ホメロスは二人を「仲間」と呼ぶだけで、恋愛関係とは書かない。それを明示するのは古典期以降の読みである。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、プラトン『饗宴』 前4世紀前半

Πάτροκλος英雄
パトロクロスの亡骸を抱いて嘆くアキレウス。ハミルトンの絵。 『パトロクロスの死を嘆くアキレウス』 ギャヴィン・ハミルトン 1760〜1763年 スコットランド国立美術館Public domain
2004年の映画『トロイ』で、パトロクロスはアキレウスの年若いいとことして登場する。アキレウスの鎧を無断で身に着けて出撃し、トロイアの総大将ヘクトルに討たれてしまう。
叙事詩『イリアス』に描かれたパトロクロスは、映画とはずいぶん違う人物だ。アキレウスにとってどんな存在だったのか、原典の順にたどってみよう。
パトロクロスは、アキレウスより年上の仲間だった。少年のころ、遊びのさいころのもめごとから、うっかり相手の子を殺してしまう。父に連れられて故郷を逃れ、身を寄せた先が、アキレウスの父である王の館だった。二人はそこで一緒に育つ。
トロイア戦争の10年目、アキレウスは総大将アガメムノンと仲たがいし、戦いから手を引いた。ギリシャ方はトロイア勢に押しまくられ、名だたる将たちが次々と傷を負う。ギリシャ方の老将が、パトロクロスに頼んだ。アキレウスが戦わないなら、せめてお前がアキレウスの鎧を借りて出てくれ。トロイア人はアキレウスが戻ったと思って怯むだろう、と。
パトロクロスは泣きながらアキレウスのもとへ戻った。アキレウスは言う。なぜ泣いているのだ。母親の後を追いかけ、裾をつかんで、抱き上げてくれと泣きながら見上げる幼い女の子のようだ、と。
アキレウスは鎧を貸した。ただし、釘を刺す。船から火を追い払ったら戻ってこい。深追いしてトロイアの城まで攻めてはいけない、と。
鎧をまとったパトロクロスが出撃すると、トロイア勢は本当にアキレウスが来たと思って逃げ出した。パトロクロスは敵を次々に倒し、ゼウスの息子で、トロイアの援軍に来ていた王まで討ち取る。ゼウスは我が子を救いたいと思いながら、運命に従って見送るしかなかった。
勢いに乗ったパトロクロスは、アキレウスの言いつけを忘れ、トロイアの城壁に攻め上がった。三度よじ登りかけ、三度、アポロンの手に突き落とされる。四度目に向かったとき、神は叫んだ。退け。トロイアはお前の槍で落ちる定めではない。お前よりはるかに強いアキレウスの槍でもない、と。
それでも戦いをやめなかったパトロクロスの背後に、霧に包まれたアポロンが立ち、背中を打った。兜は転げ落ち、槍は折れ、楯も落ちる。呆然としたところを若い戦士に背中から突かれ、最後にヘクトルの槍が下腹を貫いた。息絶える前に、パトロクロスはヘクトルに告げる。お前も長くは生きられない。アキレウスの手にかかって死ぬ、と。
知らせを聞いたアキレウスは、両手で灰をすくって頭からかぶり、地に伏して髪をかきむしった。アキレウスのもとにいた捕虜の娘も、亡骸にすがって泣き崩れる。あなたはいつも優しかった。私をアキレウスの正式な妻にして、故郷で婚礼を挙げさせると言ってくれた、と。
その夜、パトロクロスの霊がアキレウスの夢に現れる。早く葬ってほしい。そして、子どものころ一緒に育ったように、自分の骨をお前の骨と同じ壺に納めてくれ、と。
パトロクロスの死は、アキレウスを戦場に呼び戻した。アキレウスはヘクトルを討ち、パトロクロスのために盛大な葬儀と競技会を開く。戦いの外にいた最強の戦士を動かしたのは、一人の仲間の死だった。
『イリアス』は二人を「仲間」と呼ぶだけで、恋人とは書いていない。後の時代のアテナイでは恋人同士として読まれ、どちらが愛する側だったかをめぐって議論まであった。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、プラトン『饗宴』、ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』
ホメロスは二人を「仲間」と呼ぶだけで、恋愛関係とは書かない。それを明示するのは古典期以降の読みである。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、プラトン『饗宴』 前4世紀前半
プラトン『饗宴』のパイドロスは、パトロクロスこそ「愛する側」でアキレウスが「愛される側」だとし、アキレウスを愛する側としたアイスキュロスを名指しで否定する。古代の内部でも解釈が割れていた。
アイスキュロス『ミュルミドネス(散逸)』 前5世紀前半、プラトン『饗宴』 前4世紀前半
映画『トロイ』(2004)ではアキレウスの若い従兄弟として描かれ、無断で武具を着て出撃して討たれる。血縁に置き換えた現代解釈。
ウォルフガング・ペーターゼン監督『映画『トロイ』』 2004年
少年のころ、賭け事の諍いから人を殺してしまい、父メノイティオスに連れられて故郷オプスからペレウスの家へ逃れた。アキレウスとはそこで一緒に育った、いわば居候の兄である。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アキレウスの武具を借りて出撃する。アキレウスは「船から火を追い払ったら戻れ」と釘を刺すが、勢いに乗って城壁まで攻め上がってしまう。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
殺され方が三段構えになっている。まずアポロンが背を打って兜も槍も楯も落とさせ、次にエウポルボスが背中を突き、最後にヘクトルが下腹を貫く。ヘクトル一人の手柄ではない、と詩は念を押している。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
息を引き取る間際、ヘクトルに「お前も長くは生きない、アキレウスの手にかかる」と告げる。死者の予言が的中する『イリアス』の型。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
葬礼と葬礼競技が『イリアス』23巻を占める。幽霊となって現れ、自分の骨をアキレウスの骨と同じ壺に納めてくれと頼む。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パトロクロスが泣きながら戻ると、アキレウスは、母の後を追って裾をつかみ抱き上げてくれと泣いて見上げる幼い娘のようだ、と言う。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パトロクロスは三度トロイアの城壁に取りつき、三度アポロンに楯を突かれて押し戻される。四度目、アポロンは、トロイアはお前の槍で落ちる定めではなく、お前よりはるかに強いアキレウスの槍でもない、と叫んで退かせる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パトロクロスの死を聞いたアキレウスは、両手で灰をすくって頭からかぶり、顔と衣を汚し、地に長々と伏して髪をかきむしった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ブリセイスは亡骸にすがり、夫を殺され町を焼かれた自分に泣くなと言い、アキレウスの正妻としてプティエで婚礼を挙げさせると約束してくれた、いつも優しかったあなたを悼む、と嘆く。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