武具の主はまもなくおまえを殺すだろう」と憐れむ。戦利品を着ることが死の予告になる場面。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アキレウスの死後、この武具をめぐってアイアスとオデュッセウスが争い、オデュッセウスが得る。『小イリアス』の要約は「アテナの企みによって」と書く。敗れたアイアスは狂って家畜を殺し、自害する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
誰が判定したかは伝承で違う。『小イリアス』要約は「アテナの企み」でオデュッセウスが得たとし、アポロドーロス摘要 5.6 は判定者をトロイア人、異説では同盟軍だとする。『小イリアス』の断片には、城壁の下で立ち聞きしたトロイアの娘たちの言い争いで決めたという形も伝わる。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オデュッセウスは、争って手に入れたこの武具を、スキュロスから連れてきたアキレウスの息子ネオプトレモスに渡す。一人の男の自殺の原因になった武具が、あっさり本来の相続人に渡されるところが淡々としている。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃
パトロクロスはアキレウスの剣・盾・兜を身につけたが、槍だけは持っていかなかった。ケイロンがペレウスに贈ったペリオン山のとねりこの槍で、重く大きく、アキレウスのほかは扱えなかった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
テティスが新しい武具をアキレウスの前に置くと、武具は鳴り響き、ミュルミドネスは震えて見ることもできなかったが、アキレウスは目を炎のように燃やして喜んだ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ヘクトルは奪ったアキレウスの武具に全身を覆われていたが、鎖骨が首と肩を分ける喉元だけが開いており、アキレウスの槍はそこを貫いた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