ギリシャ神話の地図
アキレウス最強の戦士オデュッセウス知将ヘレネ原因の女アガメムノン総大将トロイアの木馬決め手パリス火種ヘクトル守り手メネラオス奪われた夫

トロイア戦争

Τρωικὸς πόλεμος出来事

人間の五つの時代4 / 1

2004年の映画『トロイ』には、神々が一人も出てこない。戦争のきっかけは、パリスとヘレネ自身の選択と、ギリシャの総大将の領土欲に置き換えられている。

古代の伝えでは、この戦争はそもそも神が起こしたものだった。ゼウスが人間を減らすために仕組んだ、と失われた叙事詩『キュプリア』の断片は伝えている。

数えきれない人間の群れが大地にのしかかっている。その重みを哀れんだゼウスは、トロイアの大戦を起こして大地を軽くしてやろうと決めた。英雄たちが次々と死んでいくのは、そのためだった。

きっかけは、ある婚礼の宴。のちに英雄アキレウスの両親となる、海の女神と人間の王。その婚礼に神々が集まっていたところへ、争いの女神エリスが現れ、ヘラとアテナとアプロディテのあいだに、誰がいちばん美しいかという争いを起こした。ローマ時代の神話集では、招かれなかったエリスが戸口から林檎を投げ入れる。

神々が集まった婚礼の宴に、争いの林檎が投げ込まれる。
神々が集まった婚礼の宴に、争いの林檎が投げ込まれる。『テティスとペレウスの婚礼(不和の黄金の林檎)』 ヤーコブ・ヨルダーンス(ルーベンスの下絵による) 1636〜1638年 プラド美術館Public domain

ゼウスの命令で、伝令の神ヘルメスが三女神をトロイア近くのイデ山へ案内した。裁き手は、山で牛を飼っていたトロイアの王子パリス。後の神話集はそれぞれの約束を、ヘラはアジアの王権、アテナは戦いの勝利、アプロディテはいちばん美しい女、と整理している。パリスはアプロディテを選んだ。

いちばん美しい女とは、スパルタ王メネラオスの妃ヘレネのことだった。パリスはスパルタを訪ね、メネラオスにもてなされる。王がクレタ島へ出かけた留守に、アプロディテが二人を結びつけ、パリスとヘレネは財宝を積んで夜のうちに船出した。

ヘレネがかつて求婚者に囲まれたとき、ギリシャ中の王たちは誓いを立てていた。選ばれた夫が婚姻のことで害を受けたら、皆で助けに行く、と。この誓いが、王たちを戦争へ引きずり出す。行きたくない者もいた。イタケの王オデュッセウスは狂ったふりをして逃れようとしたが、幼い息子を人質に取られて正体を見破られた、と『キュプリア』の要約は伝える。

軍勢が集まったのは、ギリシャ本土の港アウリス。犠牲を捧げていると、背の赤い大蛇が祭壇の下から這い出し、木の上の雀の雛8羽と母鳥を呑み込み、そのまま石に変わる。9年戦って10年目にトロイアを落とす。軍に従う予言者は、この予兆をそう解いた。『イリアス』が語るアウリスの出来事はこれだけだが、『キュプリア』では、女神アルテミスの怒りで嵐の風が吹いて船出が阻まれ、総大将アガメムノンの娘が生贄として呼び寄せられる。航海の途中では、ある弓の名手が蛇に噛まれ、傷の悪臭のためにレムノス島に置き去りにされた。

トロイアの浜に真っ先に飛び降りた男は、真っ先に死んだギリシャ人になった。故郷に残ったのは、顔をかきむしって嘆く妻と、建てかけの家。

それから9年。10年目のわずか50日ほどを描くのが、ホメロスの叙事詩『イリアス』である。城壁の上に姿を見せたヘレネを見て、トロイアの長老たちは、この女のためなら長く苦しむのも無理はない、とささやき合う。

総大将アガメムノンが、最強の戦士アキレウスから捕虜の娘を取り上げた。怒ったアキレウスは戦いから身を引く。ギリシャ方は押しまくられ、船まで焼かれそうになった。見かねた親友パトロクロスが、アキレウスの鎧を借りて出陣し、トロイアの総大将ヘクトルに討たれる。

アキレウスのもとから連れ出されていく捕虜の娘。ローマ時代の壁画。
アキレウスのもとから連れ出されていく捕虜の娘。ローマ時代の壁画。『アキレウスとブリセイス』 1世紀 ナポリ国立考古学博物館Public domain

