後代の扱い: エウリピデス『キュクロプス』は同じ話をサテュロス劇に仕立て、シレノスとサテュロスたちを登場させる。現存する唯一の完全なサテュロス劇。
エウリピデス『キュクロプス』 前408年頃

Πολύφημος怪物
山の向こうから、眠る女を見つめる一つ目の巨人。ルドンの絵。 『キュクロプス』 オディロン・ルドン 1914年ごろPublic domain
ゲームや映画でおなじみの一つ目の巨人「サイクロプス」。ギリシャ語ではキュクロプスといい、ギリシャ神話の中でいちばん有名な一人が、このポリュペモスである。2026年のクリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』にも登場する。
ここでは、『オデュッセイア』が語るとおりに追っていく。
ポリュペモスは海の神ポセイドンの息子で、キュクロプス族の島に住んでいた。この一族は種も蒔かず畑も耕さず、集会も掟も持たない。めいめいが洞窟に住み、自分の家族だけを治めて、隣人のことなど気にかけない。旅人をもてなす、というギリシャ人の大切な決まりを知らない者たちだった。
トロイア戦争の帰り道、オデュッセウスは12人の仲間を連れて島に上陸し、大きな洞窟に入り込んだ。中にはチーズの籠が並び、子羊や子山羊の囲いがあった。主人の帰りを待っていると、夕方、巨人が羊を追って戻ってきた。巨人は戸口に大岩をはめ込んだ。四輪の荷車を22台並べても動かせないほどの岩だった。
旅人に気づいたポリュペモスは、神々など気にかけないと言い放ち、オデュッセウスの仲間を二人つかむと、子犬のように地面に叩きつけて食べてしまった。翌朝にも二人、その夜にもまた二人。
オデュッセウスは策を練った。洞窟にあったオリーブの丸太の先を尖らせて火で焼き固め、隠しておく。そして持ってきた強い葡萄酒を巨人に勧めた。すっかり気に入ったポリュペモスは、名を尋ねる。オデュッセウスは答えた。私の名は「誰でもない」だ。巨人は上機嫌で言った。ならば「誰でもない」は最後に食ってやろう。それがお前への贈り物だ。
酔いつぶれた巨人の一つきりの目に、真っ赤に焼けた丸太が突き立てられ、ねじ込まれた。ポリュペモスの叫び声に、近くの巨人たちが集まってくる。どうした、誰かにやられたのか。ポリュペモスは答えた。「誰でもない」が俺を殺す。それなら誰にもやられていないのだろう、と仲間たちは帰っていった。
朝になると、盲目の巨人は羊を放牧に出すために岩をどけ、戸口に座って出ていく羊の背をなでて確かめた。オデュッセウスたちは、羊の腹の下にしがみついて外へ出た。最後に出ていく一番の雄羊には、オデュッセウスが一人でしがみついていた。ポリュペモスはその羊に語りかける。いつもは先頭を行くお前が、どうして最後なのだ。ひどい男に潰された主人の目を、悲しんでいるのか。

船に逃げ帰ったオデュッセウスは、黙っていられなかった。巨人をあざけり、お前の目を潰したのはイタケのオデュッセウスだ、と名乗ってしまう。ポリュペモスはうめいた。昔、予言者から、オデュッセウスという者に目を奪われると聞いていた。だから大きく立派な男が来ると思っていたのに、こんな小さな弱々しい男にやられるとは。

巨人は山の頂を引きちぎって投げつけ、そして父ポセイドンに祈った。あの男を故郷に帰すな。帰すとしても遅く、仲間をすべて失い、他人の船で帰り、家では災いに出会うように。ポセイドンはこの祈りを聞き入れた。オデュッセウスの帰り道は、ここから長く険しいものになる。
のちの時代には、まるで違うポリュペモスも現れる。ローマの詩人オウィディウスの描く彼は、海のニンフに恋をして、恋の歌を歌う巨人だった。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、オウィディウス『変身物語』、クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』
後代の扱い: エウリピデス『キュクロプス』は同じ話をサテュロス劇に仕立て、シレノスとサテュロスたちを登場させる。現存する唯一の完全なサテュロス劇。
エウリピデス『キュクロプス』 前408年頃
後代の扱い: オウィディウス『変身物語』では、海のニンフ、ガラテイアに恋する牧歌的な巨人として描かれ、恋敵アキスを岩で押し潰す。ホメロスの人食い巨人とは性格が大きく異なる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
現代解釈: クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』(2026年)では、撮影現場での演技をビル・アーウィンが担当したと報じられている。
クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』 2026年7月17日公開
キュクロプス族は種を蒔かず耕さず、集会も掟も持たず、それぞれが洞窟で妻子を治めて隣人を顧みない者たちとして紹介される。歓待の掟を知らない存在として、文明の外側に置かれている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
洞窟に閉じ込めた一行のうち、二人ずつを掴んで地面に叩きつけ食らう。合計6人が食われる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
名を問うてオデュッセウスから「ウーティス(誰でもない)」と答えられ、贈り物として「ウーティスを最後に食う」と応じる。目を焼かれて叫んだとき「ウーティスがわたしを殺す」と言ったため、仲間のキュクロプスたちは「誰も害していない」と解して去った。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オリーブの木の丸太の先を火で焼き固め、四人がかりで捻じ込んで一つきりの目を潰される。マラス由来の強い葡萄酒を水で割らずに飲まされ眠り込んだところを襲われた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
脱出は羊の腹の下に縛りついて行われる。最後に出ていく雄羊に「おまえまで遅れるのは、主人の目を思ってのことか」と語りかける場面は、怪物に情を持たせた箇所として古来注目される。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
父ポセイドンに「帰らせるな。帰すとしても遅く、仲間をみな失い、他人の船で、家では災いを見るように」と祈る。この祈りが『オデュッセイア』の筋立てそのものを決める。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ポリュペモスは洞窟の戸口に、四輪の荷車22台でも地面から動かせない大岩をはめ込んだ。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オデュッセウスに名乗られたポリュペモスは、昔キュクロプスの予言者テレモスから、オデュッセウスに目を奪われると告げられていたと明かす。大きく強い男が来ると思っていたのに、ちっぽけな弱い男にやられた、と嘆く。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
20-35 シレノスとサテュロスたちがポリュペモスの奴隷になっている