ギリシャ神話の地図
アポロン討った神ヘパイストス武具の作り手アガメムノン総大将パリス討った男ヘクトル宿敵プリアモス敵の父パトロクロス親友ケイロン師
討ち取ったヘクトルを戦車で引きずるアキレウス。

アキレウス

Ἀχιλλεύς英雄

討ち取ったヘクトルを戦車で引きずるアキレウス。 『アキレウスの勝利』 フランツ・マッチュ 1892年 アキレイオン(ギリシャ・ケルキラ島)Public domain

「アキレス腱」という言葉は、たいていの人が知っている。かかとの腱の名前であり、強い者のたった一つの弱点のたとえでもある。不死身の英雄アキレウスが、かかとだけは弱かったという話から来た言葉だ。2004年の映画『トロイ』では、ブラッド・ピットがこの英雄を演じた。

ところが、アキレウスの物語を語る叙事詩『イリアス』に、かかとの話は出てこない。描かれるのは、戦争のさなかに戦うのをやめてしまった最強の戦士だ。

『イリアス』は、このアキレウスの怒りから語り起こされる。時は、トロイア戦争が始まって9年が過ぎたころ。怒り、嘆き、そして最後に敵の父と涙を流す一人の若者の物語である。

アキレウスは、人間の王と海の女神テティスのあいだに生まれた。半分は神の血を引く彼は、自分の運命を母から聞かされていた。トロイアに留まって戦えば、故郷には帰れないが、名声は滅びない。国に帰れば長く生きるが、名は消える。アキレウスは戦場に残った。

怒りのきっかけは、一人の女だった。総大将アガメムノンが、神官の娘を返さなかったためにアポロンの疫病を招き、しかたなく娘を返す代わりに、アキレウスが戦利品として得ていた娘を取り上げたのだ。アキレウスはアガメムノンを「犬の目をした酒浸りの男」と罵り、自分の軍を率いて戦線を離れた。

それだけでは済まさなかった。アキレウスは海辺で母を呼ぶ。テティスはオリュンポスに上り、ゼウスの膝を抱いて願った。トロイア勢を勝たせて、息子の名誉を取り戻させてほしい。ゼウスが頷くと、オリュンポスが揺れた。

ゼウスの膝にすがって願う、アキレウスの母テティス。
ゼウスの膝にすがって願う、アキレウスの母テティス。『ユピテルとテティス』 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 1811年 グラネ美術館Public domain

ギリシャ軍は押し込まれていく。困り果てたアガメムノンは、オデュッセウスらを使者に立て、娘を返し、山ほどの贈り物を添えると申し出た。アキレウスは首を縦に振らない。

動いたのは、親友パトロクロスだった。少年のころ人を殺して故郷を追われ、アキレウスの家で一緒に育った男である。味方の船に火が放たれたとき、パトロクロスはアキレウスの鎧を借りて出撃した。船から敵を追い払ったら戻れ、とアキレウスは念を押した。だがパトロクロスは勢いに乗って城壁まで攻め上がり、アポロンに背を打たれ、最後にトロイアの総大将ヘクトルに討たれた。

知らせを聞いたアキレウスは、両手で黒い土をすくって頭からかぶり、地面に倒れ伏した。海の底で母と姉妹の女神たちが嘆きの声を上げる。テティスは、鍛冶の神ヘパイストスに頼んで一夜で新しい武具を作らせた。怒りの向きが、アガメムノンからヘクトルへと変わった。

親友の亡骸を前に嘆く英雄。ハミルトンの絵(1760〜1763年)。
親友の亡骸を前に嘆く英雄。ハミルトンの絵(1760〜1763年)。『パトロクロスの死を嘆くアキレウス』 ギャヴィン・ハミルトン 1760〜1763年 スコットランド国立美術館Public domain

出陣の朝、ふしぎなことが起きる。戦車を引く愛馬が首を垂れ、女神ヘラに声を与えられて口をきいたのだ。今日はお運びしましょう。けれどあなたの最期の日は近い。神と人間の手にかかって討たれるのが定めだ、と。復讐の女神たちがすぐに馬の声を止めた。アキレウスは答える。言われなくても分かっている。父と母から遠く離れたこの地で死ぬのが、自分の運命だ。それでも、トロイア勢が戦いに飽きるまでやめはしない。

