ギリシャ神話の地図
ディド女王アイネイアス英雄ヘラ守り神ヘルメス使者トロイア因縁の町アイネイアスの漂流旅の途中

カルタゴ

Καρχηδών場所

アイネイアスの漂流9 / 14

世界史の授業で、ローマとカルタゴが地中海の覇権をかけて戦ったポエニ戦争を習った人は多いだろう。ローマの詩人ウェルギリウスは、この二つの国の宿命の争いの始まりを、神話の中に描いてみせた。

『アエネイス』は、冒頭でカルタゴを紹介する。北アフリカの海辺、イタリアとテヴェレ川の河口の向かいにある、豊かで戦に強い町。女神ユノが、どの土地よりも愛した町である。ユノはここに自分の武具と戦車を置き、いつかこの町が世界を治めることを願っていた。ところが女神は聞いていた。トロイアの血を引く民から、いつかこの町を滅ぼす者たちが現れる、と。ユノがトロイア人を憎む理由の一つが、ここにあった。

町を築いたのは、東の港町テュロスから逃れてきた女王ディドである。兄に夫を殺され、財宝を持って海を渡ってきた。『アエネイス』によれば、彼女たちは、牛の皮一枚で囲めるだけの土地を買い取った。後の時代のローマの歴史家ユスティヌスは、この話の続きを伝える。皮をできるだけ細い紐に切って、広い土地をぐるりと囲ったのだという。

嵐に流されてこの浜にたどり着いたのが、滅びたトロイアを逃れてイタリアを目指す英雄アイネイアスだった。丘の上から見下ろすと、町はまさに建設の最中だった。城壁を築く者、石を転がす者、港を掘る者、劇場の柱を切り出す者。蜂のように働く人々を見て、アイネイアスはつぶやいた。城壁が築かれていく人々は幸せだ。

築かれていく港町カルタゴ。
築かれていく港町カルタゴ。『カルタゴを建設するディド(カルタゴ帝国の興隆)』 J・M・W・ターナー 1815年Public domain

建設中のユノの神殿で、アイネイアスはトロイア戦争の場面を描いた壁画を見つけた。遠い異国にまで、自分たちの戦いは知られていた。その中には、自分自身の姿まであった。アイネイアスは涙を流した。

女王ディドは、トロイア人たちを温かく迎えた。やがて女王はアイネイアスを愛し、アイネイアスもこの町づくりを手伝うようになる。けれども神々の王の使いが現れ、イタリアへ向かえと命じた。アイネイアスは船出した。

都に迎えられ、滅びたトロイアの話を語るアイネイアスと、聞き入る女王ディド。
都に迎えられ、滅びたトロイアの話を語るアイネイアスと、聞き入る女王ディド。『ディドにトロイアの災厄を語るアイネイアス』 ピエール=ナルシス・ゲラン 1815年ごろPublic domain

捨てられた女王は、死ぬ前に呪いの言葉を残した。この町の民とトロイアの子孫は、海を挟んで代々争い続けよ。わたしの骨から、いつか復讐者よ現れよ。

捨てられた女王の最期。
捨てられた女王の最期。『ディドの死』 ジェラール・ド・ライレッセ派 年代不詳 シカゴ美術館CC0 (Art Institute of Chicago)

ちなみに、年代を並べてみると、ディドはアイネイアスより2世紀以上あとの人になってしまう。二人の恋は、詩の中でしか成り立たない。

この物語の出典: ウェルギリウス『アエネイス』、ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

ローマ以後の語り

『アエネイス』は冒頭で、カルタゴをイタリアとテヴェレ川の河口の向かいにある古い町、ユノがどの土地よりも愛した町として紹介する。ユノはトロイアの血筋からいつかこの町を滅ぼす民が出ると聞いており、それがトロイア人を憎む理由の一つになっている。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ディドたちは「牛の皮一枚で囲えるだけの土地」を買い、その土地を「ビュルサ」と名づけた。ウェルギリウスはここまでしか書かないが、ユスティヌスは皮をできるだけ細い紐に切って広い土地を囲ったという話まで書く。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』 2〜4世紀頃(原著トログスは前1世紀末)

アイネイアスは建設中のユノの神殿で、トロイア戦争の場面を描いた壁画を見つけ、自分たちの戦いがこんな遠い土地にまで知られていることに涙する。自分の姿もギリシャ勢の中に描かれていた。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

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アイネイアスに去られたディドは死ぬ前に、カルタゴとトロイアの子孫が海を挟んで代々争うよう呪い、「わが骨から復讐者よ現れよ」と叫ぶ。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ユスティヌスはカルタゴの建設をローマ建国の72年前とする。一方『アエネイス』では、アイネイアスの到着からロムルスのローマ建国まで300年以上ある(アスカニウスの30年とアルバ王家の300年)。両者を並べると、ディドはアイネイアスより2世紀以上あとの人になり、二人の出会いは年代の上では成り立たない。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』 2〜4世紀頃(原著トログスは前1世紀末)

名前はフェニキア語で「新しい町」を意味する語から来ている。ラテン語 Carthago を経て英語の Carthage になった。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

アイネイアスは丘の上から建設中のカルタゴを見下ろし、城壁を築き、港を掘り、劇場の柱を切り出す人々を蜂にたとえて眺め、「城壁がすでに立ち上がっていく人々は幸いだ」と言う。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

今の言葉に残る

カルタゴ / Carthage、ポエニ(Punic)英語 Carthage はラテン語 Carthago から来ており、そのもとはフェニキア語で「新しい町」を意味する名。形容詞は Carthaginian。カルタゴやその人々に関わることを表す Punic(ポエニの)はラテン語 Punicus から来ていて、前264年から前146年にかけてローマとカルタゴが戦った「ポエニ戦争(Punic Wars)」の名に残る。

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このページの出典(3件)
  1. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  2. 2〜4世紀頃(原著トログスは前1世紀末)ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』
  3. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』