アルカディアは古代ギリシャで田園生活の理想郷と考えられ、17世紀の絵画や文芸に影響を与え、のちに牧歌的理想郷の代名詞となった。牧人の楽園という考えは、現実のアルカディアから地理的にも時代的にも離れるにつれて強くなった。
小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)
Ἀρκαδία場所
アルカディアという言葉を、理想郷の意味で聞いたことがあるかもしれない。日本大百科全書によれば、古代ギリシャで田園の暮らしの理想郷と考えられたこの土地の名は、のちに牧歌的な理想郷の代名詞になった。ただ、牧人たちの楽園という考えは、本物のアルカディアから、場所も時代も遠く離れるほど強くなっていったという。
本物のアルカディアは、ギリシャ南部、ペロポネソス半島の真ん中の、高い山と谷に囲まれた土地である。
同じ百科事典によれば、この土地はギリシャ神話とかかわりが深く、神々の使者ヘルメスも、牧神パンも、ここで生まれたと伝えられている。ローマの詩人オウィディウスは、アルカディアの寒い山にいた水のニンフの話を書いている。牧神パンに言い寄られた娘は逃げ、川に行く手をふさがれると、姉妹のニンフたちに姿を変えてほしいと願った。パンが抱きとめたのは、娘ではなく沼の葦だった。ため息をつくと、風が葦を鳴らし、悲しげな音がした。パンは長さの違う葦を蝋でつなぎ、娘の名で呼ばれる笛を作ったという。
土地の名は、ある王の名から来ている。旅行家パウサニアスによれば、昔この地は別の名で呼ばれていた。のちに王となったアルカスが、穀物の育て方やパンの焼き方、衣の織り方を人々に教え、それからこの土地はアルカディア、人々はアルカディア人と呼ばれるようになった。アルカスは、ゼウスに愛されて熊に変えられた娘の子である。

恐ろしい話も残っている。同じパウサニアスによれば、昔のある王は、山の上のゼウスの祭壇に人間の赤子をささげ、その血を祭壇に注いだ。すると、その場で人から狼に変えられてしまったという。パウサニアスは、この話を信じると書いている。昔の人は正しく信心深かったので神々と食卓を共にし、善い者は神々にたたえられ、罪を犯した者はその場で罰を受けたのだ、と。いまは罪が世にはびこり、神々の怒りはあの世まで持ち越されるようになった、とも嘆いている。
百科事典によれば、アルカディアを理想郷とする考えは、17世紀の絵画や文芸にも影響を与えた。同じころの画家プッサンは、アルカディアの牧人たちが、野に立つ墓の文字を指でたどる場面を描いている。神々の生まれた山の国は、遠く離れた人々の想像の中で、もうひとつの顔を持つようになった。

この物語の出典: オウィディウス『変身物語』、パウサニアス『ギリシア案内記』、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』
アルカディアは古代ギリシャで田園生活の理想郷と考えられ、17世紀の絵画や文芸に影響を与え、のちに牧歌的理想郷の代名詞となった。牧人の楽園という考えは、現実のアルカディアから地理的にも時代的にも離れるにつれて強くなった。
小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)
アルカディアはギリシャ神話とかかわりが深く、ヘルメスやパンはここの生まれと伝えられる。
小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)
カリストの子アルカスは王となり、トリプトレモスに学んだ穀物の栽培、パンの焼き方、衣の織り方を人々に教えた。この王から、土地はペラスギアに代わってアルカディア、人々はアルカディア人と呼ばれるようになった。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
ペラスゴスの子リュカオンは、リュカイオン山のゼウスの祭壇に人間の赤子をささげてその血を注ぎ、その直後に人から狼に変えられた。パウサニアスはこの話を信じるとし、昔の人は正しく信心深かったので神々と食卓を共にし、善い者はたたえられ、罪人は目に見える形で罰を受けたのだと書く。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