オデュッセイアの寄港地めぐり 古代の人も地図に探した、二十年の帰り道
ロートスを食べる人々の岸、一つ目の巨人の洞窟、魔女キルケの島、歌う島と海峡の怪物。オデュッセウスが立ち寄った場所を順にたどり、古代の人がそれを地図のどこに置いたか、イタケはどこなのか、帰ったあと何が待っていたのかまで読む。
二十年かかった帰り道
場所の比定がない場面11 カリュプソ12 イノ・レウコテア
最初の寄港地は、トラキアの海岸にあったキコネス族の町イスマロス。町は落とせたが、引き上げろという命令を仲間が聞かずに酒盛りを続け、翌朝の反撃で船ごとに六人ずつを失った。十二隻の船団は、このあと一隻ずつ削られていく。
ホメロスオデュッセイア
蓮の花ではなかったロートス

マレア岬を回るところで、北風と潮に押し戻された。九日のあいだ流され、十日目に着いたのがロートパゴイ、「ロートスを食べる人々」の土地である。様子を見に行かせた三人に、彼らは何の害も加えなかった。ただ、ロートスを分けてくれた。
ホメロスオデュッセイア
それを食べた者は、帰ることも、船に戻って報告することも忘れ、ここに残ってロートスを摘んでいたいとだけ願うようになった。オデュッセウスは泣く三人を力ずくで船まで引きずり、漕ぎ座の下に縛りつけた。ほかの者がうっかり口にしないよう、急いで全員を乗せて岸を離れる。
ホメロスオデュッセイア
日本の百科事典は、ロートパゴイを〈ハス食い人〉と訳してきた。けれどホメロスは、ロートスがどんな植物かを書いていない。「花の食べ物」「蜜のように甘い実」と言うだけだ。
近現代改訂新版 世界大百科事典ホメロスオデュッセイア
ヘロドトスを読むと、「ロートス」が一つの植物の名ではなかったことが分かる。エジプトでは、ナイルが溢れると水の中に咲く百合をロートスと呼び、その中心を砕いてパンを焼いた。一方、リビュアの岬に住むロートパゴイが食べるロートスは、乳香樹の実ほどの大きさで、ナツメヤシのように甘い木の実だった。彼らはそれで酒も造った。
古典期歴史
巨人の洞窟、風の袋、魔女の島

次は、種も蒔かず耕しもしない一つ目の巨人キュクロプスたちの国。ポリュペモスの洞窟に閉じこめられ、仲間が二人ずつ食われていく。名を聞かれたオデュッセウスは「ウーティス(誰でもない)」と答えた。強い酒で眠らせ、焼いたオリーブの丸太で一つきりの目を潰す。叫び声に集まった仲間の巨人たちは、「誰でもないがわたしを殺す」と聞いて、何も起きていないと帰っていった。
ホメロスオデュッセイア
風の神アイオロスは、荒い風を牛の皮の袋に閉じこめ、西風だけを送ってくれた。十日目には故郷の烽火まで見えた。ところがオデュッセウスが眠ったすきに、仲間が金銀でも入っているのだろうと袋を開け、船団はアイオロスの島まで吹き戻される。
ホメロスオデュッセイア
人を食う巨人の民ライストリュゴネス族の港では、岸壁から岩を落とされ、入り江の中に泊めた十一隻がまとめて沈んだ。外の岩につないでいたオデュッセウスの船だけが逃げ出せた。ここから先、旅は一隻で続く。
ホメロスオデュッセイア
歌う島と、海峡の二つの怪物

セイレーンの島では、仲間の耳を蜜蝋でふさぎ、自分だけは帆柱に縛らせて歌を聞いた。歌が誘ったのは、声の美しさではなく知識だった。トロイアで起きたことも、地上で起きるすべてのことも、わたしたちは知っている、と。ほどけと合図すると、仲間はかえって縄を増やした。
ホメロスオデュッセイア
七年の島から、眠ったままの帰郷

