『変身物語』ではピュタゴラスの語りの中で、自分で自分を生み直す唯一の鳥とされる。乳香と香草の汁で生き、500年を生きると木の枝やヤシの梢に香料の巣を作って死ぬ。父の体から小さな鳥が生まれ、力がつくとその巣(自分のゆりかごで父の墓)を太陽の町の神殿の扉の前に運ぶ。火は出てこない。
オウィディウス『変身物語』 8年頃

Φοῖνιξ怪物
燃える炎の中に身を置く不死鳥。中世の写本の挿絵。 『不死鳥』 作者不詳(写本の挿絵)Public domain
「不死鳥のごとくよみがえる」という言い方がある。一度は落ち目になった人が、見事に返り咲いたときに使う言い回しだ。不死鳥、つまりフェニックス。国語辞典を引くと、500年に一度みずから火の中に入って焼かれ、その灰の中から若い姿でよみがえる霊鳥、と説明されている。

ところが、古代の書き物をさかのぼっていくと、いちばん古い記録にこの炎は出てこない。燃えて灰から生まれ変わる鳥の姿は、長い時間をかけて、少しずつ形を変えながら出来上がったものだ。
炎をまとう前の不死鳥は、どんな鳥だったのか。
最初に顔を出すのは、長生きのたとえとしてである。ヘシオドスの詩句として、のちの時代の著述家が書き留めた一節がある。カラスは人の9世代を生き、鹿はカラスの4倍、ワタリガラスは鹿の3倍、フェニックスはワタリガラスの9倍を生きる。そして私たちニンフはフェニックスの10倍を生きる、とニンフたちが語る。ここでのフェニックスは、途方もなく長生きな鳥というだけだ。
姿かたちまで伝えたのは、紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスである。ヘロドトスはエジプトの町ヘリオポリスでこの鳥の話を聞いた。本人は実物を見たことがなく、見たのは絵だけだという。絵のとおりなら、羽は金色と赤で、形も大きさもワシによく似ている。
町の人々の話はこうだ。鳥がエジプトに来るのは500年に一度、父鳥が死んだときだけ。アラビアから父の亡骸を没薬(香料の一種)に包んで運び、太陽の神殿に葬る。運び方も念が入っている。まず、持てるかぎり重い没薬の卵をこしらえて、持ち上げられるか試す。それから卵をくりぬいて父を納め、穴を没薬でふさぐ。父の入った卵は、もとの卵とちょうど同じ重さになる。
ヘロドトスは、私には信じがたい話だと書き添えている。そしてこの話のどこにも、火は出てこない。
生まれ変わりの話が加わるのは、ローマ時代のオウィディウスの『変身物語』だ。哲学者ピュタゴラスが語る場面で、この鳥は、自分で自分を生み直すただ一羽の鳥として出てくる。穀物も草も食べず、乳香のしずくと香草の汁で生きる。500年を生きると、木の枝やヤシの梢に爪とくちばしで巣を作り、シナモンや没薬を敷きつめて、香りに包まれて生涯を終える。すると父の体から小さな鳥が生まれる。育って力がつくと、自分のゆりかごであり父の墓でもあるその巣を持ち上げ、空を渡って太陽の町まで運び、神殿の扉の前に置く。
ここでも鳥は燃えていない。死んだ体から、次の鳥が出てくるだけだ。1世紀の博物学者プリニウスは、さらに生々しい説明を書き留めている。寿命は540年。死んだ鳥の骨と髄から、まず小さな虫がわき、それがやがて鳥になる。もっともプリニウス自身は、この鳥がそもそも作り話ではないかと疑っていた。ある皇帝の時代にはローマに「フェニックス」が運ばれてきて広場で見せ物になったが、偽物だと疑わない者はいなかった、とも書いている。
火が姿を見せるのは、そのあとだ。ローマの歴史家タキトゥスは、紀元34年にこの鳥がエジプトに現れたと記録している。学者たちは、周期が500年なのか1461年なのかで意見が割れた。タキトゥスが伝える話では、若い鳥は父の亡骸を太陽の祭壇まで運び、炎にゆだねる。燃やされるのは、まだ父鳥のほうだ。
鳥そのものが炎に包まれてよみがえる姿を、はっきり描いたのは、4世紀末から5世紀初めの詩人クラウディアヌスである。千年を生きて目がかすみ、翼が地面からほとんど上がらなくなった鳥は、日の当たる丘で乾いた草を集め、香木の枝を編んで、自分の墓でありゆりかごでもある台を組む。その上に座って太陽に祈ると、太陽の神は金の髪を一本投げて鳥を打つ。台は天の火で燃え上がり、老いた体を焼き尽くす。

