ギリシャ神話の地図
カルタゴ築いた都ヘラ仕組んだ女神ヘルメス急き立てた神アイネイアスの漂流漂着した旅エロス恋の火をつけた神アイネイアス恋人イリス魂を解いた女神冥界嘆きの森
女王ディドに、トロイアの町の災厄を語るアイネイアス。ピエール=ナルシス・ゲランの作。

ディド

Διδώ人間

女王ディドに、トロイアの町の災厄を語るアイネイアス。ピエール=ナルシス・ゲランの作。 『ディドにトロイアの災厄を語るアイネイアス』 ピエール=ナルシス・ゲラン 1815年ごろPublic domain

アイネイアスの漂流9 / 14

決まった長さのひもで、いちばん広い土地を囲むには、どんな形にすればよいか。数学ではこれを「ディドの問題」と呼ぶ。牛の皮一枚で囲えるだけの土地を買い取り、そこに町を築いたという女王の言い伝えから来た名前だ。その女王が、北アフリカの都カルタゴを開いたディドである。

では、ローマの詩人ウェルギリウスが『アエネイス』に描いたディドの物語を見ていこう。

ディドは、地中海の東の岸にあったフェニキア人の町の、王家の娘だった。夫は国いちばんの金持ちだったが、王である兄が財宝に目がくらみ、祭壇の前でひそかに夫を殺した。兄は長いあいだ事実を隠していた。ところがある夜、夫の亡霊がディドの夢に現れ、胸の傷を見せて真相を告げた。そして、土の中に隠された昔の財宝のありかを教え、国を逃れよと勧めた。ディドは王を憎む者たちを集め、財宝を船に積んで海へ逃れた。たどり着いた北アフリカで、牛の皮一枚で囲えるだけの土地を買い取り、そこから町を築いていった。

そのカルタゴに、嵐で流されたトロイアの船団が漂着する。率いていたのは、落ちたトロイアから逃れてきた勇将アイネイアスだった。ディドは一行を手厚く迎えた。宴の席で膝に抱いたアイネイアスの幼い息子は、実は愛の女神に命じられた恋の神クピドが、その姿を借りたものだった。女王の胸に、アイネイアスへの恋の火がともる。

女神たちの思惑も絡んでいた。カルタゴを愛する女神ユノ(ギリシャのヘラにあたる)は、アイネイアスがここにとどまればイタリアにローマが築かれずに済むと考え、二人を結ばせようと仕組んだ。狩りの最中に嵐が起こり、ディドとアイネイアスは同じ洞窟に逃げ込んだ。ディドはこの日を、結婚の日と呼んだ。

ところが、神々の王ユピテルは、使いの神メルクリウス(ギリシャのヘルメスにあたる)を送ってアイネイアスを急き立てた。お前の使命はイタリアに新しい国を築くことだ。アイネイアスは、ひそかに船出の支度を始めた。気づいたディドは責め、泣いて引き留めたが、アイネイアスの決心は変わらなかった。

船団が港を出ていくのを見たディドは、呪いの言葉を吐いた。アイネイアスの一族とカルタゴの人々よ、永遠に争い続けよ。私の骨から、いつか復讐者が立ち上がれ。そして、自ら積ませた火葬の薪の上に登り、アイネイアスが残していった剣で胸を突いた。死にきれずに苦しむ女王を哀れんだユノは、虹の女神イリスを遣わした。イリスは女王の髪を一房切り取って冥界の王に捧げ、その魂を解き放った。

火葬の薪の上で息絶えようとする女王のもとへ、虹の女神が舞い降りる。
火葬の薪の上で息絶えようとする女王のもとへ、虹の女神が舞い降りる。『ディドの死』 ジェラール・ド・ライレッセ派 年代不詳 シカゴ美術館CC0 (Art Institute of Chicago)

のちにアイネイアスが冥界に下ったとき、恋に死んだ者たちの森で、ディドの影を見つけた。アイネイアスは涙ながらに語りかける。あなたの国を去ったのは、私の意志ではなかった。ディドは目を伏せたまま一言も答えず、最初の夫の影のもとへ去っていった。

