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冥界訪問(ネキュイア)

Νέκυια出来事

オデュッセウスの漂流7 / 14

死者は、血を飲まなければ生きている者と口をきけない。だから英雄オデュッセウスは、地面に掘った穴に生贄の羊の血を流し、剣を抜いて、その前に座り込んだ。血を求めて群がってくる死者の影を、一人ずつ見定めるために。

では、生きたまま死者と語り合ったオデュッセウスの「冥界訪問」がどんなものだったのか、順に見ていこう。

帰り道を知りたければ、冥界にいる盲目の予言者テイレシアスの霊に聞け。そう命じたのは、魔女キルケだった。オデュッセウスは、冥界の底へ降りていったのではない。船で一日走り、世界のまわりを流れる大河オケアノスの果てへ向かった。そこは太陽の光が一度も射さない、霧と雲に包まれた人々の国。

キルケに教わったとおり、オデュッセウスは剣で、ひじから指先ほどの幅の穴を掘った。蜂蜜と乳、甘い葡萄酒、水の順に注ぎ、白い大麦をまく。そして黒い雄羊と雌羊の喉を切って、血を穴に流し込んだ。すると地の底から、死者の影がいっせいに上がってきた。花嫁、若者、老人、戦で倒れた兵士たち。そのすさまじい叫び声に、オデュッセウスは青ざめた。

最初に現れたのは、仲間の若者だった。キルケの館で酔って屋根の上で眠り、梯子を使うのを忘れて転げ落ち、首の骨を折って死んだ男である。仲間は急いで出発したため、埋葬もしていなかった。若者は頼んだ。私を弔わずに置き去りにしないでくれ。鎧とともに焼き、浜辺に塚を築いて、私が漕いでいた櫂を立ててほしい。オデュッセウスは約束した。

次に母の影が見えた。オデュッセウスは涙を流したが、剣をかざして母を血に近づけなかった。先に話を聞かなければならない相手がいた。

生贄の血の前に座るオデュッセウスと、現れた予言者テイレシアスの霊。
生贄の血の前に座るオデュッセウスと、現れた予言者テイレシアスの霊。『生贄の最中にオデュッセウスの前に現れるテイレシアス』 ヨハン・ハインリヒ・フュースリ 1780〜1785年Public domain

予言者テイレシアスは血を飲むと、帰り道を語った。海の神ポセイドンの怒りは解けない。それでも、太陽神の島の牛に手を出さなければ、故郷へ帰り着ける。手を出せば船も仲間も失い、遅れて他人の船で帰り着いて、家では妻に言い寄る男たちが財産を食いつぶしているだろう。男たちを討ったら、櫂を一本担いで、海を知らない人々の国まで歩いて行け。その櫂を見て、麦をあおぐ道具かと尋ねる者に出会ったら、櫂を地面に立て、ポセイドンに生贄を捧げよ。そしてお前には、穏やかな老いの果てに、静かな死が訪れる。

予言を聞き終えると、オデュッセウスは母と語り合った。三度抱きしめようとして、三度とも腕はすり抜けた。続いて、名だたる英雄たちの母や妻の影が次々に現れた。

戦友たちにも会った。トロイア戦争の総大将アガメムノンは、帰国したその日に妻と愛人に殺されたと語った。英雄アキレウスには、あなたは死者の中でも王のように敬われているのだから、嘆くことはないと声をかけた。アキレウスは答えた。死を慰めるな。死者すべての王になるくらいなら、地上で、土地も持たない貧しい男に雇われて働くほうがましだ。

アキレウスの鎧をめぐって争い、オデュッセウスに敗れた英雄アイアスの影は、呼びかけても一言も答えず、黙って闇の中へ去っていった。

さらに待っていると、数えきれない死者たちが恐ろしい叫び声を上げて押し寄せてきた。冥界の女王ペルセポネが、怪物ゴルゴンの首を送ってよこすのではないか。恐怖に駆られたオデュッセウスは船へ駆け戻り、大河の流れに乗ってその場を去った。

『オデュッセイア』のこの部分には、冥界で永遠の罰を受ける罪人たちの姿も描かれている。ただしその場面は、古くから、あとで書き加えられたのではないかと疑われてきた。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、『『オデュッセイア』古註(スコリア)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