戦場に戻ったアキレウスは、川の神が、流れが死体でせき止められたと抗議するほど敵を殺した。そして城門の前で、ヘクトルと向き合う。ヘクトルは城壁のまわりを逃げ、アテナの計略で立ち止まり、アキレウスの槍に喉を貫かれた。死に際にヘクトルは言い残す。お前もいずれパリスとアポロンに、この城門の前で討たれるだろう。

アキレウスは遺体のかかとの腱に穴を開けて革ひもを通し、戦車につないで引きずった。パトロクロスの葬儀が済んでも、毎朝その墓のまわりを引き回した。

最後の場面は、夜の陣屋で訪れる。ヘクトルの父、トロイアの老王プリアモスが、神ヘルメスの導きでひそかにやって来た。老王はアキレウスの膝を抱き、息子たちを殺したその手に口づけした。あなたの父上を思い出してほしい、と老王は言う。アキレウスは故郷の老いた父を思って泣き、プリアモスはヘクトルを思って泣いた。アキレウスは遺体を返した。『イリアス』は、ヘクトルの葬儀で終わる。

アキレウスの手に口づけして、息子の遺体を乞う老王プリアモス。
アキレウスの手に口づけして、息子の遺体を乞う老王プリアモス。『アキレウスにヘクトルの遺体を乞うプリアモス』 アレクサンドル・イワノフ 1824年Public domain

その後のアキレウスの戦いは、今は失われた別の叙事詩が語っていた。後の時代に残されたあらすじによれば、トロイアの援軍に来た女戦士の国アマゾンの女王を倒し、若い友を殺したエチオピアの王を討ち取った。そしてトロイア勢を追って城内に攻め込んだところを、パリスとアポロンに討たれた。

葬儀の様子は、『オデュッセイア』の冥界の場面で、アガメムノンの霊が語っている。母テティスが海の女神たちを連れて海から上がってきて、嘆きながら遺体に不死の衣を着せた。詩と音楽の女神ムーサたち9人が、代わる代わる弔いの歌を歌い、泣かないギリシャ兵は一人もいなかった。神々も人間も、17日のあいだ昼も夜も嘆き続けたという。

『オデュッセイア』では、冥界でオデュッセウスがアキレウスの霊に出会う。死者の中でもあなたは王のようだ、と慰めるオデュッセウスに、アキレウスは答えた。死者すべての王になるくらいなら、地上で貧しい男に雇われて働くほうがいい。そして、故郷に残してきた息子の消息を尋ねた。

では、あのかかとの話は、いつ誰が付け足したのか。

赤ん坊のかかとをつかんで、冥界の川に浸す母の女神。のちの時代に生まれた、よく知られた場面。ルーベンスの下絵(1630〜1635年ごろ)。
赤ん坊のかかとをつかんで、冥界の川に浸す母の女神。のちの時代に生まれた、よく知られた場面。ルーベンスの下絵(1630〜1635年ごろ)。『赤子のアキレウスをステュクスの川に浸すテティス』 ペーテル・パウル・ルーベンス 1630〜1635年ごろ ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館Public domain

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、アルクティノス(伝)『アイティオピス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』、小学館『精選版 日本国語大辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ホメロスにはアキレウスが不死身だという設定も、踵が弱点だという話も無い。『イリアス』21巻ではアステロパイオスの槍が右の前腕をかすめ、黒い血が噴き出す。普通に傷つく人間として描かれている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

母テティスが息子を冥界の川ステュクスに浸したという話は、現存する作品ではスタティウス『アキレイス』(1世紀末)に見える。テティス自身が二度それに触れ、一度は「全身をそうできていたら」と嘆く(1.133-134、1.268-270)。ただし踵という言葉は、ここにはまだ無い。

スタティウス『アキレイス』 1世紀末(95年頃〜未完)

ホメロスは二人を「仲間(ヘタイロス)」として描く。アキレウスはパトロクロスを「すべての仲間の中で最も重んじ、自分の命と等しく思っていた」と言うが、恋愛関係だとは書かない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

