ギリシャの諸将が参戦したのは、ヘレネの求婚の際にテュンダレオスが立てさせた誓いによる。「誰が選ばれても、その夫が妻を奪われたら皆で助ける」という約束が、10年の戦争の法的な根拠になっている。オデュッセウスの入れ知恵だったとされる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
Τρωικὸς πόλεμος出来事
人間の五つの時代4 / 1
2004年の映画『トロイ』には、神々が一人も出てこない。戦争のきっかけは、パリスとヘレネ自身の選択と、ギリシャの総大将の領土欲に置き換えられている。
古代の伝えでは、この戦争はそもそも神が起こしたものだった。ゼウスが人間を減らすために仕組んだ、と失われた叙事詩『キュプリア』の断片は伝えている。
数えきれない人間の群れが大地にのしかかっている。その重みを哀れんだゼウスは、トロイアの大戦を起こして大地を軽くしてやろうと決めた。英雄たちが次々と死んでいくのは、そのためだった。
きっかけは、ある婚礼の宴。のちに英雄アキレウスの両親となる、海の女神と人間の王。その婚礼に神々が集まっていたところへ、争いの女神エリスが現れ、ヘラとアテナとアプロディテのあいだに、誰がいちばん美しいかという争いを起こした。ローマ時代の神話集では、招かれなかったエリスが戸口から林檎を投げ入れる。

ゼウスの命令で、伝令の神ヘルメスが三女神をトロイア近くのイデ山へ案内した。裁き手は、山で牛を飼っていたトロイアの王子パリス。後の神話集はそれぞれの約束を、ヘラはアジアの王権、アテナは戦いの勝利、アプロディテはいちばん美しい女、と整理している。パリスはアプロディテを選んだ。
いちばん美しい女とは、スパルタ王メネラオスの妃ヘレネのことだった。パリスはスパルタを訪ね、メネラオスにもてなされる。王がクレタ島へ出かけた留守に、アプロディテが二人を結びつけ、パリスとヘレネは財宝を積んで夜のうちに船出した。
ヘレネがかつて求婚者に囲まれたとき、ギリシャ中の王たちは誓いを立てていた。選ばれた夫が婚姻のことで害を受けたら、皆で助けに行く、と。この誓いが、王たちを戦争へ引きずり出す。行きたくない者もいた。イタケの王オデュッセウスは狂ったふりをして逃れようとしたが、幼い息子を人質に取られて正体を見破られた、と『キュプリア』の要約は伝える。
軍勢が集まったのは、ギリシャ本土の港アウリス。犠牲を捧げていると、背の赤い大蛇が祭壇の下から這い出し、木の上の雀の雛8羽と母鳥を呑み込み、そのまま石に変わる。9年戦って10年目にトロイアを落とす。軍に従う予言者は、この予兆をそう解いた。『イリアス』が語るアウリスの出来事はこれだけだが、『キュプリア』では、女神アルテミスの怒りで嵐の風が吹いて船出が阻まれ、総大将アガメムノンの娘が生贄として呼び寄せられる。航海の途中では、ある弓の名手が蛇に噛まれ、傷の悪臭のためにレムノス島に置き去りにされた。
トロイアの浜に真っ先に飛び降りた男は、真っ先に死んだギリシャ人になった。故郷に残ったのは、顔をかきむしって嘆く妻と、建てかけの家。
それから9年。10年目のわずか50日ほどを描くのが、ホメロスの叙事詩『イリアス』である。城壁の上に姿を見せたヘレネを見て、トロイアの長老たちは、この女のためなら長く苦しむのも無理はない、とささやき合う。
総大将アガメムノンが、最強の戦士アキレウスから捕虜の娘を取り上げた。怒ったアキレウスは戦いから身を引く。ギリシャ方は押しまくられ、船まで焼かれそうになった。見かねた親友パトロクロスが、アキレウスの鎧を借りて出陣し、トロイアの総大将ヘクトルに討たれる。

