出自は出典で割れる。アポロドーロスのまとめでは、エウメロスらはアルカディア王リュカオンの娘、ヘシオドスはニンフの一人、アシオスはニュクテウスの娘、ペレキュデスはケテウスの娘とする。オウィディウスはリュカオンの娘とし、熊になった彼女が狼を恐れる場面に「父がその中にいるのに」と添える(リュカオンは狼に変えられていた)。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Καλλιστώ人間
ディアナ(アルテミス)と従者のカリスト。ティツィアーノの作。 『ディアナとカリスト』 ティツィアーノ 1556〜1559年Public domain
木星には、1610年にガリレオが見つけた四つの大きな衛星がある。その一つの名がカリスト。英語で北極を arctic というが、その語源をたどると、ギリシャ語の「熊」、そして夜空の大熊座に行き着く。衛星の名も、北極という言葉も、熊に変えられて星になった一人の娘、カリストの物語につながっている。
その娘の身に何が起きたのか、ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』を中心に見ていこう。
カリストは、狩りの女神アルテミスに付き従う娘だった。髪を無造作に結び、槍と弓を手に森を駆け、女神の一行の中でも、女神にいちばん気に入られていた。女神に従う娘たちは、結婚せず、処女を守ると誓っていた。
ある暑い昼、狩りに疲れたカリストは、弓の弦をゆるめ、矢筒を枕に草の上で休んでいた。見ていたのは、神々の王ゼウスだった。これなら妻にも気づかれまい。気づかれたとしても、それだけの値打ちはある。ゼウスは女神アルテミスの姿に化けて近づき、どこで狩りをしていたのかと声をかけた。カリストは身を起こして答えた。ようこそ、私の女神さま。ゼウスよりも偉大なお方。ゼウスご本人に聞かれても構いません。ゼウスは笑って聞いていた。そして、正体を現し、娘を力ずくで自分のものにした。
カリストは誰にも言えなかった。女神のそばに寄り添うこともなく、うつむいて黙りこんだ。9か月ほどたったある日、女神は一行と冷たい泉に来て、ここなら誰も見ていない、皆で水浴びをしましょう、と言った。ためらうカリストの衣を仲間たちがはぎ取ると、身ごもっていることが明らかになった。女神は、泉を汚すなと言って、彼女を一行から追い出した。
生まれた男の子はアルカスと名づけられた。それを知ったゼウスの妻ヘラは激しく怒り、カリストの髪をつかんで地面に引き倒した。許しを請う腕が黒い毛におおわれ、手は曲がって鋭い爪が伸び、ゼウスにほめられた顔は大きく裂けた口に変わった。言葉も奪われ、喉からはうなり声しか出ない。けれども心だけは、もとのままだった。狩人だったのに猟犬に追われて逃げ、熊なのに山で熊を見ると震え、狼を恐れた。その狼の群れの中には、狼に変えられた自分の父がいたのに。
15年がたち、アルカスは狩人に育った。森で一頭の熊に出会う。熊は息子に気づき、じっと見つめて近づこうとした。何も知らない若者は、槍をかまえて母の胸を突こうとした。その瞬間、ゼウスが二人を風に乗せて天へ運び、隣り合う星にした。
ヘラの怒りはおさまらなかった。女神は海の神オケアノスとその妻のもとへ下り、あの星を決して海の水に浸からせないでほしいと頼んだ。『イリアス』や『オデュッセイア』は、大熊座だけは同じところを回り続けて、海に沈むことがないと書いている。オウィディウスは、その理由をこの物語で与えたのである。
アポロドーロスは、別の結末も伝えている。熊になったカリストを射殺したのはアルテミス自身で、処女の誓いを守らなかったことに怒ったからだ、というのである。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
出自は出典で割れる。アポロドーロスのまとめでは、エウメロスらはアルカディア王リュカオンの娘、ヘシオドスはニンフの一人、アシオスはニュクテウスの娘、ペレキュデスはケテウスの娘とする。オウィディウスはリュカオンの娘とし、熊になった彼女が狼を恐れる場面に「父がその中にいるのに」と添える(リュカオンは狼に変えられていた)。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスは、誰が熊にし、誰が殺したかの異説を並べる。ゼウスがヘラの目を逃れるために熊に変え、ヘラがアルテミスをそそのかして野獣として射させた、という説。アルテミス自身が、処女を守らなかったことに怒って射た、という説。ゼウスが化けたのもアルテミスとする説とアポロンとする説がある。死後、ゼウスは子をアルカディアでマイアに育てさせ、カリストを星にして「熊」と名付けた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスの形: ユピテルはディアナ(アルテミス)の姿に化けて近づき、カリストを犯す。数か月後、女神と仲間たちの水浴びで身ごもったことが露見し、一行から追放される。生まれた子アルカスを見たユノは怒り、カリストを熊に変えた。15年後、狩人に育ったアルカスが母とは知らずに熊を槍で突こうとした瞬間、ユピテルが二人を天に上げて隣り合う星座にした。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ギリシャ語 ἄρκτος は「熊」で、同時に大熊座と北の方角も指した。そこから「熊座の」を意味する arktikos が生まれ、英語 arctic(北極の)になった(14世紀後半から)。木星の衛星カリストもこの娘の名で、17世紀に付けられたが広く使われたのは19世紀半ばから。
アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』 1958年〜(2026年9月閲覧)、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
アルテミスに化けたユピテルに声をかけられたカリストは、「女神さま、ユピテルよりも偉大なお方、本人に聞かれても構いません」とあいさつし、ユピテルは笑って聞いていた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
15年後、狩人に育ったアルカスは、自分を見つめて近づこうとする熊を母と知らずに槍で突こうとし、その瞬間ユピテルが二人を天に運んで隣り合う星にした。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ホメロスは、大熊座(「車」とも呼ばれる)が同じ所を回り続け、「ただひとつオケアノスの水浴びにあずからない」、つまり水平線の下に沈まない星座だと歌う。ただしカリストの名も、熊になった娘の話も出てこない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オウィディウスは、ホメロスが歌った「熊座は海に沈まない」ことの理由を物語で与える。恋敵が星になったことに怒ったユノが、海の神オケアノスとテテュスのもとへ下り、あの星を海の水に浸からせないでほしいと頼んだ、という結末。ユノはこのとき、牝牛に変えられたイオが元の姿に戻された例も引いて嘆いている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃
8.4.1 カリストの子アルカスが王に
うしかい座・アルクトゥルス(Boötes, Arcturus)大熊(おおぐま座)の後ろに続く星座がうしかい座。そのいちばん明るいオレンジ色の星がアルクトゥルスで、ギリシャ語で「熊の番人」という意味になる。語源辞典によれば、大熊の後を追うこの星座は、「熊の番人」とも「牛飼い」(ボーテス)とも呼ばれた。英語のアルクトゥルスは14世紀後半から記録がある。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』は、この星座の人物を、熊に変えられたカリストとゼウスのあいだの子アルカスだとする伝えを挙げる。熊になった母の後ろに、息子が番人として続いていることになる。別の人々は、正しく信心深かったので酒の神から葡萄の木と葡萄酒を授かった男だと言った、とも書いている。
カリスト(木星の衛星)/ arctic(北極の)木星の4大衛星の一つカリストは、1610年にガリレオが発見した(NASA)。名前は熊に変えられたカリストから取られ、17世紀に付けられたが、広く使われたのは19世紀半ばから(etymonline)。ヒュギヌス『天文譜』によれば、このカリストが星になったのが大熊座である。大熊座とのつながりは、北極を指す英語 arctic にも残る。ギリシャ語 arktos は「熊」で、同時に大熊座と北の方角も意味し、「熊座の」を表す arktikos が arctic の元になった(14世紀後半から)。
おおぐま座・こぐま座(北斗七星と北極星)国立天文台によれば、北斗七星はそれ自体では88星座に数えられず、もっと広いおおぐま座の一部である。そのおおぐま座の熊は、熊に変えられた娘カリストだ。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、カリストは女神アルテミスに仕える狩りの娘だったが、ゼウスに身ごもらされ、熊の姿に変えられた。変えたのはアルテミスだとも、ヘラだとも、ゼウス自身だとも伝えられる。のちに成長した息子が、それと知らずに母の熊を追いつめたとき、ゼウスが二人を哀れんで星にした。この星座は一年中沈まない。同じ本によれば、それはヘラの育ての親である海の女神テテュスが、夫の浮気相手を海に迎え入れようとしないからだという。こぐま座のほうは、幼いゼウスを育てたニンフの一人だとする説があり、その名キュノスラは、ギリシャ語で「犬のしっぽ」の意味にもなる。語源辞典によれば、英語の cynosure(人の目を集めるもの、注目の的)はこの星座の古い名から来ていて、1590年代から使われている。しっぽの先に、航海の目印になる北極星があるからである。もっとも、古代にはこの星はまだ北極星ではなかった。ヒュギヌスによれば、こぐま座は、それを頼りに航海するフェニキア人にちなんで「フェニキアの熊」とも呼ばれた。