オウィディウスでは、アイアコスがケパロスに語る。島が恋敵アイギナの名で呼ばれるのを憎んだユノ(ヘラ)が疫病を送り、民は死に絶えた。アイアコスがユピテル(ゼウス)に祈ると、ドドナの種から育った聖なる樫の木を登る蟻の列が目に入り、同じ数の民を求めた。夢で蟻が人に変わるのを見、目覚めると息子テラモンが外に新しい民がいると告げる。アイアコスは彼らをミュルミドンと名づけ、性質は蟻のまま、つましく働き者で、得たものを蓄える民だとする。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
Μυρμιδόνες人間
英語で「myrmidon(ミルミドン)」といえば、命令に黙って従う手下のこと。語源の辞書によれば、この意味は1600年ごろから使われ、しばしば手段を選ばないというにおいを伴う。もとは、アキレウスに率いられてトロイアへ向かった、ギリシャの戦士の民の名だった。
このミュルミドン人には、驚くような生まれの言い伝えがある。もとは蟻だった、というのである。
蟻から生まれた戦士たちがどんなふうに語られてきたのか、見ていこう。
ホメロスの『イリアス』で、ミュルミドン人はアキレウスの兵たちの名として登場する。ギリシャ北部のプティアとヘラスの人々で、50隻の船でトロイアへ渡った。アキレウスの父ペレウスは、ミュルミドン人を治める王だった。
アキレウスが総大将アガメムノンと争って戦いから身を引いたとき、兵たちも戦場に出なかった。浜辺で円盤投げや槍投げ、弓で気を晴らしながら、主君を恋しがって陣中をうろつくばかりだった。
やがてギリシャ軍が追いつめられ、親友パトロクロスがアキレウスの鎧を借りて出陣することになる。アキレウスは兵たちに武装をさせて送り出した。その姿を『イリアス』は、山で大きな角の鹿を仕留めて、あごを血に染め、群れで黒い泉の水をなめに行く飢えたオオカミにたとえている。
蟻の話は、ホメロスより後の書き物に出てくる。ヘシオドスの『女たちのカタログ』の断片によれば、ゼウスの息子アイアコスは、若者になると、ひとりきりで島に暮らすのを嘆いた。そこで神々と人間の父ゼウスは、その島の蟻をすべて、男たちと帯の広い女たちに変えた。この人々が、はじめて船に漕ぎ手の座を取りつけ、帆を使ったのだという。
いちばん詳しく語っているのは、ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』だ。年老いたアイアコスが、訪ねてきたアテネの使者に昔を語る。この島はゼウスに愛された娘アイギナの名で呼ばれていた。夫の恋の相手の名がついた土地を憎んだ女神ヘラは、島に恐ろしい疫病を送った。人々は次々に倒れ、泣いて弔う者さえいなくなった。
アイアコスはゼウスに叫んだ。あなたが本当に私の父なら、民を返してほしい。さもなくば、私も墓に入れてほしい。雷が鳴った。そばには、ゼウスの聖なる樫の木が立っていた。見ると、穀物を運ぶ蟻の長い列が、樹皮のしわをたどっている。父よ、この蟻と同じ数の民を私にください、とアイアコスは祈った。樫の木は、風もないのに枝を鳴らした。
その夜の夢で、アイアコスは、同じ木から蟻がこぼれ落ちて、みるみる大きくなり、立ち上がって、細い体と多すぎる脚と黒い色を捨て、人の姿になるのを見る。目を覚ますと、館の外から人のざわめきが聞こえた。息子が駆けこんできて言う。父上、外へ。そこには、夢で見たとおりの男たちがいて、王にあいさつした。

アイアコスは町と畑を新しい民に分け与え、生まれにふさわしく、蟻にちなんだミュルミドンの名で呼んだ。姿は変わっても、性質は蟻のまま。つましく、働き者で、手に入れたものを手放さず、ためこむ人々だった、とオウィディウスは書いている。
この神話を信じなかった人もいる。1世紀の地理学者ストラボンは、アイギナの人々がミュルミドンと呼ばれたのは、蟻が人に変わったからではない、と書く。岩だらけの島で、蟻のように土を掘っては岩の上に広げて畑にし、掘った穴に住んで、土をれんが作りに使わなかったからだ、というのである。