アキレウスは戦場に戻った。ヘクトルを城壁の外で討ち、その遺体を戦車で引きずり回す。その夜更け、トロイアの老王プリアモスが、ひそかにアキレウスの陣屋へ入ってくる。王は膝にすがり、息子たちを殺したその手に口づけをして、遺体を返してほしいと願った。息子を思う老王と、父と親友を思うアキレウス。二人はともに泣いた。『イリアス』は、ヘクトルの葬儀で終わる。

戦争はまだ終わっていない。その先を語ったのは、いまは失われた叙事詩の数々だった。女だけの戦士の国アマゾンの女王と、曙の女神の子であるエチオピアの王が、トロイアの援軍に来ては、アキレウスに討たれた。そのアキレウスも、城内へ攻め込んだところでパリスとアポロンに討たれる。形見の武具をめぐって勇将アイアスとオデュッセウスが争い、敗れたアイアスは狂って自ら命を絶つ。そしてレムノス島から連れ戻されたあの弓の名手が、一騎打ちでパリスを射止めた。
最後に城を落としたのは計略だった。一人の職人がアテナの教えで巨大な木馬を造り、中に選り抜きの兵を隠す。馬の体には、故郷へ帰るためにギリシャ人がこの感謝の捧げ物をアテナに奉る、と刻まれた。残りの軍勢は陣屋を焼き、沖の島へ退く。戦が終わったと思ったトロイア人は、城壁の一部を壊してまで木馬を引き入れた。

この馬をどうするか。予言の力を持つ王女カッサンドラは、中に武装した兵がいると告げ、予言者の一人もそれを裏づけた。焼いてしまえ、崖から突き落とせ、という声も上がる。それでも、神への捧げ物として残そうという者が多く、人々は犠牲と宴に移った。そこへ近くの島から二匹の大蛇が海を渡ってきて、あの予言者の息子たちを呑み込んだ。アポロンの送った印だった。

夜が更けて町が寝静まると、ひとり後に残されていたギリシャ人が、アキレウスの墓の上で合図の火を焚いた。沖の島から船団が戻ってくる。木馬のまわりでは、ヘレネが三度めぐりながら、中にいる将たちの名を、それぞれの妻の声をまねて呼んだ。思わず答えようとした者の口を、オデュッセウスが両手でふさぎ、女神アテナがヘレネを連れ去るまで離さなかった。
その夜、城は落ちる。老王プリアモスはゼウスの祭壇に逃げたところをアキレウスの息子に殺され、ヘクトルの幼い息子は城壁から投げ落とされた。王女カッサンドラは、アテナの神像にすがったまま、ギリシャの将の一人に引き剥がされた。メネラオスはヘレネを取り戻し、船へ連れ帰る。

