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惑星と衛星の神話地図 太陽系に並ぶ、神々の家族

火星のまわりを回るのは軍神の息子たち、木星のまわりにはゼウスの恋人たち、土星のまわりには子を呑んだ父の兄弟姉妹。天文学者たちが名前を選ぶとき、神話の家族関係をそのまま夜空に写した。惑星ごとに、誰がそのまわりを回っているかをたどる。

惑星はローマの名、そのもとはギリシャの神

太陽系の惑星の名は、ほとんどがローマの神の名である。けれど、そのローマの神々は、それぞれギリシャの神と同じものとみなされてきた。天を速く駆ける使者メルクリウス(ヘルメス)は、太陽のいちばん近くを速く回る水星に。愛と美の女神ウェヌス(アフロディーテ)は金星に。軍神マルス(アレス)は、血のような色をした火星に。

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いちばん大きな木星は神々の王ユピテル、つまりゼウス。土星のサトゥルヌスは、ゼウスの父クロノスにあたる。英語の Saturday(土曜日)も「サトゥルヌスの日」で、さかのぼればギリシャ語の「クロノスの日」の訳だった。

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望遠鏡の時代に見つかった惑星にも、この並びが引き継がれた。1781年に天王星を見つけたハーシェルは、国王ジョージ3世にちなむ「ジョージの星」を提案した。それに対し、ドイツの天文学者ボーデが、ほかの惑星とそろう名として出したのが Uranus。天そのものを神にしたウラノス、クロノスの父の名である。1846年に見つかった海王星は海の神ネプトゥヌス(ポセイドン)、1930年に見つかった冥王星は、冥界の王ハデスのもう一つの名プルトンのラテン語形プルトになった。

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火星 軍神のお供をする二人

火星の衛星フォボス(NASA の探査機の写真)
火星の衛星フォボス(NASA の探査機の写真)NASA/JPL-Caltech/アリゾナ大学(HiRISE)『火星の衛星フォボス(カラー画像)』2008年3月23日撮影・Public domain

火星には、フォボスとダイモスという小さな衛星が二つある。1877年8月にアメリカの天文学者アサフ・ホールが見つけ、軍神アレスの息子たちの名を付けた。フォボスは「恐れ」、ダイモスは「おののき」。英語の phobia(恐怖症)も、この phobos から来ている。

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二人は、ヘシオドスの『神統記』ではアレスとアフロディーテの子で、戦場で兵の隊列を乱して追い散らす神々だ。『イリアス』では、息子を討たれたと聞いたアレスが、この二人に命じて自分の戦車に馬をつながせる。軍神の供をする兄弟が、そのまま火星のまわりを回っている。

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フォボスのいちばん大きなクレーターには、ホールの妻で数学者のクロエ・アンジェリーン・スティックニー・ホールの名が付いている。JAXA の火星衛星探査計画 MMX は、このフォボスに降りて砂を採り、地球へ持ち帰ることを目指している。

近現代NASA公式サイト近現代火星衛星探査計画(MMX)(JAXA宇宙科学研究所)

木星 ゼウスの恋人たちの星

木星の衛星エウロパ(NASA の探査機ガリレオの写真)
木星の衛星エウロパ(NASA の探査機ガリレオの写真)NASA/JPL/DLR(探査機ガリレオ)『木星の衛星エウロパ』1996年9月7日(コモンズの日付)・Public domain

木星の大きな衛星四つは、1610年にガリレオが見つけた。ガリレオ自身は番号とメディチ家の名で呼んでいて、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストという神話の名は17世紀に提案されたものの、広く使われるようになったのは19世紀の半ばからだった。牝牛に変えられたイオ、牡牛にさらわれたエウロペ、ゼウスにさらわれたトロイアの若者ガニュメデス、熊に変えられたカリスト。どれもゼウスに愛された者たちである。

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いまでは、木星の衛星にはゼウスの恋の相手や子孫の名を付ける決まりになっている。白鳥の姿のゼウスと結ばれたレダ。身ごもったままゼウスに呑み込まれた最初の妻、知恵の女神メティス。赤ん坊のゼウスを育てた乳母アマルテイアの名の衛星アマルテアは、木星のすぐ近くを回っている。

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決まりは語尾にまで及ぶ。外側を回る衛星のうち、木星の自転と同じ向きに回るものは名前がおおむね a で終わり、逆向きのものは e で終わる。逆向きに回るアナンケ(Ananke、「必然」の女神)の最後が e なのは、そのためだ。

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2016年から木星を回っている NASA の探査機ジュノーは、ゼウスの妻ヘラのローマ名ユノから名付けられた。NASA の子ども向けサイトによれば、ユピテルはいたずらを隠すために雲をまとったが、妻のユノは雲を見通して夫の正体を暴いた。探査機も、木星の分厚い雲の下をのぞき込む。もとになった場面は、オウィディウスの『変身物語』で、イオを追うゼウスが地上を闇の雲で覆い隠したところにある。