アキレウスは戦場に戻った。ヘクトルを城壁の外で討ち、その遺体を戦車で引きずり回す。その夜更け、トロイアの老王プリアモスが、ひそかにアキレウスの陣屋へ入ってくる。王は膝にすがり、息子たちを殺したその手に口づけをして、遺体を返してほしいと願った。息子を思う老王と、父と親友を思うアキレウス。二人はともに泣いた。『イリアス』は、ヘクトルの葬儀で終わる。

息子を殺した男の膝にすがり、遺体を返してほしいと願うトロイアの老王。
息子を殺した男の膝にすがり、遺体を返してほしいと願うトロイアの老王。『アキレウスにヘクトルの遺体を乞うプリアモス』 アレクセイ・マルコフ 1824年 エルミタージュ美術館Public domain

戦争はまだ終わっていない。その先を語ったのは、いまは失われた叙事詩の数々だった。女だけの戦士の国アマゾンの女王と、曙の女神の子であるエチオピアの王が、トロイアの援軍に来ては、アキレウスに討たれた。そのアキレウスも、城内へ攻め込んだところでパリスとアポロンに討たれる。形見の武具をめぐって勇将アイアスとオデュッセウスが争い、敗れたアイアスは狂って自ら命を絶つ。そしてレムノス島から連れ戻されたあの弓の名手が、一騎打ちでパリスを射止めた。

最後に城を落としたのは計略だった。一人の職人がアテナの教えで巨大な木馬を造り、中に選り抜きの兵を隠す。馬の体には、故郷へ帰るためにギリシャ人がこの感謝の捧げ物をアテナに奉る、と刻まれた。残りの軍勢は陣屋を焼き、沖の島へ退く。戦が終わったと思ったトロイア人は、城壁の一部を壊してまで木馬を引き入れた。

戦が終わったと思ったトロイアの人々が、木馬を城の中へ引き入れていく。
戦が終わったと思ったトロイアの人々が、木馬を城の中へ引き入れていく。『トロイアに引き入れられる木馬』 ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ 1760年ごろ ロンドン・ナショナル・ギャラリーPublic domain

この馬をどうするか。予言の力を持つ王女カッサンドラは、中に武装した兵がいると告げ、予言者の一人もそれを裏づけた。焼いてしまえ、崖から突き落とせ、という声も上がる。それでも、神への捧げ物として残そうという者が多く、人々は犠牲と宴に移った。そこへ近くの島から二匹の大蛇が海を渡ってきて、あの予言者の息子たちを呑み込んだ。アポロンの送った印だった。

大蛇に巻きつかれる予言者と息子たち。ローマの詩人ウェルギリウスの語る筋では、父も息子とともに締め上げられる。
大蛇に巻きつかれる予言者と息子たち。ローマの詩人ウェルギリウスの語る筋では、父も息子とともに締め上げられる。『ラオコーン』 ハゲサンドロス、アテノドロス、ポリュドロス 前1世紀初めごろ(前200年ごろの原作の模刻とされる) バチカン美術館(ピオ・クレメンティーノ美術館)Public domain

夜が更けて町が寝静まると、ひとり後に残されていたギリシャ人が、アキレウスの墓の上で合図の火を焚いた。沖の島から船団が戻ってくる。木馬のまわりでは、ヘレネが三度めぐりながら、中にいる将たちの名を、それぞれの妻の声をまねて呼んだ。思わず答えようとした者の口を、オデュッセウスが両手でふさぎ、女神アテナがヘレネを連れ去るまで離さなかった。

その夜、城は落ちる。老王プリアモスはゼウスの祭壇に逃げたところをアキレウスの息子に殺され、ヘクトルの幼い息子は城壁から投げ落とされた。王女カッサンドラは、アテナの神像にすがったまま、ギリシャの将の一人に引き剥がされた。メネラオスはヘレネを取り戻し、船へ連れ帰る。

アテナの神像にすがる王女カッサンドラを、ギリシャの将が引き剥がす。
アテナの神像にすがる王女カッサンドラを、ギリシャの将が引き剥がす。『アイアスとカッサンドラ』 ソロモン・ジョゼフ・ソロモン 1886年Public domain

勝ったギリシャ勢にも、安らかな帰り道は無かった。神像を汚されたアテナの怒りが、帰国の船団に嵐となって襲いかかる。帰り着いたその日に妻に殺された総大将もいれば、10年さまよった知将もいた。オデュッセウスの帰郷を描くのが、同じくホメロスの『オデュッセイア』である。