語源の辞書も、この名を蟻と結びつけるのはよくある説明だが、確かではないと慎重に書いている。下の注釈では、それぞれの話がどの書物のどこにあるかをまとめた。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』、オウィディウス『変身物語』、ストラボン『地理誌』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
オウィディウスでは、アイアコスがケパロスに語る。島が恋敵アイギナの名で呼ばれるのを憎んだユノ(ヘラ)が疫病を送り、民は死に絶えた。アイアコスがユピテル(ゼウス)に祈ると、ドドナの種から育った聖なる樫の木を登る蟻の列が目に入り、同じ数の民を求めた。夢で蟻が人に変わるのを見、目覚めると息子テラモンが外に新しい民がいると告げる。アイアコスは彼らをミュルミドンと名づけ、性質は蟻のまま、つましく働き者で、得たものを蓄える民だとする。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
アポロドーロスは、アイアコスが島でひとりだったので、ゼウスが蟻を人間に変えた、と一文で記す。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ストラボンは、アイギナの人々がミュルミドンと呼ばれたのは、飢饉の際にアイアコスの祈りで蟻が人になったという神話のためではなく、蟻のように土を掘って岩の上に広げ、耕す土地を作り、掘った穴に住んで土をれんがに使わなかったからだ、と合理的に説明する。
ストラボン『地理誌』 1世紀初頭
英語 myrmidon は1400年ごろからアキレウスに率いられたテッサリアの民の意味で使われ、1600年ごろから「忠実で無批判な手下」(しばしば手段を選ばない含み)の意味になる。ギリシャ語 myrmex(蟻)から来たとよく言われるが、定説ではない、と語源辞典は注記する。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
『イリアス』の軍船の表では、ペラスゴイのアルゴス、アロス、アロペ、トラキス、プティア、ヘラスに住み、ミュルミドン人・ヘレネス・アカイア人と呼ばれる人々の50隻を、アキレウスが率いる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アキレウスがアガメムノンへの怒りで戦いから退いているあいだ、兵たちは浜で円盤投げ・槍投げ・弓に興じ、主君を恋しがって陣中をうろつき、戦わなかった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パトロクロスの出陣の際、アキレウスが武装させたミュルミドン人は、大きな角の鹿を仕留め、あごを血に染めて群れで泉の水をなめに行くオオカミにたとえられる。50隻の船にそれぞれ50人、5人の指揮官がいた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ヘシオドスの『女たちのカタログ』の断片では、アイアコスが若者になって島でひとりきりなのを嘆くと、神々と人間の父が美しい島の蟻をすべて男たちと帯の広い女たちに変えた。彼らは初めて船に漕ぎ座を付け、帆を使った人々だという。断片は、ピンダロス『ネメア祝勝歌』3.21 への古注が「ミュルミドン人についてヘシオドスはこう言う」として引く。
ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』 前6世紀頃
『オデュッセイア』では、戦後ミュルミドン人はアキレウスの息子に率いられて無事に帰国したとネストルが語り、メネラオスは娘ヘルミオネをミュルミドン人の町の王(アキレウスの息子)に嫁がせる。冥界のアキレウスは、ミュルミドン人の中で父ペレウスがまだ敬われているかを尋ねる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
アイスキュロスには、ミュルミドン人を題名にした悲劇『ミュルミドネス』があったが散逸し、断片と後代の言及でしか知られない。
アイスキュロス『ミュルミドネス(散逸)』 前5世紀前半
アポロドーロス3.12.6、『変身物語』7.614-657、『カタログ』断片(エヴリン=ホワイト53) ゼウスが蟻を人に変えてアイアコスの民とする