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土星 子を呑んだ父のまわりに

ゴヤが描いた、わが子を喰らうサトゥルヌス(クロノス)
ゴヤが描いた、わが子を喰らうサトゥルヌス(クロノス)フランシスコ・デ・ゴヤ『わが子を喰らうサトゥルヌス』1820〜1823年・Public domain

土星でいちばん大きな衛星タイタンは1655年に見つかり、はじめはラテン語で「土星の月」とだけ呼ばれていた。いまの名を付けたのは天文学者ジョン・ハーシェルである。土星の衛星の名について、彼はこう書いた。サトゥルヌスは自分の子を呑み込んでしまったので、家族をまわりに集められない。だから兄弟姉妹のティタンたちから選んだ、と。

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こうして土星のまわりには、ティタンの一族が並んだ。クロノスの妻でゼウスの母のレア。太陽ヘリオス、月セレネ、曙エオスの父ヒュペリオン。そしてイアペトスと、その息子たちアトラス、プロメテウス、エピメテウス。兄弟の忠告を聞かずにエピメテウスが受け入れた女性パンドラの名の衛星もあって、神話の一家がそろっている。

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プロメテウスとパンドラは、土星の細い環をはさんで内と外を回る。NASA によれば、プロメテウスは環の粒が広がらないよう押さえる役目をするのに、パンドラは環をかき乱しがちだという。神々が災いの贈り物として人間に送りこんだ女性の名に、ふさわしい働きである。

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衛星の上には、物語がもう一段書きこまれている。テティス(テテュス)の地形には『オデュッセイア』の人物や場所の名が付けられ、同じ軌道の後ろを、オデュッセウスを七年引き留めた女神カリュプソの名の小さな衛星が追いかけている。アフロディーテの母の名を持つディオネの地形には、アフロディーテの息子アイネイアスの旅を語る『アエネイス』の名が付いている。

近現代NASA公式サイトホメロスオデュッセイアローマ期アエネイス

巨人たちの名もある。巨大なクレーターのせいで映画『スター・ウォーズ』のデス・スターに似ていると言われるミマス。神々との戦いで、逃げるところへ女神アテナにシチリア島を丸ごと投げつけられた巨人の名を持つエンケラドゥスは、表面から氷の粒とガスを噴き上げている。

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海王星と冥王星 海の神の息子、冥界の渡し守

海王星の衛星トリトンは、海王星そのものが見つかってわずか17日後に見つかった。NASA の説明では、ポセイドンの息子の名である。1949年に見つかった衛星ネレイドの名は、海の老神ネレウスの娘たち、海のニンフから来ている。

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冥王星のいちばん大きな衛星は、死者を冥界へ渡す渡し守カロン。1978年に見つけたジェームズ・クリスティーがこの名を選んだのは、冥王の星にふさわしいうえ、最初の4文字が妻シャーリーン(Charlene)と同じだったからだ、と NASA は紹介している。

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そのまわりには、夜の女神ニュクスにちなむニクス、冥界の番犬ケルベロス、ヘラクレスが倒した水蛇ヒドラの名の衛星も回る。ニュクスの名がニクスなのは、ギリシャ語の Nyx がすでに小惑星の名に使われていたので、同じ女神のエジプトでの呼び名にあたる綴りを選んだからだという。

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2005年に確かめられ、冥王星が惑星から外されるきっかけになった準惑星は、不和と争いの女神エリスと名づけられた。その衛星ディスノミア(無法)は、エリスの娘の名である。

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月と曙

オーブレが描いた、月の女神セレネ
オーブレが描いた、月の女神セレネアルベール・オーブレ『セレネ』1880年・Public domain

地球の月そのものには、新しい名は付かなかった。けれど NASA によれば、月の成り立ちを説明する考えのほとんどに共通して、太陽系ができたころ、火星ほどの大きさの天体が若い地球にぶつかり、飛び散った物質から月ができたとされる。その天体は、月の女神セレネの母にあたるティタンの女神の名をとって「テイア」と呼ばれている。

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セレネの名は、元素にも残った。1818年にスウェーデンの化学者ベルセリウスは、新しい元素をギリシャ語の selēnē(月)からセレンと名づけた。先に見つかっていたテルルが地球にちなむ名だったので、対になる月の名を選んだのである。

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セレネの姉妹、曙の女神エオスは、ローマではアウロラと呼ばれた。北極光を指す aurora borealis は「北の曙」という意味のラテン語で、17世紀のフランスの哲学者ガッサンディが名づけたと言われる。borealis は北風の神ボレアスの名から来ている。ヘシオドスによれば、そのボレアスもエオスの子である。

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木星の軌道の前と後ろには、トロイア戦争の英雄の名を持つ小惑星の群れ、トロヤ群がある。前を行く群れはギリシャ陣営、後ろを行く群れはトロイア陣営と決まっているが、最初の命名のせいで、ギリシャ方のパトロクロスがトロイア陣営に、トロイアの王子ヘクトルがギリシャ陣営に入っている。

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