ヘクトルの幼子アステュアナクスを城壁から投げ落とした者は、出典で入れ替わる。『小イリアス』の断片ではネオプトレモスが自ら投げるが、『イリオスの陥落』の要約ではオデュッセウスが殺す。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃

Νεοπτόλεμος英雄
プリアモスの死。ジャン=バティスト・ルニョーの作。 『プリアモスの死』 ジャン=バティスト・ルニョー 1785年Public domain
冥界で、英雄アキレウスの亡霊が尋ねた。私の息子はどうしている。戦に出たのか。立派にやっているのか。
アキレウスの死後にトロイアへやって来た息子、ネオプトレモス。父の問いへの答えと、その後に語られたもう一つの顔を、たどってみよう。
父アキレウスが戦死したとき、ネオプトレモスはエーゲ海の島にいた。トロイアを落とすにはこの若者が要る。そう考えたギリシャ方は、知将オデュッセウスを迎えに行かせた。今は失われた叙事詩『小イリアス』のあらすじによれば、オデュッセウスは彼を連れてきて、父の形見の武具を与えた。そこにアキレウスの亡霊が現れたという。
ギリシャの伝承では、名前にもいわれがある。旅行家パウサニアスが引くところでは、はじめはピュロスと呼ばれていたが、父アキレウスが若くして戦に出たことから、父の養育係がネオプトレモス、「若くして戦に出る者」と名づけたのだという。
『オデュッセイア』でアキレウスの亡霊に息子の消息を語るのは、オデュッセウスである。議論の場では、老将と自分に次いで三番目に優れていた。戦場ではいつも先頭に飛び出し、数えきれない敵を倒した。木馬の中では、ほかの将たちが涙をぬぐい、膝を震わせていたのに、彼だけは顔色ひとつ変えず、早く外へ出させてくれとせがみ、剣の柄と槍を握りしめていた。そして傷ひとつ負わずに、戦利品を積んで船で帰った。聞き終えたアキレウスの亡霊は、喜んで大股で野を去っていった。
ところが、後の時代の作品に描かれるネオプトレモスは、まるで別人である。
ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』では、落城の夜、彼は宮殿に踏み込む。老王プリアモスの目の前で、逃げてきた王子を槍で追いつめて殺した。老王は叫んだ。おまえが父だと偽るアキレウスは、敵である私にこんなことはしなかった。嘆願する者の掟を重んじ、息子ヘクトルの遺体を返し、私を国へ帰してくれたのだ。そう言って力なく投げた槍は、盾に当たってぶら下がるだけだった。ネオプトレモスは答えた。それなら冥界の父のもとへ知らせに行け。父の名を汚す息子のしわざを伝えるがいい。そして、息子の血に足を滑らせる老王を祭壇まで引きずり、髪をつかんで、剣を柄まで脇腹に突き刺した。
トロイアの王女を、父の墓前への生贄に捧げたのも彼だとされる。ヘクトルの幼い息子を城壁から投げ落としたのも彼だと言う伝えがある一方で、それはオデュッセウスだったとする伝えもある。
ソポクレスの悲劇『ピロクテテス』では、また違う顔を見せる。ヘラクレスの弓を持つ英雄を、オデュッセウスに命じられて嘘でだまそうとするが、途中で耐えきれなくなり、奪った弓を返してしまう。
戦利品として与えられたのは、ヘクトルの妻だった女性である。エウリピデスの悲劇『アンドロマケ』によれば、ネオプトレモスはやがて、神託の地デルポイの神殿で、アガメムノンの息子のたくらみによって襲われ、命を落としたという。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、レスケス(伝)『小イリアス』、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』、エウリピデス『アンドロマケ』、エウリピデス『ヘカベ』、ソポクレス『ピロクテテス』、ウェルギリウス『アエネイス』、パウサニアス『ギリシア案内記』
ヘクトルの幼子アステュアナクスを城壁から投げ落とした者は、出典で入れ替わる。『小イリアス』の断片ではネオプトレモスが自ら投げるが、『イリオスの陥落』の要約ではオデュッセウスが殺す。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃
『アエネイス』で、プリアモスは息子ポリテスを目の前で殺したネオプトレモスに、おまえの父アキレウスは嘆願者の掟を重んじて私にヘクトルの遺体を返した、と責める。ネオプトレモスは、ならば父のもとへ行って、父の名を汚す息子のしわざを伝えよと言い、祭壇で王を斬る。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
『オデュッセイア』のネオプトレモスには残虐なところが一つも無い。オデュッセウス自身がアキレウスの亡霊に語るところでは、議論ではネストルと自分に次いで三番目に優れ、戦では常に先頭に出て多くを討ち、木馬の中で他の将が泣いたり震えたりする中で彼だけは平然として「出させてくれ」とせがんだ。そして傷ひとつ負わずに船で帰った。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
父の死後、オデュッセウスがスキュロス島から呼び寄せた。『小イリアス』要約では、オデュッセウスが連れてきて父の武具を与え、アキレウスの亡霊が彼の前に現れる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃
落城の夜、祭壇に逃れたプリアモスを殺す。ウェルギリウス『アエネイス』2巻では、まず王の目の前で息子を殺し、それから祭壇で王を斬る。父アキレウスが24巻でプリアモスに示した憐れみと正反対の振る舞いとして書かれている。
アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
父の墓前でトロイアの王女ポリュクセネを犠牲に捧げる。エウリピデス『ヘカベ』では、彼女が自ら胸をはだけて堂々と死を受け入れ、見ていた軍勢が感嘆する場面として描かれる。
アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃、エウリピデス『ヘカベ』 前424年頃
ソポクレス『ピロクテテス』(前409)では主役級。オデュッセウスに命じられてピロクテテスを騙すが、途中で耐えられなくなり、奪った弓を返してしまう。父の名を継ぐ者が「嘘をつけない」ことで劇が動く。
ソポクレス『ピロクテテス』 前409年
戦後、デルポイで殺される。エウリピデス『アンドロマケ』では、オレステスの企みにより神殿で襲われる。父の武具を継いだ若者が、父の敵ではなく身内の争いで死ぬ。
エウリピデス『アンドロマケ』 前425年頃
「ネオプトレモス」は「新しい戦」とも「若くして戦う者」とも読める名。パウサニアスは『キュプリア』に拠って、リュコメデスが付けた名はピュロスで、ポイニクスが「アキレウスが若く(ネオス)して戦に出たから」ネオプトレモスと名づけたと伝える。ホメロスは一貫してネオプトレモスとしか呼ばない。
作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オデュッセウスから息子の活躍を聞いたアキレウスの亡霊は、喜んで大股にアスポデロスの野を去っていく。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
10.24.4 神殿の炉で神官に殺された
3.188-189 アキレウスの息子に率いられて無事帰国。4.9 ネオプトレモスが王であるミュルミドン人の町
11.505-537
『ノストイ』プロクロス要約 陸路でトラキアを通る。『オデュッセイア』3.188-189 ミュルミドン勢は無事に帰った。アポロドロス『摘要』6.12-13
プリアモスを討つ。摘要 5.21