後半のミノス、オリオン、ティテュオス、タンタロス、シシュポス、ヘラクレスを見る箇所(11.568-627)は、古代から後代の挿入ではないかと疑われてきた。ここだけ「呼び出した霊と語る」形式から「冥界の光景を見る」形式に変わる。アレクサンドリアのアリスタルコスがこの部分を排したと古註は伝え、キルヒホフ、ヴィラモーヴィッツ、ペイジら近代の分離派も挿入とみた。

『『オデュッセイア』古註(スコリア)』 アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註、デニス・ペイジ『ホメロスのオデュッセイア』 1955年、A. ホイベック、S. ウェスト、J. B. ヘインズワース、A. ホークストラ、J. ルッソ、M. フェルナンデス=ガリアーノ『ホメロス『オデュッセイア』注解』 1988-1992年

第24歌の冒頭(24.1-204)にも死者の場面があり、「第二のネキュイア」と呼ばれる。求婚者たちの霊がヘルメスに導かれ、アキレウスやアガメムノンと語る。古代の校訂者アリストパネスとアリスタルコスは23.296 を『オデュッセイア』の「終わり」としており、それ以降の真作性は古代から議論されてきた。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、『『オデュッセイア』古註(スコリア)』 アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註、A. ホイベック、S. ウェスト、J. B. ヘインズワース、A. ホークストラ、J. ルッソ、M. フェルナンデス=ガリアーノ『ホメロス『オデュッセイア』注解』 1988-1992年

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オデュッセウスは冥界に「降りる」のではない。オケアノスの流れを越えたキンメリオイ人の地で穴を掘り、犠牲を捧げて霊を呼び出す。死者の方が地の底から上がってくる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

一肘四方の穴を掘り、蜜と乳、甘い酒、水の順に献じ、白い大麦を撒き、黒い雄羊と雌羊を屠って血を流す。剣を抜いて霊を近づけず、テイレシアスが血を飲むまで待つ。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

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アキレウスは「死者すべてを治めるより、地を持たぬ貧しい男に雇われて生きるほうがよい」と答える。『イリアス』で不滅の名誉を選んだ英雄が、それを否定する言葉として繰り返し引かれる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

アキレウスの武具をめぐる裁定でオデュッセウスに敗れたアイアスの霊は、呼びかけにも一言も答えず、黙って闇の中へ去る。ホメロスにおける沈黙の力の代表例として知られる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

最初に現れたエルペノルは、キルケの館で眠ったあと梯子を忘れて屋根から落ち、首を折って死んでいた。彼は、鎧とともに焼き、浜に塚を築いて生前に漕いだ櫂を立ててくれと頼んだ。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

テイレシアスは、求婚者を討ったあと櫂を担いで海を知らない人々の国へ行き、櫂を「箕」と呼ぶ旅人に出会ったらそこに櫂を立ててポセイドンに生贄を捧げよ、と告げ、穏やかな老いの果ての死を予言した。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

最後に無数の死者が叫びながら押し寄せ、ペルセポネがゴルゴンの首を送ってくるのではと恐れたオデュッセウスは、船に戻ってオケアノスの流れを下った。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ほかのつながり(4人)

出来事・場所・物

  • ハデス関わった出来事

    11.1-640。オデュッセウスが訪れる死者の国はハデスの領分であり、11.47 では「ハデスとペルセポネ」への祈りが捧げられる

  • オリオン関わった人

    11.572-575 オデュッセウスが冥界で、青銅の棍棒を持ち獣を追うオリオンを見る

  • シシュポス関わった人

    11.593-600 オデュッセウスが冥界で岩を押すシシュポスを見る

  • アケロン舞台となった場所

    10.513-527 キルケが、アケロンに二つの川が流れこむ岩のそばで死者を呼べと教え、11.20-22 オデュッセウスはその場所へ着く

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このページの出典(4件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註『『オデュッセイア』古註(スコリア)』
  3. 1955年デニス・ペイジ『ホメロスのオデュッセイア』
  4. 1988-1992年A. ホイベック、S. ウェスト、J. B. ヘインズワース、A. ホークストラ、J. ルッソ、M. フェルナンデス=ガリアーノ『ホメロス『オデュッセイア』注解』