木馬も、アキレウスの死も、『イリアス』と『オデュッセイア』の本筋には出てこない。よく知られた場面の多くは、失われた詩の要約と、後代の作家たちが伝えたものだ。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、アルクティノス(伝)『アイティオピス』、レスケス(伝)『小イリアス』、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』、アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』

この物語の人々

ローマ以後の語り

ギリシャの諸将が参戦したのは、ヘレネの求婚の際にテュンダレオスが立てさせた誓いによる。「誰が選ばれても、その夫が妻を奪われたら皆で助ける」という約束が、10年の戦争の法的な根拠になっている。オデュッセウスの入れ知恵だったとされる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

映画『トロイ』(2004)は神々を一切登場させず、10年の戦争を十数日に圧縮し、アキレウスやメネラオスの死に方も原典と変える。何を残し、何を切ったかを見ると、現代の観客に向けて物語のどこが「使える」と判断されたかが分かる。

ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年

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『イリアス』が描くのは10年目のごく一部、およそ50日間だけである。木馬も、落城も、アキレウスの死も、ヘレネの連れ去りも本編には無い。詩はヘクトルの葬礼で終わり、戦争はまだ続いている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

発端から帰還までは「叙事詩環(エピック・キュクロス)」と呼ばれる一群の詩が埋めていた。『キュプリア』(発端〜開戦)、『アイティオピス』(アキレウスの死)、『小イリアス』(武具争い〜木馬)、『イリオスの陥落』(落城)、『帰還』(諸将の帰路)、『テレゴネイア』(オデュッセウスの後日談)。いずれも散逸し、プロクロスの要約と断片からしか内容が分からない。「よく知られた話」の多くが、実はこの失われた詩の要約に由来する。

作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃、アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃、レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃、アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』 前7世紀頃、エウガンモン(伝)『テレゴニア』 前6世紀頃

発端はパリスの審判とヘレネの連れ去りとされるが、『イリアス』が審判に触れるのは24.25-30 の一箇所だけで、それも「パリスが自分の館で三女神に判定を下した」と短く回想されるにすぎない。有名な発端のほとんどは『キュプリア』以降の詩が担っている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃

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9年戦って10年目に落ちる、というのはアウリスの予兆の解釈として最初から決まっている。『イリアス』の登場人物は自分たちが10年目にいることを知っている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

史実性は決着していない。ヘロドトスは戦争を実際にあった出来事として論じ、エジプトの神官の話としてヘレネはトロイアではなくエジプトにいたという説まで紹介する。古代の側にも「本当にあったのか、どう伝わったのか」という問いがあったことが分かる。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃

『キュプリア』の断片は、戦争の起こりをゼウスの計画として語る。数えきれない人間が大地にのしかかっているのを哀れんだゼウスが、イリオスの大戦を起こして大地を軽くしようと決めた、という。『イリアス』冒頭の「ゼウスの計画が遂げられていった」(1.5)にこの話を当てる古註が伝える。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃

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トロヤ群(木星のトロヤ群小惑星、Trojan asteroids)木星と同じ軌道で太陽のまわりを回る小惑星の群れ。1906年2月22日、天文学者マックス・ヴォルフが、木星の前を進む最初の一つを見つけ、アキレスと名づけられた。オーストリアの天文学者パリサが、『イリアス』の人物からアキレス、パトロクロス、ヘクトルの名を提案したのが始まりで、以後この群れの小惑星にはトロイア戦争の英雄の名が付けられ、「トロヤ群」と呼ばれるようになった。木星の前を行く群れは「ギリシャ陣営」、後ろを行く群れは「トロイア陣営」とされ、それぞれの側の人物の名を付けるのが決まりになった。ただ最初の命名のせいで、ギリシャ方のパトロクロスがトロイア陣営に、トロイアの王子ヘクトルがギリシャ陣営に入っている。NASAの探査機ルーシーは2021年10月に打ち上げられ、このトロヤ群の小惑星を次々に訪ねる予定である。

呼び名の話

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このページの出典(12件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『仕事と日』
  4. 前7世紀頃作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』
  5. 前7世紀頃アルクティノス(伝)『アイティオピス』
  6. 前7世紀頃レスケス(伝)『小イリアス』
  7. 前7世紀頃アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』
  8. 前7世紀頃アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』
  9. 前6世紀頃エウガンモン(伝)『テレゴニア』
  10. 前430年頃ヘロドトス『歴史』
  11. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  12. 2004年ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』