ギリシャ神話の地図
ヘリオス父ゼウス撃った神ガイア大地ステュクス誓いの川イオ友の母
太陽の車から墜ちるパエトン。ピーテル・パウル・ルーベンスの作。

パエトン

Φαέθων人間

太陽の車から墜ちるパエトン。ピーテル・パウル・ルーベンスの作。 『パエトンの墜落』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1604〜1605年ごろ ワシントン・ナショナル・ギャラリーPublic domain

夜空を流れるふたご座流星群。そのもとになっている小さな天体は、フェートンと名づけられている。太陽のすぐ近くまで回り込む軌道を持つからだ。日本の宇宙機関JAXAも、探査機でこの天体を目指している。名前のもとは、太陽の車を一日だけ御して、空から落ちた少年パエトンである。

では、少年がなぜ太陽の車に乗り、どうして落ちたのか、たどってみよう。

今よく知られる形の物語は、ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』にある。

発端は、少年どうしの口げんかだった。お前の父親が太陽神だなんて、母親の話を信じるなんて愚かだ。友だちにそうあざけられたパエトンは、母に確かめたうえで、東の果てにある太陽神の宮殿を訪ねた。

黄金と宝石に輝く宮殿の奥で、太陽神は玉座に座っていた。少年はまぶしくて近づけない。父は光の冠を外し、息子を抱き寄せて言った。お前は確かにわしの子だ。疑いを晴らすために、何でも一つ望みを言え。神々が破ることのできない冥界の川にかけて、かなえてやろう。

少年の願いは、父の車を一日だけ御すことだった。

父は、誓ったことを激しく後悔した。お前は死すべき身で、神々にもできないことを望んでいる。雷を投げるゼウスでさえ、この車は御せない。道は険しく、空はたえず回り、途中には牡牛や獅子やサソリの姿をした星座が待ち構えている。火を吐く馬は、わしでさえ抑えるのがやっとだ。わしがこれほど恐れていることこそ、お前がわしの子である何よりのしるしではないか。けれども、誓いは取り消せなかった。

夜明けとともに、車は飛び出した。いつもより軽い御者を乗せた馬たちは、すぐに異変に気づき、決まった道を外れて暴れ出した。車は天の星座をかすめ、急降下して地上を焼いた。山は燃え、川は干上がり、町は灰になった。オウィディウスは、エチオピアの人々の肌が黒くなったのも、リビアの地が砂漠になったのも、このときだと書いている。

焼かれる大地の女神が、ゼウスに救いを求めた。ゼウスは雷を放ち、少年を車から撃ち落とした。燃える体は流れ星のように空を落ち、遠い国の大河がそれを受け止めた。

雷に打たれ、暴れる馬とともに太陽の車から落ちていく少年。
雷に打たれ、暴れる馬とともに太陽の車から落ちていく少年。『パエトンの墜落』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1604〜1605年ごろ(1606〜1608年ごろに手直し) ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン)CC0

川辺のニンフたちが、墓を建てて刻んだ。父の車の御者パエトンここに眠る。御しきれなかったが、大きな企ての末に倒れた。

少年の姉妹たちは、墓のそばで嘆き続けた。やがて足は根になり、体は木の幹に包まれて、ポプラの木に変わった。枝からこぼれる涙は日の光に固まり、琥珀になった。

この琥珀を表すラテン語が、のちに英語の「電気」という語の出どころになる。ちなみに、『神統記』に出てくるパエトンは、同じ名前の別人である。

この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、エウリピデス『パエトン(断片)』、オウィディウス『変身物語』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所『深宇宙探査技術実証機 DESTINY+(JAXA宇宙科学研究所)』

この物語の人々

ローマ以後の語り

オウィディウスの形: イオの子エパポスに「お前の父が太陽だなどと信じるのは愚かだ」とあざけられたパエトンは、東の果ての太陽の宮殿へ行き、父から「何でも一つ願いをかなえる」という誓いを引き出す。願いは父の車を一日御すこと。父は止めるが誓いは取り消せない。軽い御者を乗せた馬は暴走し、天の星座をかすめ、地上の山や川や町を焼き尽くした。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

