ギリシャ神話の地図
ゼウス遣わした神アテナ争った女神アプロディテ争った女神ヘラ争った女神トロイア戦争行き着いた先アレス兄ニュクス母ペレウスとテティスの婚礼騒ぎの舞台

エリス

Ἔρις神

2006年、冥王星は「惑星」の座を追われ、準惑星になる。きっかけの一つは、その前の年に確認された一つの天体だった。この発見が、そもそも惑星とは何かという問いを呼び起こし、ついに惑星の定義そのものが見直された。その天体に付けられた名前が、エリス。ギリシャ神話の、争いと不和の女神である。

エリスは、戦の神アレスの妹だ。『イリアス』は、この女神の姿を不気味に描く。はじめは小さく現れるが、みるみる背丈が伸び、ついには頭が天に届き、足は地上を歩む。そうして両軍のあいだを行き来しながら、憎しみを撒いていく。

ゼウスがエリスだけを戦場へ送り込んだこともあった。女神はギリシャ軍の船の上に立ち、恐ろしい叫び声を上げる。その声を聞いた兵たちの胸には、戦う力が吹き込まれ、故郷へ帰るより戦うほうが甘く思えるようになった。

『神統記』では、エリスは夜の女神の娘で、自分もまた不吉な子どもたちを産む。労苦、忘却、飢え、苦痛、戦い、殺し合い、偽りの言葉、無法、破滅。争いから何が生まれるかを、そのまま神々の家系図にした形だ。

ところが、『神統記』と同じくヘシオドスの『仕事と日』は、冒頭で考えを改めている。争いの女神は一人ではなく、二人いる、と。一人は戦と争いを育てる、憎むべき女神。もう一人は、隣の家が豊かなのを見て、自分も負けずに働こうと人を奮い立たせる、良い女神だ。陶工は陶工を、大工は大工をねたむ。そうした競い合いは、人間にとって良いものだ、と『仕事と日』は言う。

エリスの名をいちばん有名にしたのは、トロイア戦争の発端の話だろう。

英雄アキレウスの両親となる、海の女神と人間の王の婚礼。そこに神々が集まって宴を開いているところへエリスが現れ、ヘラとアテナとアプロディテのあいだに、誰がいちばん美しいかという争いを起こした。失われた叙事詩『キュプリア』は、そう伝えていたらしい。

黄金の林檎は、もっと後の時代に加わった道具立てだ。後の神話集では、エリスは美を競う賞品として林檎を投げ込む。さらに後のローマ時代の神話集になると、エリスだけが婚礼に招かれなかったので、怒って戸口から林檎を投げ入れた、いちばん美しい女神がこれを取れ、と言い放った、という形になる。

神々がそろった婚礼の宴。黄金の林檎を前に、女神たちの争いが始まる。
神々がそろった婚礼の宴。黄金の林檎を前に、女神たちの争いが始まる。『テティスとペレウスの婚礼(不和の黄金の林檎)』 ヤーコブ・ヨルダーンス(ルーベンスの下絵による) 1636〜1638年 プラド美術館Public domain

三女神の争いは、トロイアの王子パリスの審判へ、そして10年に及ぶトロイア戦争へとつながっていく。準惑星の名前にふさわしく、この女神の投げ込んだ争いは、とてつもなく大きな結果を生んだ。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、ヘシオドス『仕事と日』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』

この物語の人々

こういう風にも語られている

金の林檎を投げたという話は、ホメロスにもヘシオドスにも『キュプリア』の梗概にも無い。アポロドーロスの摘要が「エリスが美を競う賞として林檎を投げた」と伝えるのが、まとまった記述としては早い層にあたる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

「最も美しい者へ」という林檎の銘や「招かれなかったから怒った」という筋は、アポロドーロスの本文には無く、更に後代のヒュギヌスやルキアノスに現れる。ヒュギヌスでは、ユピテルがペレウスとテティスの婚礼に神々を招いた際エリス(ディスコルディア)だけを外し、遅れて来て宴に入れてもらえなかった彼女が戸口から林檎を投げ入れ、最も美しい者が取るようにと言う、という筋になる。

ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

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「飽くことを知らぬ怒りの、人を殺すアレスの妹にして仲間」。初めは小さく現れるが、やがて頭が天に届くまで大きくなり、地の上を歩きながら人々の間に憎しみを撒く。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

第11巻の冒頭で、ゼウスはエリスだけをギリシャ軍の船へ送り込む。エリスはオデュッセウスの黒い船の上に立ち、恐ろしい叫びをあげてすべての兵に戦う力を吹き込む。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『仕事と日』は冒頭で説を改める。「地上にエリスは一柱ではなく二柱いる」。一方は戦と争いを育てる憎むべきエリス、もう一方は隣人が豊かなのを見て人を働かせる、夜の女神が産んだ良いエリスである。

ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃

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『神統記』では夜(ニュクス)の娘とされ、労苦、忘却、飢え、苦痛、闘い、殺戮、偽りの言葉、無秩序、破滅(アテ)、誓い(ホルコス)を産む。抽象名詞の系図として書かれている。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ペレウスとテティスの婚礼でヘラ・アテナ・アプロディテの間に美をめぐる争いを起こした、というのが失われた叙事詩『キュプリア』の梗概の伝えるところ。ただし梗概には「金の林檎」は出てこない。

作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃

ゼウスに遣わされたエリスがオデュッセウスの船の上で叫ぶと、アカイア勢の胸に戦う力が吹き込まれ、船で故郷へ帰るより戦うほうが甘く思われるようになった。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ヘシオドスは良い争いの例として、陶工は陶工を、大工は大工をねたみ、乞食は乞食を、歌人は歌人をねたむ、と挙げ、この争いは人間にとって良いものだと言う。

ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃

ほかのつながり(3人)

家族・恋愛

  • レテ子

    226-227 エリス(争い)が「忘却(レテ)」を生む。擬人化されたレテ

敵対・殺害

仲間・師弟

今の言葉に残る

準惑星エリス / Eris2005年に確認された準惑星。2006年9月に国際天文学連合が「不和と争いの女神エリス」にちなんで命名した。この天体の発見が惑星の定義の見直しを促し、冥王星の準惑星への変更につながった、という経緯自体が名前と響き合っている。衛星ディスノミア(無法)はエリスの娘の名。

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このページの出典(6件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前700年頃ヘシオドス『仕事と日』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 前7世紀頃作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』
  5. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  6. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』