ギリシャ神話の地図
アプロディテ島の女神カリス湯あみの女神たちキニュラス王アガメムノン贈られた王ピュグマリオン彫刻家アドニス島の血筋アレス密会の相手

キュプロス島

Κύπρος場所

海の泡から生まれた愛の女神は、どこの岸に上がったのか。ヘシオドスの『神統記』によれば、泡の中で育った乙女は、まず聖なるキュテラ島のそばを過ぎ、それから海に囲まれたキュプロスに上がった。いまのキプロス島である。

アプロディテが「キュプロス生まれ」とも呼ばれるのは、そのためだと『神統記』は書いている。島は、愛の女神のふるさとだった。

神々をたたえる古い讃歌の一つは、この上陸をもっとあでやかに歌っている。西風の湿った息が、柔らかな泡に包まれた女神を、ざわめく海の波の上からキュプロスへ運んだ。岸では、季節の女神たちが喜んで出迎える。女神に天の衣を着せ、頭には黄金の冠を、耳には金の飾りを、首には黄金の首飾りをかけた。そうして神々のもとへ連れていくと、神々は一人残らず、この女神を妻に迎えたいと願ったという。

西風に吹き寄せられて岸に着く女神と、衣を広げて迎える季節の女神。ボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』(1485年ごろ)。
西風に吹き寄せられて岸に着く女神と、衣を広げて迎える季節の女神。ボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』(1485年ごろ)。『ヴィーナスの誕生』 サンドロ・ボッティチェッリ 1485年ごろ ウフィツィ美術館Public domain

ホメロスの『オデュッセイア』にも、女神が島へ帰る場面がある。軍神アレスとの密会を、夫の鍛冶の神ヘパイストスに見えない網で捕らえられ、神々の笑い者になったあとのことだ。網から放たれた女神は、キュプロスのパポスへ向かった。そこには女神の聖域と香り高い祭壇があり、美と優雅の女神たちが女神を湯あみさせ、神々だけが使う香油を塗って、美しい衣を着せたという。

島には、トロイア戦争の時代の王もいた。『イリアス』で総大将アガメムノンが身につける胸当ては、キュプロスの王キニュラスからの贈り物だった。ギリシャ軍がトロイアへ船出するといううわさを遠い島で聞き、王への好意のしるしに贈ったのだという。

ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』では、この島で、彫刻家ピュグマリオンの有名な話が起きる。自分で彫った象牙の乙女に恋をしたピュグマリオンは、島じゅうの人が集まるウェヌス(アプロディテ)の祭りの日に、祭壇の前で祈った。家に帰って像に口づけすると、像は温かい人間の娘になっていた。二人のあいだに生まれた娘パポスの名は、土地の名として残り、その血筋から、のちにキニュラス王が出たという。キニュラスの娘から生まれるのが、女神に愛された美少年アドニスである。

彫刻家の腕の中で、象牙の乙女が人の肌の色を帯びていく。19世紀の油彩。
彫刻家の腕の中で、象牙の乙女が人の肌の色を帯びていく。19世紀の油彩。『ピュグマリオンとガラテア』 ジャン=レオン・ジェローム 1890年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

旅行家パウサニアスは、トロイア戦争のあとの話を伝えている。アルカディアの兵を率いてトロイアへ渡った王は、帰りの嵐で船団ごとキュプロスへ流された。王はそこでパポスの町を開き、古いパポスにアプロディテの聖域を建てた。それまで島の人々は、別の土地で女神を祀っていたという。

島の名は、ある金属の名にも残っている。ローマ人は、この島でよく採れた銅を「キプロスの金属」と呼んだ。それが縮まってラテン語の銅の名になり、英語の copper も、元素記号の Cu も、そこから来ている。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、オウィディウス『変身物語』、パウサニアス『ギリシア案内記』、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

ローマ以後の語り

オウィディウスでは、キュプロスの彫刻家ピュグマリオンが象牙で彫った乙女に恋をし、島じゅうで祝われるウェヌスの祭りの日に祈ると、像は人間になった。二人の娘パポスの名は土地の名になり、その血筋からキニュラスが生まれた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

トロイアへアルカディア人を率いたアガペノルは、帰りの嵐で船団ごとキュプロスへ流され、パポスを創建し、古パポスにアプロディテの聖域を建てた。それまでキュプロスの人々は、ゴルゴイと呼ばれる地で女神を祀っていた。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

もっと詳しく

泡から生まれた乙女は、まず聖なるキュテラのそばに来て、それから海に囲まれたキュプロスに上がった。泡から生まれたのでアプロディテ、キュテラに着いたのでキュテレイア、波に洗われるキュプロスで生まれたのでキュプロゲネスと呼ばれる、と『神統記』は名の由来を並べる。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

『オデュッセイア』で、ヘパイストスの網から解かれたアプロディテはキュプロスのパポスへ行った。そこには女神の聖域と香り高い祭壇があり、カリスたちが女神を湯あみさせ、神々の不死の香油を塗って美しい衣を着せた。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

アガメムノンの胸当ては、かつてキニュラスが客への贈り物として与えたもので、ギリシャ軍がトロイアへ船出するという大きなうわさをキュプロスで聞き、王を喜ばせるために贈ったものだった。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

今の言葉に残る

銅(copper)・元素記号 Cu英語で銅を copper、元素記号で Cu と書くのは、キプロス島の名から。ローマ人は、銅がよく採れたこの島にちなんで銅を「キプロスの金属」(aes Cyprium)と呼び、それが縮まって後期ラテン語の cuprum になった。英語 copper、ドイツ語 Kupfer、記号の Cu は、みなここから出ている。キプロスは、海の泡から生まれた女神アプロディテが上がった島。ローマのプリニウスは『博物誌』で、銅が最初に見つかったのはキプロスだとし、ものの発明者を並べた箇所でも、銅の鉱山が最初に見つかった場所としてこの島を挙げている。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  5. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』