流れ着いたオギュギア島で、女神カリュプソは七年のあいだオデュッセウスを離さなかった。不死にも不老にもしてやろうと言う女神に、彼は答える。妻ペネロペイアはあなたに姿も背丈も及ばない、それでも家に帰りたい、と。昼は浜の岩に座り、泣きながら海を見ていた。
ホメロスオデュッセイア
ゼウスの命でヘルメスが来て、ようやく女神は彼を放す。四日で筏を組み、十八日目に見えたのがパイエケス人の陸だった。この島にだけは、古代から地図の上に有力な候補がある。トゥキュディデスによれば、ケルキュラ(いまのコルフ島)の人々は、自分たちの海の名声がパイエケス人の時代に遡ると誇っていた。
ホメロスオデュッセイア古典期戦史(ペロポネソス戦争史)
パイエケス人の船は、乗る人の考えが分かり、舵取りもいらないという。オデュッセウスは死に似た深い眠りのまま運ばれ、夜明けのイタケの浜に、贈り物と一緒に下ろされた。送り届けて戻る船は、港の目の前でポセイドンに石に変えられる。
ホメロスオデュッセイア
イタケはどこにあるのか
オデュッセウス自身は、故郷をこう語る。日の沈む方へいちばん寄った低い島で、岩がちで馬を走らせる土地はないが、若者を育てるよい乳母だ。自分の国にまさるものを見たことがない、と。
ホメロスオデュッセイア
いまギリシャ西岸のイオニア海には、イタキという島がある。ところがホメロスの描く地形と合わないとして、19世紀から別の島を「本当のイタケ」とする説が出され続けてきた。デルプフェルトは『古イタケ』(1927)でレフカダ島を、ビトルストンらは『オデュッセウス・アンバウンド』(2005)で、ケファロニア島西部のパリキ半島を挙げる。半島は青銅器時代には独立した島だった、という考えである。決着はついていない。
二十年待った犬と、メントルの姿の女神

乞食に姿を変えて館へ向かうオデュッセウスを、真っ先に見破ったのは人間ではなかった。犬のアルゴス。トロイアへ発つ前に自分で育てた猟犬で、いまは誰にも世話をされず、門の前の騾馬と牛の糞の山に寝そべって、蚤にたかられていた。
ホメロスオデュッセイア
帰ったあとの話
世界の果てで霊を呼び出したとき、テイレシアスは帰ったあとのことまで予言していた。求婚者たちを討ったら、櫂を担いで、海を知らない人々の国まで歩いていけ。櫂を見て「箕」と呼ぶ旅人に会ったら、そこに櫂を立ててポセイドンに生贄を捧げよ。死は、穏やかな老いの果てに来るだろう、と。
ホメロスオデュッセイア
『オデュッセイア』は、その先を語らない。続きを語ったのは、いまは要約だけが残る叙事詩『テレゴニア』だった。主人公は、オデュッセウスとキルケのあいだに生まれた息子テレゴノス。父を探してイタケに渡り、そこが父の島とは知らずに家畜を奪う。防ごうとしたオデュッセウスを、エイの棘を穂先に付けた槍で突き、父と知らないまま殺してしまう。
古拙期テレゴニアローマ期ビブリオテーケー(ギリシア神話)
父と知ったテレゴノスは激しく嘆き、亡骸とペネロペイアをキルケのもとへ運ぶ。要約によれば、テレゴノスはペネロペイアを、テレマコスはキルケを妻とした。二十年かけて帰り着いた家族の話は、こんな結末を迎える。
古拙期テレゴニアローマ期ビブリオテーケー(ギリシア神話)
地図の点について
上の地図の点は、ホメロスが示したものではない。多くは、後の時代の人が「ここがその場所だ」と考えた所である。トゥキュディデスは、シチリアにいちばん古く住んでいたのはキュクロプスとライストリュゴネス族だと伝えながら、どんな種族で、どこから来てどこへ去ったのかは分からない、詩人の語ることで満足してもらうしかない、と書いた。
