ギリシャ神話の地図
ポセイドン谷をあけた神オリュンポス山北の山ケンタウロス族山の一族ケイロン賢いケンタウロスペレウスプティアの王デウカリオン王ペリアスイオルコスの王アドメトスペライの王

テッサリア

Θεσσαλία場所

ギリシャの北に、まわりをぐるりと高い山々に囲まれた平野がある。歴史家ヘロドトスによれば、そこは昔、湖だった。まわりの山から流れこむ川の水の出口がなく、平野全体が海のようになっていたという。いまのように川が海へ抜ける細い谷をあけたのは、海の神ポセイドンだと、土地の人々は語った。ヘロドトスは、それももっともだと書く。地震で大地が裂けるのはポセイドンのしわざだと信じる人なら、あの谷を見れば、神がつくったと思うだろう。わたしには、地震が山を押し広げたのだと見えた、と。

この平野が、テッサリアである。北には神々の住むオリュンポス山、東にはペリオン山とオッサ山がそびえている。

ペリオン山は、半人半馬のケンタウロスたちの山だった。ホメロスの『イリアス』によれば、この地の英雄が、毛深いケンタウロスたちを懲らしめて、ペリオンから追い払った。一方で、賢いケンタウロスは、アキレウスの父に、ペリオンの頂のトネリコで作った重い槍を贈った。その槍を振るえたのは、息子のアキレウスただ一人だったという。

人間の一族ラピタイとケンタウロスたちの戦い。17世紀の木版画。
人間の一族ラピタイとケンタウロスたちの戦い。17世紀の木版画。『ラピタイ族とケンタウロス族の戦い』 ジェローニマ・パラソーレ 1623年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)
賢いケンタウロスと少年アキレウス。18世紀の絵。
賢いケンタウロスと少年アキレウス。18世紀の絵。『ケンタウロスのケイロンによるアキレウスの教育』 ジャン=バティスト・ルニョー 1782年Public domain

テッサリアは、英雄たちのふるさとでもある。そのアキレウスの父はプティアの出で、アキレウスもまたプティアの人である。神話集を書いたアポロドーロスによれば、大洪水を生き延びた男も、プティアのあたりを治めていた王だった。

港町イオルコスは、金の羊毛を求めて旅立つ英雄イアソンの町だった。アポロドーロスによれば、この町の王は、片方のサンダルしか履いていない男に気をつけよ、という神託を受けていた。そこへ現れたのが、川で片方のサンダルを失ったイアソンである。同じテッサリアのペライの王も、アルゴ船の一行に加わった英雄の一人だった。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘロドトス『歴史』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

ローマ以後の語り

イアソンはイオルコスに住み、王ペリアスは片方のサンダルの男に気をつけよとの神託を受けていた。アルゴ船の一行には、ペライのアドメトス、ラリサのペイリトオス、プティアのペレウスなど、テッサリアの英雄が多く加わった。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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ヘロドトスによれば、テッサリアは昔、東をペリオンとオッサ、北をオリュンポス、西をピンドス、南をオトリュスの山々に囲まれた湖だった。ペネイオスなど五つの川が流れこみ、出口がなかったので全体が海のようだったという。テッサリア人はペネイオスが流れ出る谷をポセイドンがあけたと言い、ヘロドトスは、地震による裂け目をポセイドンのしわざと信じる人ならそう考えるのも当然だとし、自分には地震が山を押し広げたのだと見えたと書く。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃

『イリアス』では、ペイリトオスが毛深いケンタウロスたちに報復してペリオンから追い払い、アイティケス人のもとへ追いやった。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

アキレウスの父の重い槍は、ケイロンがペリオンの頂のトネリコで作ってペレウスに贈ったもので、アキレウスのほかには誰も振るえなかった。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

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このページの出典(3件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前430年頃ヘロドトス『歴史』
  3. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』