残り2件を読む

古典期のアテナイでは二人は恋人として読まれていた。ただし役割の理解は割れており、アイスキュロス(散逸悲劇『ミュルミドネス』)はアキレウスを愛する側としたが、プラトン『饗宴』でパイドロスは「アイスキュロスは馬鹿げたことを言う」と反論し、より若く髭も生えていないアキレウスこそ愛される側だと主張する。

アイスキュロス『ミュルミドネス(散逸)』 前5世紀前半、プラトン『饗宴』 前4世紀前半

映画『トロイ』(2004)ではパトロクロスはアキレウスの従兄弟であり、恋愛の要素は取り除かれている。現代の翻案が原典のどこを選び、どこを外したかが分かる例。

ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年

ローマ以後の語り

映画『トロイ』(2004)でアキレス(アキレウス)を演じたのはブラッド・ピット。

ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年

もっと詳しく

『イリアス』の最初の一語は「怒り(メーニス)」で、主題はアキレウスの怒りそのもの。アガメムノンにブリセイスを奪われて戦線を離脱し、味方が壊滅しても戻らない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

母から二つの運命を告げられている。トロイアに留まれば帰れないが不滅の名声を得る、帰れば長く生きるが名声は消える。彼は前者を選ぶ。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

アキレウスの死は『イリアス』の外側にある。『アイティオピス』要約ではトロイア勢を追って市中に攻め入り、パリスとアポロンに討たれる。アポロドーロス摘要 5.3 は「スカイア門でアレクサンドロス(パリス)とアポロンに踝(くるぶし)を射られた」とする。オウィディウス『変身物語』ではアポロンがパリスの矢を導くが、踵とは書かれない。

アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ほかのつながり(18人)

家族・恋愛

敵対・殺害

仲間・師弟

出来事・場所・物

今の言葉に残る

アキレスと亀「アキレスと亀」は、おかしいと分かっていても、なかなか言い負かせない主張のたとえ。もとは古代ギリシャの哲学者ゼノンが出した逆説で、アリストテレスが『自然学』で紹介している。足の速いアキレスが、先を行く亀を追いかける。亀がいた地点にアキレスが着いたとき、亀は少し先に進んでいる。その地点に着くと、亀はまた少し先にいる。こう考えると、アキレスはいつまでも亀に追いつけないことになる。ここで追いかける役に選ばれたのは、『イリアス』で「足の速い」という決まり文句を何度も添えられる英雄アキレウスである。

アキレス腱(弱点の意)「強力な者が持っているただ一か所の弱点」を指す比喩。英語 Achilles' heel も同じ発想で、英語でこの比喩が見えるのは1810年から。いずれも、母に踵をつかまれてステュクス川に浸され、踵だけが弱点として残ったという伝承に基づくが、語源辞典によればこの話はホメロスには無く、紀元1世紀より前には見当たらない。『イリアス』では、アキレウスはアステロパイオスの槍で右の前腕をかすられ、黒い血を流している。

アキレス腱踵の骨とふくらはぎの筋肉をつなぐ腱の名。母テティスが踵をつかんでステュクスに浸したため踵だけが弱点として残った、という伝承にちなむ。解剖学用語としては1693年にオランダの解剖学者フィリップ・フェルヘイエンが chorda Achillis(アキレスの腱)と呼び、今の tendo Achillis の名は、ドイツの外科医ローレンツ・ハイスターが最初に使った。

呼び名の話

この話が出てくる作品

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このページの出典(15件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前7世紀頃アルクティノス(伝)『アイティオピス』
  4. 前7世紀頃作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』
  5. 前7世紀頃アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』
  6. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  7. 前5世紀前半アイスキュロス『ミュルミドネス(散逸)』
  8. 前424年頃エウリピデス『ヘカベ』
  9. 前405年(没後上演)エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』
  10. 前4世紀前半プラトン『饗宴』
  11. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  12. 1世紀末(95年頃〜未完)スタティウス『アキレイス』
  13. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  14. 3〜4世紀クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』
  15. 2004年ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』