オデュッセウスは町イスマロスを攻め落とし、男たちを殺して女と財宝を分けた。すぐ逃げろと命じたが、仲間は浜で酒盛りを続けた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

Κίκονες人間
オデュッセウスたちと戦うキコネス人。17世紀の版画。 『キコネス人と戦うオデュッセウス(連作「オデュッセウスの事績」)』 テオドール・ファン・トゥルデン 1632〜1633年ごろ アムステルダム国立美術館CC0
一つ目の巨人の目を焼き、魔女の島を抜け、冥界まで行く英雄オデュッセウスの長い帰り道。その最初の一歩は、怪物退治ではなく、ありふれた略奪だった。相手は、北の海辺に住むキコネス族である。
『オデュッセイア』でオデュッセウス自身が語る、帰り道の最初の出来事を見ていこう。
トロイアを出た船団を、風はまずトラキアの海辺へ運んだ。そこにキコネス族の町イスマロスがあった。彼らは『イリアス』では、トロイアに味方して戦った同盟軍の一つに数えられている。オデュッセウスたちは町を攻め落とし、男たちを殺し、女たちと財宝を奪って、皆で公平に分け合った。
オデュッセウスは、すぐに逃げようと命じた。ところが仲間たちは、愚かにも言うことを聞かなかった。浜辺で酒をたっぷり飲み、羊や牛を次々に屠って宴を続けた。
そのあいだに、逃げのびたキコネス族は、内陸に住む仲間たちを呼び集めていた。そちらのほうが数も多く、勇敢で、戦車の上からでも、徒歩でも戦える戦士たちだった。翌朝、彼らは、季節が来て芽吹く木の葉や花のように、びっしりと押し寄せてきた。
船のそばで、槍の投げ合いが始まった。朝のうちは、数で勝る敵をどうにか押し返していた。けれども日が傾き、牛を犂から外す夕方の時刻になると、キコネス族が押し勝った。船1隻につき6人ずつの仲間が命を落とし、残りの者はかろうじて海へ逃れた。オデュッセウスは、野に倒れた仲間の名を一人ずつ三度呼んでから、船を出した。すると、ゼウスが北風を送り、嵐で陸も海も雲におおわれた。帰り道の苦難は、ここから始まる。
イスマロスでは、ひとつ良いこともあった。町に住んでいたアポロンの神官マロンとその妻子を、オデュッセウスたちは敬って手出しをしなかった。その礼にマロンは、黄金や銀の器とともに、甕12個分のぶどう酒を贈った。1杯を水20杯で割っても、なお甘い香りが立ちのぼるほど濃い、特別な酒だった。オデュッセウスは、何かの役に立つかもしれないと予感して、その酒を革袋に詰めて持ち歩いた。
その予感は当たる。のちに一つ目の巨人の洞窟に閉じ込められたとき、オデュッセウスが巨人を酔いつぶすのに使ったのが、この酒だった。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』
オデュッセウスは町イスマロスを攻め落とし、男たちを殺して女と財宝を分けた。すぐ逃げろと命じたが、仲間は浜で酒盛りを続けた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
その間に、内陸に住むもっと数が多く戦車戦に長けたキコネス族が呼び集められ、翌朝「季節の木の葉や花のように」押し寄せた。夕方には押し負け、船ごとに6人ずつ仲間を失って海へ逃げた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
このイスマロスで、アポロンの祭司マロンは家族を守ってもらった礼に、とびきり強い甘い葡萄酒をオデュッセウスに贈っていた。この酒が、次の次の寄港地でキュクロプスのポリュペモスを酔わせることになる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『イリアス』の軍勢の一覧では、キコネス族はトロイアに味方する側に数えられている。オデュッセウスの最初の略奪は、戦争の延長の相手でもあった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
キコネス族に敗れて逃げるとき、オデュッセウスは野で倒れた仲間の名を一人ずつ三度呼んでから船を出した。そこへゼウスが北風の嵐を送った。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