やがて灰が、誰に動かされるでもなく動きはじめ、燃えかすに羽が生えてくる。さっきまで父だった鳥が、子として炎の中から出てくる。新しい鳥は、自分が生まれた燃え残りを草でくるみ、数えきれない鳥の群れを従えてナイルの岸へ飛ぶ。そしてエジプトの太陽の町で、それを祭壇の火にゆだねる。
自分自身の跡継ぎ、と詩人はこの鳥をたたえた。長生きのたとえに始まり、没薬の卵を運ぶ孝行な鳥、父の体から生まれる鳥を経て、最後に炎と灰の鳥になる。辞書が説明するフェニックスは、この長い変化のいちばん最後の姿だ。下の注釈では、それぞれの話がどの書物のどこにあるかを並べた。
この物語の出典: ヘロドトス『歴史』、オウィディウス『変身物語』、大プリニウス『博物誌』、プルタルコス『神託の衰微について』、タキトゥス『年代記』、クラウディアヌス『フェニックス(小詩集27)』、小学館『デジタル大辞泉』
『変身物語』ではピュタゴラスの語りの中で、自分で自分を生み直す唯一の鳥とされる。乳香と香草の汁で生き、500年を生きると木の枝やヤシの梢に香料の巣を作って死ぬ。父の体から小さな鳥が生まれ、力がつくとその巣(自分のゆりかごで父の墓)を太陽の町の神殿の扉の前に運ぶ。火は出てこない。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
プリニウスはローマの元老院議員マニリウスの説明を引く。寿命は540年。年老いるとカシアと乳香の小枝で巣を作って死に、その骨と髄から小さな虫がわき、やがて鳥になる。新しい鳥は巣を丸ごとパンカイア近くの太陽の町に運び、祭壇に置く。
大プリニウス『博物誌』 77年
鳥みずからが焼かれ、灰からよみがえる姿をはっきり描くのは、4世紀末のクラウディアヌス。千年を生きた鳥が香木で自分の墓でありゆりかごである台を組み、太陽に祈る。太陽神が金の髪を一本投げて鳥を打つと台が天の火で燃え、灰が動き出して羽をまとい、父だった鳥が子として出てくる。
クラウディアヌス『フェニックス(小詩集27)』 4世紀末〜5世紀初頭
現存する最古の言及は、ヘシオドスの詩句として引用される寿命の数え歌。カラスは人の9世代、鹿はカラスの4倍、ワタリガラスは鹿の3倍、フェニックスはワタリガラスの9倍、ニンフはフェニックスの10倍を生きる。生まれ変わりの話はなく、長寿のたとえにとどまる。
プルタルコス『神託の衰微について』 1世紀末〜2世紀初頭
オウィディウスは「アッシリアの人々はこの鳥をポイニクスと呼ぶ」と書き、名をアッシリアの呼び名として紹介している。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
プリニウス自身は実在を疑い、作り話ではないかと書く。クラウディウス帝の監察官在任中(ローマ建国800年)にフェニックスがローマに運ばれ、民会広場で公開されたが、偽物だと誰もが考えていた、とも記す。
大プリニウス『博物誌』 77年
タキトゥスは、パウルス・ファビウスとルキウス・ウィテッリウスが執政官の年(紀元34年)に、フェニックスがエジプトに現れたと記す。周期を500年とする説と1461年とする説があったこと、若い鳥が父の亡骸を太陽の祭壇に運んで炎にゆだねることを伝え、細部は不確かで作り話が混じるが、ときどきエジプトに現れること自体は疑いない、と結ぶ。
タキトゥス『年代記』 2世紀初頭
クラウディアヌスでは、よみがえった鳥は燃え残りを草でくるんでナイルの地へ運び、無数の鳥が群れをなして付き従う。エジプトの太陽の町で、それを祭壇の火にゆだねる。詩は「幸いな鳥、自分自身の跡継ぎよ」と呼びかけて結ばれる。
クラウディアヌス『フェニックス(小詩集27)』 4世紀末〜5世紀初頭
ヘロドトスはエジプトのヘリオポリスで話を聞いた。鳥は500年に一度、父が死んだときだけアラビアから来て、没薬で作った卵に父の亡骸を納め、太陽の神殿に葬るという。ヘロドトス自身は「私には信じがたい」と書く。火や再生の話は無い。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
ヘロドトスは実物を見ておらず、絵で見ただけだという。絵のとおりなら羽は一部が金色、一部が赤で、形も大きさもワシにいちばん近い。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
現代日本の辞書は、フェニックスを「エジプト神話の霊鳥」とし、500年に一度みずから火中に入って焼かれ、灰から若い姿で再生すると説明する。古代の書き物では、この形がそろうのは後代(クラウディアヌス)で、ヘロドトスやオウィディウスには火が無い。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃、クラウディアヌス『フェニックス(小詩集27)』 4世紀末〜5世紀初頭、小学館『デジタル大辞泉』 随時改訂
フェニックス / phoenix(不死鳥)英語の phoenix(フェニックス)は、古英語の時代から見える古い言葉で、ラテン語・ギリシャ語の phoinix にさかのぼる。9世紀ごろの古英語の詩にも、美しい羽の鳥「フェニックス」が登場する。何百年も生きたあと香料の薪に自ら火をつけて焼け、灰の中から若返ってよみがえる鳥、という姿から、1590年代には「滅んだものの灰の中からよみがえるもの」のたとえになった。アメリカ・アリゾナ州の都市フェニックスも、1867年に古い先住民の集落の跡に築かれたことからこの名が付いたという。夜空のほうおう座(英語名 Phoenix)は、南半球の探検が始まった1610年代に、フランドルの地図製作者が付け加えた星座である。なお、似た音の「フェニキア」とは関係がないらしい。