古典期戦史(ペロポネソス戦争史)ホメロスオデュッセイア
歴史家ポリュビオスは、ホメロスは旅の舞台をシチリアのまわりに置いたと考え、スキュラの描写もその海峡で行われる漁の様子と合うと論じた。反対に地理学者エラトステネスは、風の袋を縫った靴屋を見つけたら、オデュッセウスがさまよった場所も見つかるだろう、と言ったという。古代の人も、この帰り道を地図に探しては、首をひねっていた。
ローマ期地理誌
この特集の話が出てくる作品
この話の項目
- オデュッセウスの漂流トロイアを出たオデュッセウスが、12隻の船団を失いながら島から島へ流され、ひとりイタケへ帰り着くまでの旅。寄港地の多くは、パイエケス人の宴で本人が語る回想(9〜12歌)として出てくる。
- オデュッセウスイタケの王。知略で知られ、トロイア戦争の後に10年かけて故郷に帰る旅が『オデュッセイア』に語られる。木馬の計略でトロイアを落とし、帰路でポセイドンの怒りを買って漂流した。
- キコネス族トラキアの沿岸に住む一族で、町はイスマロス。トロイアを出たオデュッセウスが最初に襲った相手で、『イリアス』ではトロイア側の同盟軍として出てくる。
- ロートパゴイ(蓮を食う人々)花の実を常食とする人々。その実を口にした者は帰郷の意志を失い、その地に留まりたいとだけ願うようになる。オデュッセウスは食べた仲間を泣きわめくまま船に縛りつけて出航した。
- ポリュペモスポセイドンの子である一つ目の巨人。洞窟に閉じ込めたオデュッセウスの仲間を食らうが、酒に酔わされて目を焼かれる。彼の祈りがポセイドンの怒りを呼び、オデュッセウスの漂流を長引かせた。
- アイオロス青銅の壁に囲まれた浮き島アイオリエに住み、ゼウスから風を司る役を託された人物。オデュッセウスに逆風を詰めた革袋を贈るが、仲間が袋を開けて航海は振り出しに戻る。二度目の来訪は冷たく拒まれる。
- ライストリュゴネス族人を食う巨人の民。港に入った船団に岩を投げ込み、串刺しにした人間を持ち帰った。オデュッセウスの船団12隻のうち11隻がここで全滅し、旅は彼の船1隻だけで続くことになる。
- キルケアイアイエ島に住む魔女的な女神。太陽神ヘリオスの娘。薬で人を豚に変えるが、モーリュの草で守られたオデュッセウスには効かず、以後1年にわたり彼をもてなし、冥界行きの道を教える。
- 冥界訪問(ネキュイア)オデュッセウスが世界の果てで死者の霊を呼び出し、テイレシアスに帰路を問うた出来事。『オデュッセイア』第11歌全体を占める。母や戦友たちとの再会が語られ、後代の冥界下り文学の原型となった。
- セイレーン航海者を歌声で惑わし、その骨を岸辺に積み上げる海の存在。ホメロスは声の魅力だけを語り、姿も数も名も記さない。鳥の体を持つ姿や3人という数は後代の壺絵と神話誌に由来する。
- スキュラ海峡の岩の洞に棲む六つ首の怪物。通る船から必ず6人をさらう。向かいのカリュブディスと対になり、「どちらを選んでも損をする二者択一」の比喩として今も使われる。
- カリュブディス海峡の一方で海水を一日三度呑み込み、三度吐き出す渦。スキュラと向かい合い、どちらを避けても他方に近づくため、船乗りは必ずどちらかの犠牲を選ばねばならない。
- ヘリオスの牛トリナキエ島で飢えた仲間たちが太陽神ヘリオスの神聖な牛を屠った事件。テイレシアスとキルケの二重の警告を破ったため、ゼウスの雷で船は砕かれ、オデュッセウスを除く全員が死ぬ。
