パウサニアスによれば、ステュクスの水は人にも獣にも死をもたらし、ガラスや陶器を割り、あらゆる金属を腐食させ、耐えられるのは馬の蹄だけだった。アレクサンドロス大王がこの水で毒殺されたという話もある、と書き添えている(真偽は分からないとしつつ)。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

Στύξ神
冥界の川を舟で渡る渡し守。パティニールの絵。 『ステュクス川を渡るカロン』 ヨアヒム・パティニール 1520〜1524年 プラド美術館Public domain
「アキレス腱」という言葉は、英雄アキレウスの弱点から来ている。母の女神が赤ん坊のアキレウスを冥界の川に浸して不死身にしたが、つかんでいたかかとだけが水に浸からなかった、という話だ。このとき浸された川が、ステュクスである。

もっとも、この逸話はずっと後の時代のローマの詩人が書いたもので、古い神話のステュクスは、もっと恐ろしい役目を負っていた。
ステュクスは川であり、同時にその川の女神でもある。世界を取り巻く大洋の神オケアノスの娘たちのなかで、いちばん上の、いちばん優れた娘とされた。
ゼウスが、父の世代の神々であるティタン族と戦いを始めたときのこと。ゼウスは神々に呼びかけた。自分の側について戦う者は、今の地位をそのまま保たせ、これまで何も持たなかった者には新しい名誉を与える、と。真っ先に駆けつけたのがステュクスだった。父の勧めに従い、子どもたちを連れてオリュンポスへ来た。子どもたちとは、勝利の女神ニケ、それに競争心、力、暴力の神々である。
ゼウスはこの功に報いた。ステュクス自身を、神々が立てる最も重い誓いの証人とし、子どもたちはいつも自分のそばに住まわせた。勝利も力も、それ以来ゼウスから離れない。
神々が本気で誓うときは、ステュクスの水にかけて誓う。『イリアス』や『オデュッセイア』でも、ヘラがゼウスに、女神カリュプソがオデュッセウスに、同じ言い回しでこの水を証人に呼んでいる。
誓いを破った神への罰は重い。『神統記』によれば、ゼウスは虹の女神イリスを遣わして、黄金の水差しでステュクスの水を汲んでこさせる。この水を注いで偽りの誓いを立てた神は、まる一年、息もできず声も出せずに横たわり、神々の食べ物も飲み物も口にできない。回復しても、さらに9年間、神々の会議や宴から締め出される。死ぬことのない神々にとっても、決して軽い罰ではない。
ステュクスの館は冥界の岩屋、銀の柱に支えられた住まい。高い岩から冷たい水が流れ落ちる。地上の川の中にも、冥界の嘆きの川にも、ステュクスから分かれた流れがあると考えられていた。
この川は、ギリシャに実在する土地とも結びつけられている。歴史家ヘロドトスによれば、スパルタのある王が、アルカディアの人々をある町に集め、ステュクスの水にかけて誓わせようとした。その水は、崖から池へ細く滴り落ちる流れだったという。2世紀の旅行家パウサニアスは、さらに恐ろしいことを書く。この水は人も獣も殺し、ガラスや陶器を割り、あらゆる金属を腐らせる。耐えられるのは馬のひづめだけだ、と。アレクサンドロス大王がこの水で毒を盛られたという噂も、真偽は分からないとしながら書き添えている。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ヘロドトス『歴史』、スタティウス『アキレイス』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、『広辞苑』
パウサニアスによれば、ステュクスの水は人にも獣にも死をもたらし、ガラスや陶器を割り、あらゆる金属を腐食させ、耐えられるのは馬の蹄だけだった。アレクサンドロス大王がこの水で毒殺されたという話もある、と書き添えている(真偽は分からないとしつつ)。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
アキレウスの母テティスが赤子のアキレウスをステュクスに浸して不死身にしたという有名な逸話は、ホメロスにはなく、1世紀末のローマの詩人スタティウスの『アキレイス』に明確に現れる。
スタティウス『アキレイス』 1世紀末(95年頃〜未完)
『神統記』はステュクスを、オケアノスの娘たちのうち「最も優れた者」「逆流するオケアノスの長女」と呼ぶ。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ゼウスがティタンと戦う味方を募り、味方すれば地位を保つと約束すると、ステュクスは父オケアノスの勧めで子ら——ゼロス(競争心)、ニケ(勝利)、クラトス(力)、ビア(暴力)——を連れて真っ先にオリュンポスへ来た。ゼウスは彼女を神々の大いなる誓いとし、子らを常に自分のそばに住まわせた。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ステュクスは岩屋の館に住み、オケアノスの流れの十分の一を分け与えられて高い岩から冷たい水を流す。オリュンポスの神がこの水を注いで偽りの誓いをすれば、丸一年息もできず声も出せずに横たわり、アンブロシアもネクタルも口にできない。その後さらに九年間、神々の会議や宴から締め出される。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスでも、神々が最も重く誓うときは「ステュクスの流れ落ちる水」を証人に呼ぶ。ヘラがゼウスに、カリュプソがオデュッセウスに、同じ定型の句で誓う。眠りの神ヒュプノスも、ヘラの約束を確かなものにするためステュクスの水にかけて誓わせる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ホメロスでは、テッサリアのティタレシオス川は「恐ろしい誓いの水ステュクスの支流」とされ、冥界のコキュトス川も「ステュクスの水から分かれた流れ」とされる。地上と冥界の川がステュクスでつながっている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ステュクスは実在の場所とも結びついていた。ヘロドトスは、スパルタ王クレオメネスがアルカディア人をノナクリスの町に集め、ステュクスの水にかけて誓わせようとしたと書き、その水は崖から池に滴る細い流れだと説明する。パウサニアスもノナクリス近くの高い崖を滴る水を訪ねている。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
ティタンとの戦いを前に、ゼウスは神々をオリュンポスに集め、自分の側で戦う者からは名誉を奪わず元の地位を保たせ、クロノスのもとで名誉のなかった者には新たな名誉を与えると約束した。その呼びかけに真っ先に応じたのがステュクスである。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
スティジアン / Stygian英語の形容詞 Stygian は「ステュクス川の」、広く「冥界の」を意味する。1560年代から見られ、ラテン語 Stygius、ギリシャ語 Stygios(Styx の属格 Stygos から)を経ている。