ギリシャ神話の地図
メネラオス王ヘレネ王妃テュンダレオス先代の王パリス客レダ先代の王妃テレマコス訪問者カストル王家の子

スパルタ

Σπάρτη場所

「スパルタ」と聞くと、厳しい鍛錬で鍛え上げられた兵士の国を思い浮かべる人が多いだろう。けれど神話の中のスパルタは、絶世の美女が暮らす王宮として登場する。トロイア戦争の火種も、この王宮で客をもてなしている最中に落とされた。

スパルタは、ギリシャ南部のペロポネソス半島の、山に囲まれた土地にある。その王家で育ったのが、ゼウスの娘ヘレネである。

スパルタの王妃レダと、白鳥に姿を変えたゼウス。ヘレネは、この王家の娘だった。
スパルタの王妃レダと、白鳥に姿を変えたゼウス。ヘレネは、この王家の娘だった。『レダと白鳥』 フランチェスコ・メルツィ 1508〜1515年Public domain

ヘレネが年頃になると、ギリシャ中から求婚者が押し寄せた。誰を選んでも、選ばれなかった者たちが恨む。父王は求婚者の一人オデュッセウスの知恵を借り、全員に誓わせた。選ばれた夫が婚姻のことで害を受けたら、皆で助けに行くと。ヘレネの夫に選ばれたのはメネラオスで、彼がスパルタの王になった。

やがてトロイアの王子パリスが船でやって来る。メネラオスは9日間、客としてもてなした。10日目、メネラオスが母方の祖父の葬儀のためにクレタ島へ出かけると、パリスはヘレネを連れて夜のうちに船出した。9歳の娘は置き去りにされた。あの誓いがあったから、ギリシャ中の王たちはトロイアへ出征することになる。メネラオスはスパルタとその一帯から船60隻を率いた。

船に運び込まれるヘレネ。
船に運び込まれるヘレネ。『ヘレネの略奪』 ジュゼッペ・サルヴィアーティ 16世紀半ば メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

トロイアが落ちてからおよそ10年後、『オデュッセイア』では、父を探すオデュッセウスの息子がスパルタを訪ねる。王宮では、ちょうど娘をアキレウスの息子に嫁がせる婚礼の宴が開かれていた。ヘレネは夫の隣に戻っていて、客の酒に悲しみを忘れさせる薬を入れ、トロイアでの昔話を平然と語ってみせる。戦争の原因になった夫婦の戦後は、拍子抜けするほど穏やかだ。

戦後のスパルタの王宮で、オデュッセウスの息子を迎えるヘレネとメネラオス。
戦後のスパルタの王宮で、オデュッセウスの息子を迎えるヘレネとメネラオス。『オデュッセウスの息子テレマコスに気づくヘレネ』 ジャン=ジャック・ラグルネ 1795年Public domain

神話の美女は、歴史の時代のスパルタでも忘れられていなかった。歴史家ヘロドトスは、スパルタ近くのテラプネという土地にあったヘレネの聖域の話を伝えている。ある裕福な家に、ひどく器量の悪い女の子が生まれ、両親はそれを大きな不幸と嘆いた。乳母は毎日その子を抱いて聖域へ通い、ヘレネの像のそばに置いて、この子を醜さから救ってくださいと女神に祈った。ある日、聖域を出たところで一人の女が現れ、抱いている子を見せてほしいと言う。乳母がしぶしぶ見せると、女は子の頭をなでて、この子はスパルタでいちばん美しい女になると告げた。その日から顔立ちが変わり、年頃になると、その子は本当にスパルタいちばんの美女になったという。

一方で、のちに軍事国家として知られる歴史上のスパルタの町と、神話の王宮とは、そのままではつながらない。オックスフォード古典辞典によれば、歴史時代のスパルタの町に人が住みはじめたのは青銅器の文明が崩れたあとで、青銅器時代の中心は、エウロタス川の対岸にある「メネライオン」と呼ばれる遺跡とされる。同じスパルタという名でも、神話の時代と歴史の時代とでは、指している場所の中身が違うのである。

川の対岸の遺跡メネライオンから見た、今のスパルタの町と山並み。右下を流れるのがエウロタス川。
川の対岸の遺跡メネライオンから見た、今のスパルタの町と山並み。右下を流れるのがエウロタス川。『メネライオンから見た今のスパルタ』 写真: George E. Koronaios 2019年撮影 ギリシャ、スパルタCC0

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘロドトス『歴史』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、『オックスフォード古典学辞典』

この物語の人々

ローマ以後の語り

ヘレネの求婚者がギリシャ中から集まり、テュンダレオスが「選ばれた夫を皆で守る」という誓いを立てさせたのもこの地。トロイア遠征の参加義務の根拠がここで生まれる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

トロイアの王子パリスはスパルタでメネラオスに9日間もてなされ、10日目、メネラオスが母方の祖父カトレウスの葬儀でクレタへ出かけたすきにヘレネを連れて夜に船出した。ヘレネは9歳の娘ヘルミオネを残していった。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

メネラオスの都で、60隻を出す。『イリアス』は町そのものよりも「窪地のラケダイモン」という地域名で呼ぶことが多い。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ヘラが最も愛する三つの都市のひとつとして、アルゴス・ミュケナイと並べて挙げられる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『オデュッセイア』4巻でテレマコスが訪ねると、メネラオスとヘレネはスパルタで普通に夫婦をやっている。ヘレネが客に薬入りの酒をふるまい、自分がトロイアで何をしたかを含む昔話を平然と披露する。戦争の原因になった二人の戦後が、拍子抜けするほど穏やかに描かれている。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

残り3件を読む

ヘロドトスは、スパルタ近郊テラプネのヘレネの聖域で、醜い赤子が美しくなったという話を記す。神話の人物が実際の祭祀の対象になっていた例。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃

軍事国家としての古典期のスパルタのイメージは、ホメロスの描く「窪地のラケダイモン」とは直接つながらない。考古学的にも、古典期のスパルタ市域に人が住みはじめるのは青銅器文明の崩壊後で、青銅器時代の中心はエウロタス川の対岸にあるメネライオンの遺跡とされる。同じ地名でも、神話の時代と歴史時代で指すものの中身が違う。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年

テレマコスが着いたとき、メネラオスの館では、娘ヘルミオネをアキレウスの息子ネオプトレモスに嫁がせ、息子メガペンテスに妻を迎える二重の婚礼の宴が開かれていた。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ほかのつながり(3人)

出来事・場所・物

今の言葉に残る

スパルタ教育とても厳しい教育のたとえ。古代ギリシャの都市国家スパルタが、兵士を育てるために幼いころから課した厳しい訓練と教育から、転じて厳格な教育法全般をいうようになった。いまでは体罰を含む厳しさの代名詞として使われることもある。一方、神話の中のスパルタは、メネラオスとヘレネの王宮がある国として登場する。都の名前の由来も神話にある。パウサニアスによれば、ゼウスの子とされるこの地の王が、国と民には自分の名を付け、新しく築いた都には妻スパルタの名を付けた。その名が今も続いている、と彼は書いている。

次に読む

このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前430年頃ヘロドトス『歴史』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 第4版 2012年『オックスフォード古典学辞典』