ただし、ウェルギリウスより前に伝わっていたディドの物語に、アイネイアスは出てこない。

この物語の出典: ウェルギリウス『アエネイス』、オウィディウス『名婦の書簡』、ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』、エリック・ワイスタイン(ウルフラム・リサーチ)『マスワールド』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ウェルギリウスでは、ユノとウェヌスがそれぞれの思惑で二人を結ばせる。狩りの最中の嵐で同じ洞窟に逃げ込んだ日を、ディドは結婚と呼んだが、ユピテルの使いメルクリウスに急かされたアイネイアスはイタリアへ去る。ディドは彼の残した剣で自害する。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ユスティヌス(ポンペイウス・トログスの要約)の伝えるエリッサの話には、アイネイアスは出てこない。カルタゴが力をつけると、マウレタニア王イアルバスが結婚を求め、断れば戦争だと脅した。エリッサは受け入れる形をとったうえで火葬の薪を積ませ、その上に登って剣で命を絶った。カルタゴが続くかぎり女神として祀られたという。

ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』 2〜4世紀頃(原著トログスは前1世紀末)

ローマ以後の語り

テュロス王家の娘で、夫シュカエウスを兄の王ピュグマリオンに財宝目当てで殺された。夢に現れた夫の亡霊に真相と隠された財宝の場所を教えられ、同じ思いの者たちと船で逃れて、北アフリカに町を築いた。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

兄の名ピュグマリオンは、オウィディウスで象牙の像に恋をするキプロスの彫刻家と同じ名だが、別の人物。テュロスの王で、妹の夫を殺した悪役として出てくる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃

ウェヌスの計略で、宴の席でディドが膝に抱いたアスカニウスは、実はその姿を借りたクピドだった。アイネイアスが去ったあとも、ディドは父親の面影を求めてアスカニウスを膝に抱いていたと書かれる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

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オウィディウス『名婦の書簡』第7歌は、去っていくアイネイアスにディドが書いた手紙の形をとる。お腹に子がいるかもしれないとまで訴え、墓碑に刻む二行を自分で用意して終わる。

オウィディウス『名婦の書簡』 前15年頃

冥界でアイネイアスは、恋に死んだ者の森にディドの影を見つけ、「本意ではなかった」と涙ながらに語りかける。ディドは目を伏せたまま一言も返さず、最初の夫シュカエウスのもとへ去る。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

死の直前、アイネイアスの一族とカルタゴが永遠に争うよう呪い、自分の骨から復讐者が現れるよう願う。カルタゴとローマの戦争の起源を、一人の女王の恨みに置いた場面。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

牛の皮一枚で囲える土地を手に入れる逸話から、決まった長さの線で最大の面積を囲む数学の問題(等周問題)は「ディドの問題」と呼ばれる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、エリック・ワイスタイン(ウルフラム・リサーチ)『マスワールド』 1999年〜(2026年9月閲覧)

ディドはアイネイアスの剣を抜いて薪の上の床に伏し、「私は生きて、運命が与えた道を歩み終えた。名高い町を築き、夫の仇を兄に報いた。トロイアの船がこの岸に来さえしなければ幸せだったのに」と語って剣に伏す。死にきれない彼女を哀れんだユノがイリスを送り、イリスは髪を一房切ってディス(冥界の王)に捧げ、魂を解いた。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

カルタゴの人々は、牛の皮一枚で囲えるだけの土地を買い取り、それにちなんで城砦をビュルサと名づけた。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

今の言葉に残る

ディドの問題(等周問題)/ Dido's problem数学で、決まった長さの線と直線(海岸線)で囲める最大の面積の図形を求める問題を「ディドの問題」と呼ぶ。答えは半円。カルタゴを築いたディドが「牛の皮一枚で囲えるだけの土地」を買ったという『アエネイス』の逸話(1.365-368)から名づけられた。皮を細い紐に切って囲ったという部分はユスティヌス(18.5)で語られる。

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このページの出典(5件)
  1. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  2. 前15年頃オウィディウス『名婦の書簡』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  4. 2〜4世紀頃(原著トログスは前1世紀末)ユスティヌス『ポンペイウス・トログス『フィリッポス史』抄録』
  5. 1999年〜(2026年9月閲覧)エリック・ワイスタイン(ウルフラム・リサーチ)『マスワールド』