アポロドーロスの系譜: エオスにさらわれたケパロスの子孫サンドコスが、キリキアに町を建て、その子キニュラスが人々を連れてキュプロスに渡り、パポスを建てた。キュプロス王ピュグマリオンの娘メタルメを妻とし、息子オクシュポロスとアドニス、娘オルセディケ、ラオゴレ、ブライシアをもうけた。娘たちはアプロディテの怒りで異国の男たちと交わり、エジプトで生涯を終えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
Κινύρας人間
美の女神アプロディテに愛された美少年アドニス。その父キニュラスは、同時にアドニスの祖父でもあった。少なくとも、ローマの詩人オウィディウスの伝える話では。
地中海の島キプロスの伝説の王キニュラス。作品によってまったく違う顔を見せるこの王を、古いほうから順に見ていこう。
いちばん古い姿は、『イリアス』にある。トロイア戦争の総大将アガメムノンが出陣の支度をする場面で、身につけた胸当ての由来が語られる。それはかつてキニュラスが客人への贈り物として贈ったものだった。ギリシャ勢がトロイアへ船出するという大きな噂が、遠くキプロスまで届いたので、王の機嫌をとるために贈ったのだという。胸当てには、黒い青と金と錫の帯が何本も走り、首元へ向かって、ゼウスが雲にかける虹のような青い蛇が、両側に3匹ずつ伸び上がっていた。
前5世紀の詩人ピンダロスは、キプロスの人々はしばしばキニュラスをたたえて歌う、と言う。金髪のアポロンに心から愛され、愛の女神アプロディテに仕えた神官。富と神々の寵愛に恵まれた王の典型として、名前が挙がる。
アポロドーロスは、系譜を伝えている。キニュラスは、曙の女神にさらわれた若者の子孫で、人々を率いてキプロスに渡り、町を築いた。キプロス王の娘を妻とし、息子アドニスと、ほかに何人かの子をもうけた。
ところが、オウィディウスの『変身物語』では、事情がまったく違う。そこでは、キニュラスは、象牙の像に恋をした彫刻家ピュグマリオンの孫にあたる。語り手である詩人オルペウスは、彼をこう紹介する。子どもさえいなければ、幸せな人の一人に数えられたかもしれない。
王の娘の一人が、あろうことか父に恋をしてしまった。東方じゅうから求婚者が集まり、父にどんな夫がいいかと尋ねられると、あなたに似た人、と答えた。父はその意味に気づかず、娘の孝行ぶりをほめた。思いつめた娘は首をくくろうとし、年老いた乳母に止められて、わけを打ち明けた。
ちょうど穀物の女神の祭りで、王妃が9夜のあいだ夫と床を別にしていた。乳母は、酒に酔った王のもとへ、名を伏せて若い娘を連れていった。何夜目かに、王は相手の顔が見たくなり、明かりを持ち込んだ。娘だと知った王は、言葉もなく剣を抜いた。娘は闇にまぎれて逃げ、長い放浪の末に、没薬の木に姿を変えた。その木から生まれたのがアドニスである。

アポロドーロスが引く別の詩人の形では、父親はキニュラスではなく、別の国の王とされている。悲劇の王としてのキニュラスは、伝えの一つにすぎない。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ピンダロス『祝勝歌集』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
アポロドーロスの系譜: エオスにさらわれたケパロスの子孫サンドコスが、キリキアに町を建て、その子キニュラスが人々を連れてキュプロスに渡り、パポスを建てた。キュプロス王ピュグマリオンの娘メタルメを妻とし、息子オクシュポロスとアドニス、娘オルセディケ、ラオゴレ、ブライシアをもうけた。娘たちはアプロディテの怒りで異国の男たちと交わり、エジプトで生涯を終えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスの系譜と悲劇: ピュグマリオンと命を得た像の娘パポスがキニュラスを生んだ。オルペウスは「子がなければ、幸福な人の一人に数えられたかもしれない」と彼を紹介する。妻ケンクレイスがケレスの祭で床を離れているあいだ、酔ったキニュラスは乳母に連れて来られた娘を娘と知らずに迎え、何夜目かに明かりで顔を見て、娘だと知ると剣を抜いた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ホメロスのキニュラスは、トロイア戦争に直接かかわる。『イリアス』第11巻でアガメムノンが身につける胸当ては、かつてキニュラスが客人への贈り物として贈ったもので、キュプロスまで届いた「アカイア人がトロイアへ船出する」という大きな噂を聞き、王の機嫌をとるために贈ったのだという。のちの変身物語の悲劇の王とは、まったく違う姿で登場する。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
前5世紀のピンダロスは、キュプロスの人々がしばしばキニュラスを歌うと言い、彼を「金髪のアポロンが心から愛した、アプロディテの神官」と呼ぶ。別の歌では、かつてキュプロスでキニュラスに富を積み上げた幸運を引き合いに出している。富と神々の寵愛に恵まれた王の典型として扱われている。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
キニュラスの名は、東方の竪琴(ヘブライ語 kinnor など)と結びつけて説明されることが多い。アポロンの寵愛を受けた楽人王という性格と重ねる見方もある。
キニュラスがアガメムノンに贈った胸当てには、黒青(キュアノス)の帯10本、金の帯12本、錫の帯20本があり、首元に向かって虹のような青い蛇が両側に3匹ずつ伸びていた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