オウィディウスは暴走の被害に由来譚を織り込む。エチオピアの人々の肌が黒くなったのはこのとき血が表面に引き寄せられたためで、リビュアが砂漠になったのも水分を奪われたためだ、という。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ユピテルの雷に撃たれたパエトンは流れ星のように落ち、遠いエリダノス川が燃える体を受け止めた。ニンフたちが墓に刻んだ碑文は「父の車の御者パエトンここに眠る。御しきれなかったが、大きな企ての末に落ちた」。嘆き続けた姉妹たち(ヘリアデス)はポプラの木に変わり、枝から滴る涙が陽に固まって琥珀(electra)になった。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

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オウィディウスが「琥珀」に使った electrum はギリシャ語 ēlektron(琥珀)から来た語。1600年にウィリアム・ギルバートが、こすると物を引きつける琥珀の性質からラテン語 electricus を作り、英語 electric(電気の)が生まれた。パエトンの姉妹の涙から電気まで、一本の語でつながっている。

オウィディウス『変身物語』 8年頃、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

英語 phaeton は1590年代に「向こう見ずな御者」の意味で使われ、1742年からは軽快な四輪の馬車の名になった。天文学では、ふたご座流星群のもとになる小惑星(3200)Phaethon が、太陽に大きく近づく軌道からこの名を付けられた。1983年に赤外線天文衛星 IRAS が発見し、JAXA は探査機 DESTINY+ でこの天体を「フェートン」の表記で目指している。

アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』 1958年〜(2026年9月閲覧)、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所『深宇宙探査技術実証機 DESTINY+(JAXA宇宙科学研究所)』 2026年9月閲覧

太陽神は、雷を投げるユピテルでさえこの車は御せないと言って止め、「私がこれほど恐れていることが、お前が私の子である確かなしるしだ」と語る。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

暴走する車に焼かれた大地の女神が、ユピテルに救いを求める。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

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ヘシオドス『神統記』のパエトンは別人で、曙の女神エオスとケパロスの子。幼いうちにアプロディテにさらわれ、神殿を夜に守る神霊にされた、と書かれるだけで、太陽の車の話はない。アポロドーロスにも、ティトノスの子パエトンという、さらに別の系譜が出てくる。「輝く者」という名はありふれていた。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

太陽の車の話を扱った古い作品に、前5世紀後半のエウリピデスの悲劇『パエトン』がある。散逸して断片しか残らないが、息子を焼かれた母クリュメネが太陽神を責める場面が伝わる。

エウリピデス『パエトン(断片)』 前5世紀後半

今の言葉に残る

エレクトリック・エレクトロン(electric、電気)と琥珀英語の electric(電気の)は、ギリシャ語の ēlektron「琥珀」から来ている。1600年、ウィリアム・ギルバートが、こすると物を引きつける琥珀のような力を、ラテン語で「琥珀のような」という意味の electricus と呼んだのが始まりで、英語では1640年代から electric、electricity が使われた。電気は、はじめ琥珀をこすって起こしたからである。その琥珀の起こりを、ローマの詩人オウィディウスは神話で語っている。太陽神の馬車を暴走させて命を落とした少年パエトンの姉妹は、弟の墓の前で何か月も嘆き続けるうちに木に変わった。木になっても流れ続けた涙は、枝から滴って日の光に固まり、琥珀になった。琥珀は川の流れに乗って遠くへ運ばれ、ラテンの女たちを飾ったという。

小惑星フェートン(3200 Phaethon)/ フェートン型馬車(phaeton)ふたご座流星群のもとになる小惑星(3200)Phaethon は、1983年10月11日に赤外線天文衛星 IRAS が発見した。太陽に大きく近づく軌道から、太陽神の車を御したパエトンの名が付いた(NASA)。JAXA は探査計画 DESTINY+ の目標天体としてこれを「フェートン」と表記している。英語の普通名詞 phaeton は、1590年代に「向こう見ずな御者」、1742年から軽快な四輪の馬車を指した(etymonline)。

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このページの出典(7件)
  1. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  2. 前5世紀後半エウリピデス『パエトン(断片)』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 1958年〜(2026年9月閲覧)アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』
  6. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
  7. 2026年9月閲覧宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所『深宇宙探査技術実証機 DESTINY+(JAXA宇宙科学研究所)』