勝ったギリシャ勢にも、安らかな帰り道は無かった。神像を汚されたアテナの怒りが、帰国の船団に嵐となって襲いかかる。帰り着いたその日に妻に殺された総大将もいれば、10年さまよった知将もいた。オデュッセウスの帰郷を描くのが、同じくホメロスの『オデュッセイア』である。
木馬も、アキレウスの死も、『イリアス』と『オデュッセイア』の本筋には出てこない。よく知られた場面の多くは、失われた詩の要約と、後代の作家たちが伝えたものだ。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、アルクティノス(伝)『アイティオピス』、レスケス(伝)『小イリアス』、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』、アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』
ギリシャの諸将が参戦したのは、ヘレネの求婚の際にテュンダレオスが立てさせた誓いによる。「誰が選ばれても、その夫が妻を奪われたら皆で助ける」という約束が、10年の戦争の法的な根拠になっている。オデュッセウスの入れ知恵だったとされる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
映画『トロイ』(2004)は神々を一切登場させず、10年の戦争を十数日に圧縮し、アキレウスやメネラオスの死に方も原典と変える。何を残し、何を切ったかを見ると、現代の観客に向けて物語のどこが「使える」と判断されたかが分かる。
ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年
『イリアス』が描くのは10年目のごく一部、およそ50日間だけである。木馬も、落城も、アキレウスの死も、ヘレネの連れ去りも本編には無い。詩はヘクトルの葬礼で終わり、戦争はまだ続いている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
発端から帰還までは「叙事詩環(エピック・キュクロス)」と呼ばれる一群の詩が埋めていた。『キュプリア』(発端〜開戦)、『アイティオピス』(アキレウスの死)、『小イリアス』(武具争い〜木馬)、『イリオスの陥落』(落城)、『帰還』(諸将の帰路)、『テレゴネイア』(オデュッセウスの後日談)。いずれも散逸し、プロクロスの要約と断片からしか内容が分からない。「よく知られた話」の多くが、実はこの失われた詩の要約に由来する。
作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃、アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃、レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃、アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』 前7世紀頃、エウガンモン(伝)『テレゴニア』 前6世紀頃
発端はパリスの審判とヘレネの連れ去りとされるが、『イリアス』が審判に触れるのは24.25-30 の一箇所だけで、それも「パリスが自分の館で三女神に判定を下した」と短く回想されるにすぎない。有名な発端のほとんどは『キュプリア』以降の詩が担っている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃
9年戦って10年目に落ちる、というのはアウリスの予兆の解釈として最初から決まっている。『イリアス』の登場人物は自分たちが10年目にいることを知っている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
史実性は決着していない。ヘロドトスは戦争を実際にあった出来事として論じ、エジプトの神官の話としてヘレネはトロイアではなくエジプトにいたという説まで紹介する。古代の側にも「本当にあったのか、どう伝わったのか」という問いがあったことが分かる。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
『キュプリア』の断片は、戦争の起こりをゼウスの計画として語る。数えきれない人間が大地にのしかかっているのを哀れんだゼウスが、イリオスの大戦を起こして大地を軽くしようと決めた、という。『イリアス』冒頭の「ゼウスの計画が遂げられていった」(1.5)にこの話を当てる古註が伝える。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃
ダルダニア勢の将 2.819-821
サラミスから12隻(2.557-558)
ロクリス勢40隻(2.527-535)
6.407-439 夫に城壁の外で戦うなと訴える
ピュロス勢の一員として
2.546-556 メネステウスが50隻を率いる
1.184-187, 2.688-693
1.68-100
1.8-52
『イリアス』2.846-847 エウペモスが率いるトロイア側の同盟軍
アルゴスから80隻(2.559-568)
リュキア勢の将
トロイア側の王妃として
予言者かつ戦士として
クレタから80隻(2.645-652)
トロイア側の援軍として
最大の100隻を送り出した(2.569-580)
2.681-685、16.155-277
11.505-537
ピュロスから90隻(2.591-602)
2.824-827 ゼレイア勢の将
ヘクトルの死後、トロイア側の援軍として参戦
7隻を率いたが、レムノスに残された(2.716-725)
トロイア側の同盟軍の将
60隻を送り出した(2.581-590)
プロクロスの梗概の冒頭「ゼウスはテミスと相談してトロイア戦争を計画する」
2.303-330。ここから船出した
8.47-52 ゼウスがここから戦いを見守る
攻められた側の都市
トロヤ群(木星のトロヤ群小惑星、Trojan asteroids)木星と同じ軌道で太陽のまわりを回る小惑星の群れ。1906年2月22日、天文学者マックス・ヴォルフが、木星の前を進む最初の一つを見つけ、アキレスと名づけられた。オーストリアの天文学者パリサが、『イリアス』の人物からアキレス、パトロクロス、ヘクトルの名を提案したのが始まりで、以後この群れの小惑星にはトロイア戦争の英雄の名が付けられ、「トロヤ群」と呼ばれるようになった。木星の前を行く群れは「ギリシャ陣営」、後ろを行く群れは「トロイア陣営」とされ、それぞれの側の人物の名を付けるのが決まりになった。ただ最初の命名のせいで、ギリシャ方のパトロクロスがトロイア陣営に、トロイアの王子ヘクトルがギリシャ陣営に入っている。NASAの探査機ルーシーは2021年10月に打ち上げられ、このトロヤ群の小惑星を次々に訪ねる予定である。