息子パエトンが父の日輪の車を御そうとして制御を失い、大地を焼いてゼウスの雷に撃たれる話はオウィディウスで広く知られる。ホメロス・ヘシオドスにはこの物語は無い。
オウィディウス『変身物語』 8年頃

Ἥλιος神
光の冠をかぶり、四頭立ての戦車を駆る太陽神ヘリオス。 『ヘリオスの浮き彫り』 作者不詳 前3世紀前半〜前4世紀(コモンズの説明による) イリオン(トロイア)のアテナ神殿の破風から。ペルガモン博物館(ベルリン)Public domain
元素のヘリウムは、地上より先に太陽の上で見つかった。1868年の皆既日食のとき、太陽の光の中に誰も知らない線が現れ、発見者たちはギリシャ神話の太陽神ヘリオスの名をとって、これをヘリウムと名付けた。
ヘリオスは太陽そのものの神である。毎日東から昇って天を渡り、西へ沈む。その途中で地上のすべてを見下ろしているから、何ひとつ見逃さない。『イリアス』で英雄アガメムノンが敵と誓いを交わすとき、神々の王ゼウスの次に証人として呼びかけたのが、この「すべてを見、すべてを聞く」太陽だった。
見えすぎる神は、ときに告げ口役にもなる。愛の女神アプロディテが、夫の鍛冶の神ヘパイストスの留守に、戦の神アレスと密会していた。二人が床を共にするところを見ていたヘリオスは、すぐにヘパイストスに知らせた。怒った夫は、目に見えない網を鍛えて二人を捕らえることになる。
娘をさらわれた穀物の女神デメテルに、真相を明かしたのもヘリオスだった。9日間、松明を手に娘を探し回った母に、ヘリオスは言った。連れ去ったのは冥界の王ハデスで、許したのはゼウスだ、と。神々の中で、ただひとりの目撃者だった。
ヘリオスは、神々の王ゼウスより古い世代の血を引く。父はティタンの一柱で、月の女神と曙の女神が、ヘリオスの姉妹にあたる。子どもには、魔女キルケがいる。のちに英雄イアソンが金の羊毛を求めて訪ねる東の国の王も、キルケの兄弟、つまりヘリオスの息子である。
ヘリオスの物語で最も恐ろしいのは、牛の話だ。遠い島に、ヘリオスは生まれることも死ぬこともない牛と羊の群れを飼っていた。英雄オデュッセウスは、予言者と魔女キルケから、この牛に手を出せば全員が滅びると念を押されていた。ところが風に閉じ込められて島で足止めを食い、食べ物が尽きると、仲間たちはオデュッセウスが眠っているあいだに牛を屠ってしまう。すると不気味なことが起きた。剥いだ皮が地を這い、串に刺した肉が、焼けたものも生のものも、牛の声で鳴いたのである。

知らせを聞いたヘリオスは、神々の前で怒りをぶちまけた。償いをさせないなら、私は冥界へ降りて、死者たちのあいだで輝くことにする。太陽が地上を照らさなくなると脅されては、ゼウスも放っておけない。お前はこれまでどおり神々と人間を照らせ、あの者たちの船は私が雷で砕く、とゼウスは答えた。船は海の真ん中で打ち砕かれ、生き残ったのはオデュッセウスひとりだった。
後の時代には、息子の話も有名になる。ローマの詩人オウィディウスによれば、太陽神の息子は、父に一つだけ願いを聞くと誓わせ、太陽の車を御させてくれと頼んだ。父は止めたが、誓いは取り消せない。若者は馬を御しきれず、車は天の道を外れて大地を焼き、ゼウスの雷に撃たれて落ちていった。

太陽神といえばアポロン、と思う人も多いだろう。しかし『イリアス』『オデュッセイア』や『神統記』では、太陽の神はヘリオスであり、アポロンとは別の神である。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、オウィディウス『変身物語』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
息子パエトンが父の日輪の車を御そうとして制御を失い、大地を焼いてゼウスの雷に撃たれる話はオウィディウスで広く知られる。ホメロス・ヘシオドスにはこの物語は無い。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
「すべてを見、すべてを聞く」太陽として、誓いの場で証人に立てられる。アガメムノンの誓いではゼウスの次に呼ばれる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
トリナキエ島に、生まれも死にもしない七群五十頭ずつの牛と羊を飼っている。テイレシアスもキルケも「この牛に手を出せば全員が滅びる」と警告した。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
牛を屠られたヘリオスは、罰を与えなければ「冥界へ降りて死者たちの間で輝こう」とゼウスを脅す。ゼウスは雷で船を砕き、オデュッセウスだけが生き残る。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
アレスとアプロディテの密通を見つけ、夫ヘパイストスに知らせた。すべてを見る者は密告者でもある。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ペルセポネの行方を九日探し回ったデメテルに、「攫ったのはゼウスの兄弟アイドネウスで、ゼウスが許したことだ」と教える。神々の中で唯一の目撃者。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
ティタン族ヒュペリオンとテイアの子で、月のセレネと曙のエオスの兄弟。ホメロスは太陽神自身を「ヒュペリオン」と呼ぶこともあり、父子で名が重なる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロス・ヘシオドスでは太陽神はヘリオスであり、アポロンとは別の神である。両者の同一視は前5世紀から現れ、確実にたどれる最古の例はエウリピデス『パエトン』の断片で、クリュメネーが息子を焼き殺したヘリオスに「人が正しくもアポロンと呼ぶあなた」と呼びかける。同一視はヘレニズム期以後、哲学とオルペウス教の文献で常套となる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、エウリピデス『パエトン(断片)』 前5世紀後半
魔女キルケとコルキス王アイエテスは、ヘリオスとオケアノスの娘ペルセの子で、兄弟姉妹である。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
仲間たちがヘリオスの牛を屠ると、神々は前兆を示した。剥いだ皮が這い、串の肉は焼けたものも生のものも牛の声で鳴いた。それでも仲間たちは6日間牛を食べ続けた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『デメテル讃歌』2.24-27。悲鳴を聞いたのはヘカテとヘリオスだけだった
3.276-280。誓いの証人としてゼウス・大地・川とともに並べて呼ばれる
2.1.6、2.4.6
1.4.3 日の出の地で太陽の光に当たり、視力を取り戻す
12.127-136 島の牛と羊はヘリオスのもの
45-71 太陽神(ポイボス)が金の髪を投げて鳥を打ち、火葬台が燃えて、灰から鳥がよみがえる
ヘリオトロープ / heliotrope太陽の方を向いて花や葉を回すとされた植物の名。ギリシャ語 hēlios(太陽)と tropos(向きを変えること)から。英語では1620年代。同じ語形成の英語 turnsole(1570年代)はラテン語で同じ意味を作った言い換え。
ヘリウム / helium元素ヘリウム。1868年の皆既日食で太陽のスペクトルに未知の線が見つかり、ロッキャーとフランクランドがギリシャ語 hēlios(太陽)にちなんで命名した。地上で単離されたのは1895年。金属元素と思われていたため語尾が -ium になっている。