- カリュプソオギュギア島に住む女神(ニンフ)。難破したオデュッセウスを7年引き留め、不死と不老を与えると申し出るが、彼は故郷と妻を選ぶ。ゼウスの命でヘルメスが遣わされ、ようやく彼を送り出す。
- パイエケス人スケリエ島に住む航海の民で、王はアルキノオス。漂流の最後に流れ着いたオデュッセウスをもてなし、船で故郷へ送り届けた。その代わりにポセイドンの怒りを買う。
- イタケオデュッセウスの王国であるイオニア海の島。岩がちで馬を走らせる土地はないが「若者を育てるよき乳母」と本人が語る。『オデュッセイア』全体が、この島へ帰ろうとする物語である。
- アルゴス(犬)オデュッセウスが飼っていた猟犬。主人が出征する前に自ら育てた犬で、20年後に乞食姿で戻った主人をただ一匹で見分け、尾を振ったのち息絶える。
- メントルオデュッセウスがトロイアへ発つとき家を託したイタケの老友。『オデュッセイア』ではアテナがしばしばこの姿を借りてテレマコスを導く。「メンター(助言者)」という現代語の語源とされる人物。
- アテナゼウスの頭から武装して生まれた知恵と戦術の女神。トロイア戦争ではギリシャ側、とりわけディオメデスとオデュッセウスの後ろ盾となる。荒ぶる戦のアレスに対し、計略と工芸を司る戦の神として対置される。
- テレマコスオデュッセウスとペネロペイアの一人息子。父の不在の20年間に成長し、『オデュッセイア』の1〜4歌では父を探す旅に出る。帰還した父とともに求婚者たちを討つ。
- ペネロペイアオデュッセウスの妻、イタケの王妃。夫の留守の20年間、館に居座る求婚者たちを機知でかわし続けた。織物をほどく計略と、寝台の秘密による夫の見破りで知られる。
- テレゴノスオデュッセウスとキルケの子。父を探してイタケに渡り、それと知らずにエイの棘を付けた槍で父を殺す。叙事詩環『テレゴニア』の題名はこの人物に由来する。
- テイレシアステバイの盲目の予言者。死後も知性を保つことをペルセポネに許された唯一の霊とされる。冥界を訪れたオデュッセウスに帰路と死の予言を与える。
- ポセイドン海を支配する神で、ゼウス・ハデスの兄弟。地震と馬をも司る。『イリアス』ではギリシャ側に立つが、『オデュッセイア』では息子ポリュペモスを潰されたことを恨んでオデュッセウスの帰還を十年阻み続ける、物語の主たる敵対者。
- アルキノオスパイエケス人の国スケリエの王。漂着したオデュッセウスを手厚くもてなし、名を明かす前から帰国の船を約束する。宴の席で語られる本人の回想が『オデュッセイア』9〜12歌にあたる。
ほかの特集
- 地図で見るトロイア戦争 どこから誰が来たのかギリシャ中の王たちが船を出し、アナトリアの国々がトロイアに味方した。『イリアス』の「船の目録」をもとに、両軍がどこから来たのかを地図で見る。
- 冥界の地図 五つの川と、地上にあった入口死者の国には、どんな川が流れ、どこへ分かれ道が続くのか。ステュクス、アケロン、レテ、コキュトス、ピュリプレゲトン。ホメロスから少しずつ書き足されていった冥界の地図と、地上で「冥界の入口」とされた場所をたどる。
- 惑星と衛星の神話地図 太陽系に並ぶ、神々の家族火星のまわりを回るのは軍神の息子たち、木星のまわりにはゼウスの恋人たち、土星のまわりには子を呑んだ父の兄弟姉妹。天文学者たちが名前を選ぶとき、神話の家族関係をそのまま夜空に写した。惑星ごとに、誰がそのまわりを回っているかをたどる。